「なるほど、遅いと思ったらそんなおもしろいことがあったのか」 ディアッカから先程の件の詳細を聞かされたクルーゼはおもしろいといいながらもどこか不機嫌そうにつぶやいた。 「勝手なことを言ったのは分かりますが、どうでしょうか?」 「いいだろう、許可しよう。彼女たちが言った言葉に力が伴っているのか興味もある。好きにしなさい」 「ありがとうございます」 「だが、そういうことならディアッカ、明日の教習は君が仕切れ」 「俺、ですか?」 これにはディアッカは当然のこと、アスランやイザーク達も顔を見合わせた。 若手の教習に付き合うことは珍しくもない話だ。そして、隊長であるクルーゼに他の用があり、その指導にあたるのが配下のザフトレッドであるアスランたちが行うのも珍しくない。 だがその責任者にディアッカが指名されることは初めてだ。 実力かrから言っても、いつもアスrなんかイザークが各々得意分野を引き受ける。 ディアッカはいつもそのサポートに回っていた。 「話を聞くに、今回は宇宙空間に出ての教習となるだろう。詳しい内容はまかせる。以上だ」 「了解しました」 話を区切ったクルーゼに敬礼をして出て行こうとしたとき、 「キラ」 4人の後ろでずっとうつむいていたキラに、クルーゼは声をかけた。 部屋に入って以来うつむいていたキラが微かに顔を上げる。 そこにはいつもの元気はなく、意気消沈したキラの姿が見られる。 「少し残りなさい」 「・・・・・はい」 そんなキラをチラッと見てディアッカはクルーゼに視線を向ける。 そのディアッカの意図に気付いたのかクルーゼが軽くうなづくと、ディアッカもほっと息をついてうなづき返すとキラを心配そうに見ているアスランとイザークを引きずって部屋の外へと出た。それにニコルも続く。 二人だけになった部屋の中には、なんともいえない沈黙がよぎる。 クルーゼはキラをじっと見ていたし、キラは再びうつむいていた。 どうしたものか、と思いため息がこぼれる。
ザフトレッドなのだからもっと自信をもてとか。 いちいち他の兵士の妬みを聞いていたんじゃもたないとか。 悔しいのならその分実績を見せることで見返せとか。
そんな言葉が頭の中をよぎるが、それをキラに伝える気にはなれない。 傷ついてるキラをこれ以上何も伝えたくない。こんなことを思うのは、やはり甘いのだろうか。 「お兄ちゃん・・・」 「ん?」 「そっち、行ってもいい?」 「・・・・おいで」 手を伸ばせば、キラはゆっくりと近づいてきた。 その手をキラがつかみ、クルーゼのすぐ横に立つ。 だが特に何を言うわけでもなくただじっとうつむいていた。 「キラ?」 「・・・・どうしたら、いい?」 「・・・・・」 「どうしたらいいのかが、分からないの・・・」 くしゃりとキラの顔がゆがむ。 つないだ手を引いてキラの体を抱きしめると、そのままクルーゼの肩に顔をうずめた。 震えるキラの体を膝に抱き上げ、背中を支える。 だが、それだけ。 クルーゼはキラに何も言わなかった。慰めの言葉も、癒しの言葉も。 ただ泣き続けるキラの背中を撫でながら、その言葉を待った。 「また、みんなに迷惑かけて・・・、それなのに何もできなくて。も・・・自分が情けないよ・・・」 無力な自分を嘆くように泣き続ける。 「それに・・・」 「それに?」 「言っちゃいけないこと、言った」 キラが自分を卑下することは、キラをいつもかばい、守り、弁護してくれるみんなの言葉をキラ自らが否定することになるのだ。 わかっていたはずなのに。 「キラ自身は、どう思ってるんだ?」 「え?」 「私の隊にいるのは確かに裏で私が手を回した。それは事実だから否定しない。だがその赤を纏っていること、そしてストライクのパイロットを務めていることまで、私の妹だからという理由だと思うか?」 「!?」 驚きにキラはとっさに顔を上げたが言葉を発することができない。 「どうなんだ?」 「思わない」 小さな声で、だがはっきりとキラは言い切った。 「なぜ?」 「お兄ちゃんは身内だからってそんな甘いこと言う人じゃない。それに・・・」 いい惑うように戸惑うが、意を決したかのように顔をあげると、キラは言った。 「私は贔屓されたわけでもない。みんなと同じ訓練を受けて、パイロットの権利を手に入れたんだから」 「キラは、今自分がいる場所に満足しているのか?」 クルーゼがそう尋ねると、キラはゆっくりとほほえんだ。 「私が望んで、選んだ道だもん。誰になんと言われようと、私は今居る場所を捨てない。私が、私である限り」 そういいきったキラの目元をクルーゼが拭った。 「だったら何も気にすることはない。ディアッカたちにも、その気持ちを正直に伝えてやりなさい。きっと、わかってくれる」 「うん。・・・・ねぇ、お兄ちゃん?」 「なんだ?」 「もう少し、くっついててもいい?」 そう言うと返事が返ってくる前に再びクルーゼの首に腕を回して抱きついた。 そういえば、キラと二人きりで話すのは本当に久しぶりのことなんだと思い出す。 本来甘えたがりなキラだから。 抱きついてくるキラの背に再び腕を回しながら、思わず苦笑が漏れる。 キラの実力は確かにすごい。 同じ戦場にいるものならば、そしてその結果を映像報告と共に見知っている上層部ならばそのことは言わずとしれる。 だが、それが下級兵士の場合どうか。 今回のようなことが起きるのは、こんな風に自分達がキラを甘やかしているからかもしれない。 それが分かっていても、こうして何もないとき、戦場ではなくこうしてつかの間の休息を取るときはどうしてもキラに手を伸ばしてしまう。 「お兄ちゃん?」 「いや、なんでもない」 クルーゼはめったに外すことのない仮面を外して微笑んだ。 キラも久しぶりに見るクルーゼの素顔に今までの気分を一掃するような笑顔を見せた。 |