「そろそろ夕食も終わりの時間だな」

イザークはベッドに寝ころがりながら、ふと枕もとの時計を見た。

今日も食事をしなかったな。

と、人事のようにぼんやりと思う。

しかたないではないか、食欲がわかないのだから。

なぜ、ときかれれば、わからないと答えるしかない。

だが、心の底では、多分わかっているのだ。この食欲のなさがアスランに関わっているということを。

そして、それの根本的原因が何なのかも。

 

コンコン

 

ふと扉が叩かれたので、イザークは鍵を開けた。

そこにたっていたのは、アスランだった。

なにやら手に持っている。

「イザーク、今いい?」

「ああ、入れよ」

そういってベッドから体を起こし、端の方に腰掛ける。

アスランも持ってきたものを一度テーブルの上に置き、イザークの隣に腰掛けた。

しばらく、何を話すでもなく、ただ隣に座っていた。

しばしの沈黙が、部屋の中に漂う。

それに我慢できなくなったのか、沈黙を破ったのはイザークの方だった。

「で、どうしたんだ?」

「どうしたって・・・、俺が来た理由、わからない?」

「いきなり訪ねてきて、わかるわけがないだろうが」

じっとアスランの顔を見つめてくるイザークにふぅっと軽く息を吐き出した。

と、不意にアスランが横に座っているイザークの体を抱き上げ、自分の膝の上に横抱きに座らせた。

「なっ!?」

「イザーク、痩せたね」

きゅっとイザークの体を抱きしめて、アスランはつぶやいた。

ここ1週間、あまり食事をとらないで、しかも2日間はまったく食事を取っていない。

それだけで、もともとやせ方だったイザークの体は一回りは痩せてしまったのがわかる。

見ただけでもそれはわかっていたのだが、体を抱きしめてみればそれがなおのことよくわかる。

「別に、そんなことはない」

「そんなことあるよ。抱き心地がまったく違うじゃないか」

「そう思うんだったら、抱かなければいいだけだろうが」

めちゃくちゃなことを言ってアスランの腕の中から這い出ようとするが、力強く抱きしめているアスランの腕からは逃れられない。

「何で食事をしないの?」

そうたずねたアスランの顔をじっと見た後、イザークはぎゅっとアスランに抱きついて胸に顔をうずめた。

「なんで、食事をしないの?」

「・・・・から」

「え?」

「おいしくない・・から」

さもすれば聞き取れないほど小さな声で、イザークは言った。

アスランと食事をしなくなった日から、いつも食べているはずの食事が無性に味気なく感じた。

好きだった食べ物まで、まともに味がしない。

そのうち食べ物を見るのも嫌になって、食堂にもいかなくなった。

時々、ディアッカがなにやら持ってくるがそれも喉を通らなかった。

「おいしくないって・・、前は普通に食べていたじゃないか。別に味は変わっていないでしょ?」

「おいしくないんだ・・・、みんな、全部が」

アスランがそばにいないというだけで。

「そんなこと言ってると、本当に体壊しちゃうよ?なんでもいいから口にしないと」

「いい、いらない。食べたくない」

「無理にでも食べるんだよ」

「嫌だ」

イザークはアスランに抱きついている腕に力を込めた。

アスランの顔を見るのが、怖い。

どんな表情をしているのかみなくてもわかる。

きっと、あきれている。そして、今度こそ自分のそばから離れていってしまうのかもしれない。

食事を一緒に取らなくなったときのように、黙って、勝手に。

あのときのアスランの表情は今でも忘れられない。

だからアスランの顔を見ない。

アスランのあの表情は、二度と見たくないから。

ふと、そのときアスランの腕がイザークの肩に触れた。

引き離されるかと思った瞬間、イザークはアスランに先ほどよりもずっと強い力で抱きしめられていた。

それにはイザークも驚いた。

「アスラン?」

どうしたのだろうかと、今度は心配になる。

「イザーク、お願いだから食事はしてよ。そうじゃないとイザークが壊れてしまう」

「別に、食事をしないからといって俺が壊れるわけないだろう。ちゃんと水分だって取っているし、平気だ」

「それ、本気で言っているの?」

がばっとイザークの体を離したアスランはイザークの顔を見る。

そのアスランの怒った表情に、イザークはびくっと体をすくませた。

今までアスランがこんな表情で自分を見てきたことはないから。

今までにだっておこられたことはあるけれど、それはいつも困ったような心配したような表情をしていたから。

だから、こんな表情は初めてだ。

「本気で言っているのかって、聞いているんだよ」

「い、痛っ!」

イザークの肩をつかんでいるアスランの腕に力がこもる。

「アスラン、痛いっ!」

「イザーク、本気で食事をしないで水分だけにするつもり?」

「だって・・・・」

「だって、何だよ」

「・・・・・・おいしくない・・・から」

「おいしいおいしくないで食事する軍人なんていないよ。今は移動中だからいいけど、いつ戦闘が始まるかもわからないんだ。絶対に体調を崩す」

本気で怒っているアスランがわかるから、イザークの声はどんどん小さくなる。

「だって・・・・」

「何?」

「・・・・・アスランが、怒るから」

「は?」

うつむき加減のイザークが何を言っているのか、始めはわからなかった。

でも、自分が怒るから?

だから食事をしないというイザークが、わからなかった。

「イザ?」

アスランがイザークの顔を覗き込もうとすると、イザークは再度アスランにぎゅっとしがみついてきた。

自分の表情をアスランに見せたくないかのように。

そっと体を離そうとすればするほど、イザークの抱きつく力は強くなる。

そんなイザークの態度に、しかたないとでも言うかのようにアスランは背中に腕を回し、肩にうずめらた頭を落ち着かせるようになでる。

「イザーク?」

「・・・・・・・」

「落ち着いた?」

コクリとうなづかれるのを確認して、アスランは言った。

「で、どうして俺が怒るから食事をしないの?」

「・・・・この間、アスランが俺のことを怒ってから、ずっと食事をしてくれなくて・・。それ以外では普通なのに。そのときだけってことは、俺と食べるとまた怒るからだと思って。だから、そう考えたら・・・食べられなくなっていた」

「・・・・・あのねぇ・・・・・」

あきれた、とでも言うような声とアスランのため息に、イザークはびくっと震えた。

そんなイザークを敏感に感じ取ったのか、アスランはイザークの額に自分の額を合わせると、目をじっと見つめた。

「俺があの時、なんで怒ったからわかってる?」

「俺が嫌いなものを食べなかったから」

「まぁ、それもあるんだけど・・・・。俺が本当に怒ったのはそのせいじゃないのも、わかっている?」

「え?」

他に、あのときアスランを怒らせるようなことがあっただろうか。

好き嫌いをするのをアスランに言われるのが悔しくて、言い返していただけだけれども。

もしかしたら、何か別に原因があるから、あの時怒った?

だが、何が原因で、というのは皆目イザークには検討もつかなかった。

「だったらイザーク。もしイザークが俺に何か注意してくれて、それを俺が『関係ない』って言ったら、どうする?」

「怒る」

あまりにも即答で言い返したので、かえっておかしくてアスランは苦笑した。

それと同じ事を自分がいったんだということを、イザークは果たして覚えているのだろうか。

「あの時、イザークが言ったんだよ、『関係ない』ってね」

「え?」

「ちょっとね、ショックだったんだ、そう言われたのが。イザークとディアッカは幼馴染で、しかたないかなとも思ったけど、やっぱりね、そうはっきり言われたのが正直悲しかった。だから、それ以上あそこにいたら何を言うかわからなくて。だから、しばらく距離を置いてみたんだけど・・・。自覚、なかったみたいだね」

おもわず、うなづく。

だって、そんなことをアスランが思っていたなんて知らなかったから。

それに、今の言葉はまるで・・・・・・。

「嫉妬・・・みたいだぞ?」

「そりゃ嫉妬だもん、しかたないよ」

あっさりと認めるアスランに返ってイザークの方が赤面してしまう。

確かにアスランはいつもストレートに気持ちを伝えてくれはするが、さすがに嫉妬をしていると面と向かって言われるのがこれほど恥ずかしいとは。

どうして、平気で言えるのだろうか。

「自分でも、ここまでショックを受けるとは思わなかったけどね。だからさ、たかが好き嫌いだけで怒ったりしないよ、俺は」

「うん・・・・、ごめんな?」

「いいよ。でも、これからは言わないようにね。じゃないと俺、卒倒するから」

「うん」

約束、ごめんね、という気持ちをこめて。

二人は、久しぶりのキスを重ねた。

 

 

 

「さて、誤解も解けたところで」

そういってイザークをベッドに腰掛けさせると、アスランは部屋に持って入って来たものを持って再びイザークの横に座った。

「はい」

「え?」

かかっていた布を取ってみると、そこには中皿に入ったいろいろな種類のサンドイッチがあった。

どれもこれもイザークが好きな具ばかりで。

でも、コックが作った割には形が整っていないような・・・・。

「これって、もしかして・・・」

「あ、うん。俺が作った。ちょっと見た目は悪いけど、多分味は大丈夫・・・だと思うから。味見したけど大丈夫だったし」

はいっと差し出された皿から、イザークは一つつまんだ。

それを一口食べると久しぶりに食べるにもかかわらず、すんなりとひとつ平らげてしまう。

それからは、もうあっという間だった。

ひとつ、また一つと食べるうちに、皿はあっという間に空になってしまう。

「ごちそうさまでした。うまかった」

「おそまつさま」

そういって皿を机に戻すと、アスランは先ほどから思っていたことを話すことにした。

「ねぇ、イザーク」

「ん?」

「嫌いなもの、少しずつでもいいから食べてみない?」

「え?」

その言葉にイザークはアスランの顔をじっと見つめた。

アスランも、その瞳を見つめ返す。

「好き嫌いなんて、やっぱりない方が体調にも健康にもいいし。だから、少しずつでいいから、克服しようよ」

「・・・・でも・・・・・」

「少しずつ、一気にじゃなくていいんだ。ひとつずつでいいから、ね?」

「・・・・・うん」

「約束、できる?」

「アスランが、一緒にまた食事をしてくれるなら・・・」

それならばがんばる、というイザークに、アスランはにっこりと微笑んで額に軽く口付けた。

 

 

 

〜あとがき〜。

あすかからのリクエスト、アスイザです。

われながら、甘い・・・・・;

どうしてここまで甘くなったんでしょうねぇ。まぁ、書いている間は楽しかったですけど。

好き嫌い、みなさんはありますか?私は食べれないものはないですね・・・・、嫌いなものも食えといわれたら食べるタイプ。

はてさて、いかがでしたでしょうか。

感想おまちしています。