「違うもん!」
久しぶりのプラント本国・ザフト軍本部。 遠征のために溜まっていた書類やら報告書などを手に歩いていたアスラン・ニコル・イザークの元に、なにやら言い争いをしているらしい声が聞こえてきた。 普段なら気にも掛けずに通り過ぎるだけなのだが、その声にアスランたちは聞き覚えがあった。 「キラ?」 自分がキラの声を聞き間違えるわけはないのだが、一応確認のためにイザークたちのほうを向く。 頷きが返ってくるところからみて、間違いはない。 だが、彼女がここまで声を荒げることは非常に珍しい。 それに聞いたことのない声まで聞こえてくるのだから。 一体何事なのかと気配を消して近づくと、その話し声がだんだん鮮明になってくる。
『なんであなたなんかが、あのクルーゼ隊に入れるのよ!』 『クルーゼ隊長の妹だからって、いい気になってるんじゃないわよ!』 『実力も無いくせに、大きな顔しちゃって。あなたなんか、周りの赤の方々に庇護されているだけじゃない!邪魔しているのがわからないの!?』
キラの声にだんだん覇気がなくなり、涙声が混じる。 逆に、それを側で聞いていた3人の表情は次第に険しくなる一方だ。
エリートともなると、こういうやっかみはしょっちゅうある。 もちろんそれはアスラン達にも例外なく来るものだが、あいにくアスランたちの親は評議会の議員達で、しかも本人達の実力は誰より劣るというものではない。 最初こそ、評議会の息子だから赤になれたんだというやっかみや噂が流れたが、実践に出てアスランたちの実力を目の当たりにし、次第にその声は沈静化されていった。 だからアスランたちは人の声なんかを気にしない。 だが、このキラへの暴言は許せるものではなかった。
『色目使うしか脳のないくせに、パイロットなんてずうずうしいのよ!』
最後のその一言に、アスランたちは・・・・・キレた。
「何をやっている?」 いきなり現れたアスランたちに、キラをなじっていた女性兵士達がたじろぐ。 先程までは分からなかったが、総勢5人でキラの周りを取り囲んでいる。 「お前ら、邪魔だ」 イザークは一歩踏み出すと、その輪の中からキラの手を引き救いだした。 そのままアスランはイザークにキラをまかせると、二人を背後にかばうように立ち、相手をにらみつけた。 「キラ、大丈夫か?」 「平気ですか?キラさん」 「・・・うん」 気丈にも、キラは泣かなかった。 今にも泣きそうなくらい瞳を潤ませてはいるが、ぎゅっと唇をかみ締め、泣くまいとこらえている。 そんなキラの様子の方が、なくよりもよほど痛ましく映る。 「ほら、ね。やっぱりそうじゃない」 覇気捨てるようなその言葉に、イザークたちもキラから視線を女性兵士達へと向けた。 見るからにその人物達は自分達と同じ位の年齢だろう。 中には見知った顔があることから、もしかしたらどこかであったことがあるのかもしれない。 「赤の方々が一緒じゃないと、何もできないくせに。あんたなんか、みなさんの足を引っ張ってるんだから、少しは自分の実力ってモノを理解して、自重しないさいよね!」 「そうよ!実力も無いくせに、クルーゼ隊にいきなり入隊なんておかしいとは思ったのよ。やっぱりそういうことなんじゃない!」 「戦場では、みんな命をかけて戦っているのよ!それなのに、あんたみたいな足手まといがいたら迷惑になるだけだわ!」 一人が口を開くと、それに勇気付けられるといわんばかりに次々と発せられる言葉。 「・・・・・なんだと?」 地を這うような声、というのはこういうもののことをいうのだろう。 アスランの発した声に、勢いづいて叫んでいた彼女達の声は一瞬で立ち消える。
はっきり言って、彼女達は禁句を口にしたのだ。 キラを侮辱するという、最悪の形を持って。
いつの間にか、キラがクルーゼ隊長の妹だということはザフトの誰もが知る事実となっていた。 だからこそ、こういうやっかみや疑惑まじりの疑問というのが浮かぶのも、ある意味当然だとアスランたちも考えていた。 キラの実力を知らないし、あるいは見ようともしない者たちは口をそろえて言うのだ、キラが入隊できたのは実力ではなく、クルーゼの口ぞえがあったからだと。 そんな声が上がっても、アスランたちはキラに気にしないようにと言い聞かせていた。
一緒に戦場を駆ける実力も勇気もない連中を相手にしなくてもいい、と。 キラの実力はいつも一緒に戦場にいる自分達が誰よりもよく知っているから、と。 ・・・・・まぁ、そのあとそんなことを言った輩はだれであれ、少なからずの制裁を加えることを怠らなかったが。
だからこそ、アスランには彼女達の言葉が許せない。 戦場で何かあっても、軍本部でただ安穏としている彼女達に、キラをなじる権利がどこにある。 それも、こんな人目の届かない場所で。 「もう一度、言ってみろ」 「も・・・もう一度って・・・」 「きさまら、自分が何を言っているのか分かって話しているんだろうな。それがキラだけでなく、クルーゼ隊長への侮辱も含まれているということも、分かっているんだな」 「あ・・・」 イザークの言葉に、ようやく事の重大さが理解できたようだ。 なんという、幼稚な考えしかもっていないのだろうか。 自分達が正しいと信じ、気に入らないものを人数だけを頼りに追い詰める。 みるみるうちに顔色を変えていく彼女達を見ても、アスランたちは許すつもりは毛頭無かった。
「お、こんなところにいた。お前ら、何してるんだ?」 そこに、登場したのはなんとも能天気な声を出しているディアッカ。 「「「ディアッカ」」」 ディアッカの登場にはっと顔を上げると、その姿を見ただけでキラの目から耐えていた涙がぽろぽろと幾筋も伝って流れ落ちた。 「ディアッカ〜っ!」 「おっと」 胸に飛び込んできたキラの体を反射的に抱きしめると、ディアッカはこの場の異様な雰囲気に首をかしげる。 「キラ、どうしたんだ?」 「・・・っ、ふぇ・・・・・、ひ・・く・・・っ」 しゃくり上げながらも、キラは首を横に降る。 だが、抱きついている腕の強さは尋常ではない。 まるで、迷子の子供がやっと親を見つけたときのような・・・。 それなのに、なんでもないなんて理由が通るはずはない。 「で、何があったわけ?」 キラに聞くのは不可能と思いなおし、側にいたニコルに説明を求めた。 「実はですね・・・」 本人に尋ねるのは無理だと判断し、側にいたニコルに説明を求めた。 もちろん、キラを慰めるように髪を梳き、背中をなでてやることを忘れずに。 「・・・・・・ふ〜ん」 すべてをニコルから説明されてのディアッカの言葉は、これだけだった。 てっきり自分達同様怒り出すと思っていたアスランとニコルは拍子抜けしてしまった。 普段と変わらない態度で、いまだ泣き続けるキラを抱いている。 「ディアッカ、それだけなんですか?」 「そうだよ」 悔しいし、認めたくないが、今クルーゼ隊で一番キラの側にいるのはディアッカだ。 人一倍キラをかわいがっていることは自他共に認めている。 なのに、悔しくはないのだろうか。
「ディアッカは、あなた方よりも私たちの意見に同意してくれただけですわ」
一人がいかにも親しそうにディアッカの首に後ろから腕を回す。 いまだにディアッカに抱きついているキラを邪魔とばかりに睨みつける。 その視線を受けてか、キラの体が震え、無意識に抱きついている腕に力を込めた。 「ねぇ、ディアッカ。私たち、何も間違ったことは言ってませんわよね?」 言葉遣いや態度から、あきらかにどこかの息女と分かる。 普通の人間ならそれに誘惑されるものもいるのだろうが、そこは評議会議員の子息達。こんなうわべだけな人間は見飽きている。 「あなたになら、私達の気持ち、お分かりになりますでしょう?」 「どういう意味だ?」 意味不明な言葉に反応したのはディアッカ本人ではなく、イザークだった。 「俺がクルーゼ隊の中で一番実力がないこと言ってんだろ」 「「「な・・・・っ!?」」」 平然と言うディアッカの言葉にも驚いたが、そのことを匂わせてくる彼女たちの法にも驚いた。 クルーゼ隊はザフトの中でもエリート中のエリート。 その中で確かにディアッカの実力はトップとは言いがたいが、それでも他の隊の人間と比べれば実力は雲泥の差だ。 それこそ、他の隊に移れば即エースとなりえるだけの実力の持ち主。 それをこんな形で侮辱するとは・・・。 「おまえらの言いたいことはよくわかった。そういうことなら、お前らも出てみればいいさ、・・・・・・戦場にな」 ディアッカはキラの体を離すと、背後から抱きついている女性の腕を払った。 いきなりのディアッカの発言に彼女たちも驚きの表情を見せる。 「戦場に?一体何を言っていますの?」 「そうですよ、ディアッカ・・」 思わず反論しようとするニコルを、イザークは腕を掴むことで止める。 「なんです?」 「今はやめておけ」 「え?」 「今のディアッカには逆らうな」 いきなり何を言い出すのかとイザークを振り返れば、そこには意外なほど真剣な表情をしたイザークの顔があった。 「どういうことだ?」 不思議に思ったアスランも尋ねる。 「あれは・・・」 「「あれは?」」 「間違いなく、キレてる」 そう断言するイザークだが、アスランとニコルには別段ディアッカの様子に普段と違うところがあるとは思えない。 まぁ、普段の飄々とした態度がなく嫌に真剣な表情をしているが。 「別に変わったようには見られないが?」 「いや、間違いなくキレてるぞ」 イザークいわく、普段は何かとイザークの方がキレやすいので(本人、きちんと自覚はあるらしい)その押さえ役に回ることが多いディアッカだが、普段そうならない分、いざキレ他時にはイザークでさえ逆らうことをためらうという。 「戦場にって、一体どうするつもりですか?知っての通り、私たちはオペレーターですのよ?」 「もとパイロット志望のな」 「え?」 アスランたちは驚きの声を上げるが、逆に彼女たちは苦虫をつぶしたような表情を見せる。 「なんだ、みんな覚えてないのかよ。こいつらはアカデミー時代、俺たちと同じパイロット候補生だった奴らだぜ?」 「こいつらがか?」 「ホントに?」 後ろからディアッカの服を引っ張って尋ねるキラの頭をポンポンと撫でながらうなづいた。 「それじゃ、戦場っていうのはなんですか?」 「明日、俺たちクルーゼ隊は次の新人達の教習役に指名されている。それにおまえらも参加したらいいさ」 「いいですわよ。でもそんな権限、あなたにあって?」 そんなこと、勝手にできるわけがないと踏んだのか、彼女たちは余裕の表情で言った。 「もちろん、隊長に話は通すさ。ま、十中八九大丈夫だとは思うけどな。もし好成績を収めるようならそのままパイロットとして採用されんじゃないの?それこそ、お前らにとっては願ったり適ったりだろう?」 「それは・・・・」 戸惑った中にも、念願のパイロットになることができるとわかったのか、その表情に生き生きとした何かが生まれ始める。 「決まりだな。詳細についてはあとで知らせるぜ」 「わかりましたわ」 そのままディアッカたちはその場を離れ、事の報告のためにクルーゼの私室へと向かった。 いつになくまじめなディアッカの行動になんとなく声が掛けづらいものがあったが、このままでは納得もできない。 「待ってください、ディアッカ」 「あ?なんだよニコル」 「本当に彼女たちを明日の教習に混ぜるつもりですか?」 「ああ。ま、クルーゼ隊長が許可してくれればだけどな。ま、その辺は心配ないだろう」 「だけど、彼女たちがパイロット候補生だったって、本当なのか?」 「ま、覚えてなくてもしかたないんじゃねぇ?あいつらがパイロット候補生だったのは最初の2週間だけだ。あまりにも訓練がつらいんでさっさと逃げ出してやつらばかりさ」 パイロットの訓練は、アカデミー内でも想像を絶する訓練を強いられるときがある。 その訓練は成人した男でも逃げ出すぐらいのものだから、彼女たちのようなお嬢様育ちには耐えられないのだろう。
「みんな、ごめんね・・・」
ポツリ、とキラは謝った。 「キラ?」 いきなりのことに、思わず立ち止まる。 「僕がもう少ししっかりしてれば、こんなことにならなかったのに・・・・」 ことの発端が自分であることに、キラは責任を感じていた。もう少し自分がしっかりしていれば、こんな面倒なことにはならなかったのに。 「じゃあなに?キラはあいつらの言うこと認めるわけ?クルーゼ隊長の妹だからパイロットやれてるって思ってるわけ?」 「そんなんじゃないけど・・・でも・・・・」 はっきりとした態度を取らないキラに、ディアッカはおもむろにため息をつく。 「あっそ、キラ自身がそういうこと思ってるんじゃ、あいつらが思うのも無理ないな」 「お、おいディアッカっ」 キラをおいて再び歩き出したディアッカをアスランが追う。 その後をニコルが、そしてイザークにうながされてキラも続く。 クルーゼの執務室は、もう目と鼻の先立った。 「少なくとも、俺は戦場にあるとき、キラと自分は対等の立場だと思ってたけどな。安心して戦場を駆ける仲間だと認めてたつもりだけど」 「ディアッカ・・・」 「本人がそう思ってくれないんじゃ、しかたないわな」 そういったっきり、ディアッカはキラに振り向こうとはしなかった。
「遅くなりました。ディアッカ・エルスマン、出頭いたしました」
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