「ごきげんよう、皆様」

相変わらずの柔らかい笑みを浮かべたラクスの登場に、少しだけ場の緊張がほぐれたような気がした。

とはいえ、かなり必死になってイザークを隠しながら面会室までやってきたのだ。どんなに隠したって、隠しきれるものじゃない。それに、あのラクス・クラインが来たとあっては他の者たちの関心も引く。

ラクスを呼んだのは失敗だったか、と皆心密かに思った。

「あらあら…イザーク様が女の子になってしまわれたって本当のことでしたのね」

「…信じてなかったんですか…」

「いいえ、とてもよく似ていらっしゃる妹君かと思ってしまいまして」

「嬉しくありません…」

相手がラクスではあまり強く出ることも出来ないのか、イザークはことのほか殊勝に云った。

そんなイザークを見かねたアスランが口を挟む。

「ラクス。何か…何でもいいんです。どうすれば、治るか知りませんか?」

「そうですわね…。近ごろのお薬はそんな効果のあるものがあるのでしょうかね。前に”猫耳と尻尾”が一晩だけ生えてくるお薬と言うのは拝見しましたけれど」

「「「「「猫耳!!??」」」」」

「あら、ご存じないですの?結構有名でしてよ?一時は町を歩いている女の子は皆動物の耳がついてましたけれど」

「ラクスもやったんですか…?」

「いいえ。わたしはそう云うものはちょっと。でもあのお薬と似た感じですわね、今のイザーク様」

もっとも、躯の線まで変えてしまう、というものではなかったけれど。

「でも、その薬を飲んだ可能性はあるんでしょうか」

ここは一応軍本部だ。

そう簡単にそんなおもしろい・・・いや、ふざけた薬が入ってくるほどガードがあまいものでもない。

「イザーク、なにか心当たりは?」

イザークはふるふると首を振った。

「本当に記憶ない?誰かに食べ物もらって食べたとか、飲んだとか」

よくよく考え込んでみると、

「そういえば・・・、昨日訓練終わった後に誰かがお疲れ様っていってドリンクをくれた」

昨日はアスラン達より早く上がったために、イザークは休憩室でみんなが戻ってくるのを待っていた。

そのとき、見慣れない人物が自分に近づいてきて、「お疲れ様」とドリンクを差し出してくれたのだ。

ちょうどのどが渇いていたこともあり、イザークは素直にそれを受け取って口にした。

「それだな」

「それですね」

「それですわね」

「っていうか、イザーク!!あれほど知らない人にもらったものを食べちゃ駄目だっていっただろう!」

「飲んだんだ」

「同じことだ!」

めずらしくディアッカに怒鳴られ、イザークの目にはみるみる涙が溜まってきてしまった。

「そんな・・、怒鳴らな、くても・・・。ごめ・・・っ」

ボロボロと泣き出してしまった。

それを見て慌てたのはディアッカで、ニコル、アスラン、キラはディアッカを睨む。

慰めようとイザークに近寄ろうとしたディアッカだが、

「イザークさま、大丈夫ですよ。ディアッカさまはイザーク様を心配していらっしゃるだけなのですから、ね」

「う・・・ん・・・」

と、ラクスがイザークを慰めるためにイザークの体をそっと抱きしめたので、ディアッカの出番はなくなってしまった。

「とにかく、そのドリンクを差し出した方を探し当てなければいけませんわね。イザーク様、なにか覚えていることは?」

「ん・・・ディアッカと同じ金色の髪・・・」

「他には?」

「他は…判らない。あんまり目を引くような奴じゃ無かったから…」

イザークが覚えている情報の少なさに、5人は一様に溜め息を吐いた。

金色の髪、だなんて掃いて捨てるほどいる。

「その方の顔を見れば、思い出すかもしれませんわよね」

「でも、ここで本当にイザークが出て行ったらそいつの思う壺ですよ」

「こういうことは、僕に任せなって。ザフトのメインコンピュータから個人情報攫ってくるだけでしょ?簡単簡単」

にっこり笑って胸をはったキラは、面会室の端に措いてあった端末を取り出した。


「どう?イザーク、ここの中にいる?」

キラはザフト本部から取ってきた兵士の画像をイザークに順番に見せていく。

だが、イザークは首を振るばかりで該当する人物はいないらしい。

そうしているうちに、全ての人物の画像が出揃ってしまった。

「ザフトの人間ではない、ということか?」

「まさか!この本部に外部からの進入があるなんてありえません!」

ニコルの言うとおり、この本部は機密事項がたくさんあるために厳重な警備体制が敷かれている。

監視カメラはもちろんのこと、見回りの兵士の数も多い。

それをかいくぐってなんて、考えられなかった。

「じゃあ、キラが取り落としたデータの中にまぎれてるとか…」

「いや、取り落としてないはずだよ。アスランにも確認してもらったから…」

其処まで来て、また振り出しに戻ってしまったらしいこの状況に、六人は頭を抱えた。

 

「考えていてもしかたありませんわ。とりあえず、イザークさまは私が一時預からせていただきます。よろしいですね?」

「ラクス?」

「ちょ、どういうことですか?」

ラクスのいきなりの提案にアスラン達は驚きの声を上げた。

「あら、だっていつ戻るかわかりませんのよ?それなのにずっとザフトの中にいたのでは、ばれてくれといっているようなものではありませんか。ですから、私がイザーク様が元に戻るまで、お預かりいたしますわ」

「いや、でも・・・そういうわけには・・・」

なかなか踏み出せない。

確かにこの姿のイザークをこのままザフトにおいておくことも不安だが、自分達の目の届かないところにおくというのも非常に不安であることに変わりはない。

それが人気者のラクスの元だというのも原因の一つだ。

彼女と一緒にいるというだけで、世間の注目も集まる。

「大丈夫、イザークさまの正体がばれるようなことはいたしません。それに、こちらの情報筋でもいろいろと情報を集めてみますわ」

だから大丈夫、というラクスの言葉には納得せざるを得なかった。

確かに、自分達の情報力よりもラクスの情報力の方が高い。

そのためには少々の我慢は必要だろう。

 

言うが早いか、ラクスは早々にクルーゼにイザークの外出許可をもぎ取った。

理由は適当に「護衛」という任務ということにして。

『ですが、それではアスランの方がよろしいのではないのですか?』

「私もそう思いましたが、アスランもいろいろと多忙のようで、ちょうどイザーク様が快く引き受けてくださいましたので。よろしいでしょうか?クルーゼ隊長」

『わかりました。許可をいたしましょう』

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

あれから一ヶ月。

イザークが女性の姿になってクライン邸に来てから、もうそんなに月日がたってしまっていた。

それなのに、イザークの体はいまだに女性のまま。

もう、二度と元に戻れないのではないかという不安がイザークの胸をよぎる。

「あせるものではないですわ。必ず解決策はあるはずですから」

そう励ましてくれる彼女の前ではなんでもないふりをしても、やはりイザークは考えてしまう。

それに、今はそれだけではない不安が、イザークの中にはあった。

「どうかなさったのですか?イザーク」

「え?」

ずいぶんとボーっとしていたのか、ラクスが部屋に入ってきたことですら気づかなかったようだ。

今日は追悼慰霊団の仕事が入っているということだったのだが、いつ戻ってきたのだろうか。

「大丈夫です、ラクス」

「そういうお顔には見えませんわ」

額に手を当て、イザークの体調がおかしくないかをチェックする。

まるで、母親か姉が側にいてくれているようだ。

「なんでもありません、少し考え事をしていただけなのですから」

そういって、かすかに笑う。

これもここに来てからできるようになったこと。

以前は、ディアッカ以外のやつの前で笑うことなんて、めったになかったのに。

それだけ、今の自分はラクスに気を許しているということだろうか。

ラクスはイザークが腰掛けているベッドに一緒に座った。

「最近、いつもそうですわね。何か悩み事をあるのでしたら、話してくださいな。少しは力になれるかもしれません」

「悩み・・・・」

確かに、悩み・・・のようなものはあるけれど。

それを、彼女に相談してもいいものだろうか。

「イザーク、私では力になれませんか?」

「・・・・・・連絡が、なくて」

「連絡?」

コクリとうなづいた。

イザークがザフトを離れてから1ヶ月。

あれから毎日のようにアスランやキラから連絡がある。ニコルだって、二人ほど多くはないが時々メールを交わしている。

でも、一番欲しい人からの連絡が、まだ一度もない。

・・・・ディアッカからの連絡が、一度もないんだ。

「それで、落ち込んでいましたの?」

コクリ

「なんで、ディアッカは連絡くれないのか。俺が、嫌いになったのかもしれない。迷惑や面倒ばかりかけるから」

「馬鹿ですわね、イザークは」

そうささやくように言うと、ラクスは落ち込んでいるイザークの髪を梳く。

馬鹿と言われたことにむっとしたイザークだが、その手の優しさに、思わず黙ってしまう。

「そんなこと、あるわけがないでしょう」

「?」

「ディアッカ様がイザークを嫌いになるなんてことはありえません。ですから、そんなに落ち込むこともないのです」

「でも、ディアッカは・・・・」

「目に見えるものだけが真実とは限らないのですから。イザークはただ、ディアッカさまを信じてあげてくださいませ」

「信じる?」

「ええ」

そのままラクスの手に招かれるようにして体を倒し、ラクスの膝に頭をうずめる。

顔を見られないようにうつむきながら、ラクスの片手をぎゅっと掴む。

「だって、なんにも連絡くれないんですよ?」

「ディアッカさまにもいろいろと事情がおありなんでしょう。イザークは信じているだけでいいんです。それが、ディアッカさまには一番の支えになります」

「支え?」

「ええ」

空いた片手でイザークの髪を梳きながらそういった。

 

 

 

いつのまにか眠ってしまったイザークを部屋に残して、ラクスはそっと部屋を出た。

そのまますぐに自室へと向かう。

そろそろ定期連絡の時間だろう。

思ったとおり、自室に入ると同時に通信が入ってくる。

「はい、ラクス・クラインですわ」

『ラクス嬢、なんか分かったか?』

挨拶もそっちのけでそういってくるのは、先ほどイザークとの会話に出てきたばかりのディアッカ。

「いえ、今日もこれといって情報はありませんわ。そちらもどうやら同じのようですわね」

『ああ、ったくもう1ヶ月もたつって言うのに』

ディアッカがいらだったように自分の髪をかき回す。

なんの対応策も浮かばないし、情報も入らない。

そんな状況に、彼はかなりいらついていることがラクスにはよくわかった。

「それはそうと、イザークが・・・」

『!イザークがどうした!?』

イザークという言葉にすぐに反応するディアッカ。

これだけでも、彼がどれだけイザークのことを大切に思っているかがわかる。

でも、それを直接イザークに伝えるには、ラクスの言葉だけでは少し役不足なのだ。

「かなり落ち込んでいるみたいですの。通信が無理ならメールだけでも、していただけませんか?」

『それは・・・、悪い、無理だわ』

ディアッカにしてみれば、イザークの姿を見たいし、声も聞きたい。

でも、必ずそれだけではすまなくなるのは分かりきっている。

絶対に、会いたくなってしまうに決まっている。

「ディアッカ様、あなたのお気持ちは分かります。それでも、少しはイザークのことを考えてあげてくださいませんか?イザークは、あなたに嫌われていると思っていますのよ」

『!?そんなことあるわけないのに。馬鹿だな、あいつは』

「ええ。でも、そんな気持ちにさせているのもディアッカ様のせいなのですよ?イザークがこちらに来てから一度も連絡を入れていらっしゃらないでしょう?不安にもなります」

『・・・・・・』

「ただでさえ、今は自分の体がおかしくて不安なときですのに。好きな方の心配までしているのでは心も体も休まりませんわ」

『・・・・・俺だって、会いたいんだ』

「わかっています」

『でも、今はそのときじゃない。だから・・・・』

「では、そのときとはいつなのですか?イザークの体が元に戻ったとき?いつになるのやらわかりませんわね。まだなんの情報もありませんのに」

『それは・・・・』

「まぁいいですわ。でもきちんと考えたほうがよろしいですわよ。イザークの心がディアッカ様から離れてしまう前に」

それだけ言うと、ラクスは一方的にディアッカとの通信を切った。

考えればいい。

そして、悩めばいいのだ。

そして、早く気づいてほしい、イザークの不安に




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