それは、ある日の昼食中に起こった出来事だった。

「イザーク、君さっきから何をしているの?」

「何って?」

イザークは、アスランが何を言っているのかわからないという顔をして、首をかしげた。

「それ。何をしているのかって聞いているんだけど?」

アスランはなぜかディアッカの皿の端にある、固まったピーマンや人参などの野菜を指差して言った。

不自然に固まっているその山は、イザークが先ほどから自分の皿からディアッカの皿へと嫌いなものを移動したあと。

イザークにとってはいつものことのため、アスランが何を言いたいのかわからなかった。

「なんで、さっきからいろいろな野菜をディアッカの皿に入れているわけ?」

「食べたくないから」

 

即答

 

それがアスランの気に触った。

「食べたくない、じゃないでしょう。ちゃんと好き嫌いせずになんでも食べないとダメじゃないか」

「嫌いなものはしょうがないだろう」

「嫌いでも、食べなきゃいけないの。あたりまえじゃないか」

あきれた、という風なため息をつくアスランに、今度はイザークがむっとする。

「何があたりまえなんだ。俺は昔から嫌いなものは食べない、そうしてきたんだ。それをいまさらなぜ貴様に言われなきゃならないんだよ」

「昔からって・・・、ちゃんと食べないと体調を崩す元にもなるんだよ。きちんとした食生活は大切だって言っているんだ」

「そんなこと、お前には関係ない」

 

関係ない。

 

この言葉が、どれだけ人を傷つけるのか、それが大切な人からだったらどれほど悲しいのか、イザークははたしてわかっているのだろうか。

アスランは持っていたフォークを乱暴に盆に置くと、食べ終わった食事を手にとって立ち上がった。

「あっそ、関係ないんだ。だったら俺はもう何も言わないよ。余計なことを言ったね」

そういうと、アスランはきびすを返すかのように食器を返却棚に戻してそのまま食堂を出て行った。

いつもならイザークを振り返ってくれるのに、それもなくて・・・・。

イザークには、なぜアスランがあそこまで怒ったのかわからなかった。

「イザーク、お前ちょっと言いすぎ」

「なんでだよ・・・」

ディアッカの言葉に、イザークは必死に頭を抱えるしかない。

どうしてアスランはあんなに怒ったのか、何がそこまで彼を怒らせたのか。

それを考えるだけで、イザークはもう食事に手をつけることができなかった。

 

 

 

それから、1週間。

アスランは一度としてイザークと食事を共にしなかった。

食事以外の時は、普通に接している。

訓練中も成績の関係から二人で組むことが多いし、休憩時間だっていつも通りはなしている。

だが、食事だけは決して一緒にとろうとはしなかった。

アスランが意図的に食事の時間をずらしたり、いつもは一緒に食事をしないミゲルたちと席を共にしたり。

とにかく、イザークと一緒にだけは食事を取らないようにしている。

イザークはといえば、一緒に食べよう、などとはいえない性格だ。

食事をしているときにアスランの姿を目で追うことはあっても、一緒にとは言えなかった。

だが、そのときを境にしてイザークの食欲がだんだん減ったきたのがいつも食事を一緒に取っているディアッカにはわかった。

その原因がわかっているだけにどうにかちゃんと食べさせようとするのだが、「嫌だ」「食べない」の一点張りだ。

最初はまだ少しずつだが食べてはいたのだ。

だが、アスランと一緒にいない一週間が過ぎると、イザークは食事の時間帯は部屋から一歩も出ようとしなくなった。

差し入れと称して、ディアッカだけでなくミゲルやラスティが好きな菓子類を持っていっても、だめ。

 

 

 

イザークが食事をしなくなってから、二日が過ぎた。

 

「おい、アスラン。いい加減にイザークをどうにかしてくれ!」

「は?」

ディアッカのいきなりの言葉に、アスランは首をかしげた。

ディアッカは自分の食事を机に置くと、どかっとアスランの隣に座った。

「イザが、なに?どうかしたの?」

「まったく食事をしない。食欲が減ったきたのは知っているんだが、それが極まってここ二日、まったく食べ物を口にしていないんだよ」

ディアッカはため息と共にフォーク持つが、食事をするわけでもなくただおかずをつついている。

心配するほうが大きくて、食事をしてもつまらない。

「それを俺にどうしろって?」

「だから、お前が食えって言えばイザークは食事をする。だから、なんとかしてくれよ」

「無理だね」

「おい!」

アスランは食事の手を止めることなく、続けていった。

「イザが言ったんだよ、関係ないって。それなのに食事のことで俺がとやかく言うことはできないだろう?」

「おまえらなぁ・・・・」

はぁ、とディアッカは大きなため息をついた。

まったく、この二人は。

ようするに、アスランもすねているのだ。

イザークに「関係ない」と言われたことがよほど傷ついたらしい。

普段喧嘩をしていても、たいていはどちらかが謝って解決している。

だが、今回はイザークはなぜアスランが怒っているのかがわからないし、アスランとしてもそうそう許せる性格をしているわけではない。

それが、今回のそもそもの騒動の元なのだ。

「イザの好き嫌いだけでよくもこんな喧嘩できるよな、おまえら」

「別に喧嘩じゃないさ。元はといえばディアッカ、お前がイザの好き嫌いを容認していたりするから・・・」

「わかってるよ。確かに俺もこのままでいいと思っていたわけじゃないし、いつかは止めさせなきゃならないと思っていたさ。でもなぁ、イザークに頼まれるとどうしても嫌だとはいえなくてなぁ」

とにかく頼む!とだけ言い残して、ディアッカは席を立ってしまった。

そんなディアッカをあきれ半分で見ていたアスランだったが、ふと食事に視線を戻して重いため息をついた。




NEXT