「ごきげんよう、皆様」
「考えていてもしかたありませんわ。とりあえず、イザークさまは私が一時預からせていただきます。よろしいですね?」 「ラクス?」 「ちょ、どういうことですか?」 ラクスのいきなりの提案にアスラン達は驚きの声を上げた。 「あら、だっていつ戻るかわかりませんのよ?それなのにずっとザフトの中にいたのでは、ばれてくれといっているようなものではありませんか。ですから、私がイザーク様が元に戻るまで、お預かりいたしますわ」 「いや、でも・・・そういうわけには・・・」 なかなか踏み出せない。 確かにこの姿のイザークをこのままザフトにおいておくことも不安だが、自分達の目の届かないところにおくというのも非常に不安であることに変わりはない。 それが人気者のラクスの元だというのも原因の一つだ。 彼女と一緒にいるというだけで、世間の注目も集まる。 「大丈夫、イザークさまの正体がばれるようなことはいたしません。それに、こちらの情報筋でもいろいろと情報を集めてみますわ」 だから大丈夫、というラクスの言葉には納得せざるを得なかった。 確かに、自分達の情報力よりもラクスの情報力の方が高い。 そのためには少々の我慢は必要だろう。
言うが早いか、ラクスは早々にクルーゼにイザークの外出許可をもぎ取った。 理由は適当に「護衛」という任務ということにして。 『ですが、それではアスランの方がよろしいのではないのですか?』 「私もそう思いましたが、アスランもいろいろと多忙のようで、ちょうどイザーク様が快く引き受けてくださいましたので。よろしいでしょうか?クルーゼ隊長」 『わかりました。許可をいたしましょう』 「ありがとうございます」
あれから一ヶ月。 イザークが女性の姿になってクライン邸に来てから、もうそんなに月日がたってしまっていた。 それなのに、イザークの体はいまだに女性のまま。 もう、二度と元に戻れないのではないかという不安がイザークの胸をよぎる。 「あせるものではないですわ。必ず解決策はあるはずですから」 そう励ましてくれる彼女の前ではなんでもないふりをしても、やはりイザークは考えてしまう。 それに、今はそれだけではない不安が、イザークの中にはあった。 「どうかなさったのですか?イザーク」 「え?」 ずいぶんとボーっとしていたのか、ラクスが部屋に入ってきたことですら気づかなかったようだ。 今日は追悼慰霊団の仕事が入っているということだったのだが、いつ戻ってきたのだろうか。 「大丈夫です、ラクス」 「そういうお顔には見えませんわ」 額に手を当て、イザークの体調がおかしくないかをチェックする。 まるで、母親か姉が側にいてくれているようだ。 「なんでもありません、少し考え事をしていただけなのですから」 そういって、かすかに笑う。 これもここに来てからできるようになったこと。 以前は、ディアッカ以外のやつの前で笑うことなんて、めったになかったのに。 それだけ、今の自分はラクスに気を許しているということだろうか。 ラクスはイザークが腰掛けているベッドに一緒に座った。 「最近、いつもそうですわね。何か悩み事をあるのでしたら、話してくださいな。少しは力になれるかもしれません」 「悩み・・・・」 確かに、悩み・・・のようなものはあるけれど。 それを、彼女に相談してもいいものだろうか。 「イザーク、私では力になれませんか?」 「・・・・・・連絡が、なくて」 「連絡?」 コクリとうなづいた。 イザークがザフトを離れてから1ヶ月。 あれから毎日のようにアスランやキラから連絡がある。ニコルだって、二人ほど多くはないが時々メールを交わしている。 でも、一番欲しい人からの連絡が、まだ一度もない。 ・・・・ディアッカからの連絡が、一度もないんだ。 「それで、落ち込んでいましたの?」 コクリ 「なんで、ディアッカは連絡くれないのか。俺が、嫌いになったのかもしれない。迷惑や面倒ばかりかけるから」 「馬鹿ですわね、イザークは」 そうささやくように言うと、ラクスは落ち込んでいるイザークの髪を梳く。 馬鹿と言われたことにむっとしたイザークだが、その手の優しさに、思わず黙ってしまう。 「そんなこと、あるわけがないでしょう」 「?」 「ディアッカ様がイザークを嫌いになるなんてことはありえません。ですから、そんなに落ち込むこともないのです」 「でも、ディアッカは・・・・」 「目に見えるものだけが真実とは限らないのですから。イザークはただ、ディアッカさまを信じてあげてくださいませ」 「信じる?」 「ええ」 そのままラクスの手に招かれるようにして体を倒し、ラクスの膝に頭をうずめる。 顔を見られないようにうつむきながら、ラクスの片手をぎゅっと掴む。 「だって、なんにも連絡くれないんですよ?」 「ディアッカさまにもいろいろと事情がおありなんでしょう。イザークは信じているだけでいいんです。それが、ディアッカさまには一番の支えになります」 「支え?」 「ええ」 空いた片手でイザークの髪を梳きながらそういった。
いつのまにか眠ってしまったイザークを部屋に残して、ラクスはそっと部屋を出た。 そのまますぐに自室へと向かう。 そろそろ定期連絡の時間だろう。 思ったとおり、自室に入ると同時に通信が入ってくる。 「はい、ラクス・クラインですわ」 『ラクス嬢、なんか分かったか?』 挨拶もそっちのけでそういってくるのは、先ほどイザークとの会話に出てきたばかりのディアッカ。 「いえ、今日もこれといって情報はありませんわ。そちらもどうやら同じのようですわね」 『ああ、ったくもう1ヶ月もたつって言うのに』 ディアッカがいらだったように自分の髪をかき回す。 なんの対応策も浮かばないし、情報も入らない。 そんな状況に、彼はかなりいらついていることがラクスにはよくわかった。 「それはそうと、イザークが・・・」 『!イザークがどうした!?』 イザークという言葉にすぐに反応するディアッカ。 これだけでも、彼がどれだけイザークのことを大切に思っているかがわかる。 でも、それを直接イザークに伝えるには、ラクスの言葉だけでは少し役不足なのだ。 「かなり落ち込んでいるみたいですの。通信が無理ならメールだけでも、していただけませんか?」 『それは・・・、悪い、無理だわ』 ディアッカにしてみれば、イザークの姿を見たいし、声も聞きたい。 でも、必ずそれだけではすまなくなるのは分かりきっている。 絶対に、会いたくなってしまうに決まっている。 「ディアッカ様、あなたのお気持ちは分かります。それでも、少しはイザークのことを考えてあげてくださいませんか?イザークは、あなたに嫌われていると思っていますのよ」 『!?そんなことあるわけないのに。馬鹿だな、あいつは』 「ええ。でも、そんな気持ちにさせているのもディアッカ様のせいなのですよ?イザークがこちらに来てから一度も連絡を入れていらっしゃらないでしょう?不安にもなります」 『・・・・・・』 「ただでさえ、今は自分の体がおかしくて不安なときですのに。好きな方の心配までしているのでは心も体も休まりませんわ」 『・・・・・俺だって、会いたいんだ』 「わかっています」 『でも、今はそのときじゃない。だから・・・・』 「では、そのときとはいつなのですか?イザークの体が元に戻ったとき?いつになるのやらわかりませんわね。まだなんの情報もありませんのに」 『それは・・・・』 「まぁいいですわ。でもきちんと考えたほうがよろしいですわよ。イザークの心がディアッカ様から離れてしまう前に」 それだけ言うと、ラクスは一方的にディアッカとの通信を切った。 考えればいい。 そして、悩めばいいのだ。 そして、早く気づいてほしい、イザークの不安に |