いつもなら遅くても朝食の時間までには起きてくるイザークが、今日はまだ現れない。
誰が行くかという争いになりかけたが、ここはじゃんけんで勝ったディアッカがイザークを迎えに行くことになった。
「おい、イザーク起きているのか?」
ノックをするが、返事はない。
しかたなく、ディアッカはイザークに教えてもらっているパスワードを入力して部屋へと入ることにした。
「イザーク、入ったぞ〜?」
一応もう一度声を掛けてみたものの、またもや反応が無い。
(寝坊か…?)
どうせまだ寝ているのだろうと一直線にベッドに向かったディアッカは、その上で放心したようにシーツを被っているイザークを見つけて逆に呆然とした。
「イ、ザーク…?」
はっとしたように顔を上げたイザークが、シーツを払いのけてディアッカに抱きついてくる。
「ディアッカぁ・・・俺、俺っ」
必死に何かを伝えようとするイザークだったのだけれども、ディアッカはそれどころじゃなかった。
抱きついてきたイザークの胸のあたりのわずかな膨らみが、ばっちり感じ取れていたのだ。
「い、イザーク?」
ディアッカは震えながら抱きついてくるイザークの体を少し離し、まじまじと見つめた。
寝るときのシャツ1枚の姿のままのイザークの胸には、小さいながらも確かに膨らみがある。
「イザ、心当たり、あるか?」
「わか・・ない・・、朝起きたら、こうなってたから・・・」
そういいながらボロボロと泣き出してしまった。
ディアッカはとりあえずは泣き止ませようとギュッと抱きしめた。
「とにかく落ち着け。な?原因考えないと」
「・・・ん・・・」
なんとか泣き止んだイザークをもう一度ディアッカはまじまじと見つめる。
気のせいか、体の線もいつもより細くなっているような気がするが・・・。
「ディア・・、俺ずっとこのままなのかな・・・」
「わかんねぇ。っていうか、どうしてこうなったかも分からないからなぁ」
不安そうなイザークをみて、ディアッカは頭を抱えた
その頃、いつまでたってもやって来ないイザークとディアッカを心配したアスランは、自分も迎えに行こうかどうか悩んでいた。
「イザークになにかあったんじゃ…」
心配そうに視線を彷徨わせるアスランに、ニコルは笑った。
「ディアッカのことだから、送り狼ならぬ迎え狼になってるんじゃないですか」
さして心配もしていなさそうに云うニコルを尻目に、キラはいよいよ不安げに云った。
「だからこそ!様子見に行ったほうがいいんじゃない?」
キラの一言で部屋の前に来たのは良いものの、もちろん扉はオートロックなわけで。
一応パスワードは知っているものの、勝手に使うのは躊躇われた。
もしかしたら、本当に迎え狼になっているのかもしれないし。
それでも無理矢理必要ない決心を固めたアスランは、パスワードを解除して中に踏み込んだ。
「!?」
いきなり開いた扉に、イザークは驚いてディアッカの影に隠れてしまう。
「おまえらな、勝手に入ってくるなよな」
ディアッカはあきれたようにつぶやいた。
「あんまり遅いんで心配になったんだよ。イザーク起きているなら、なんで早く戻ってこなかったんだ?」
「いや、ちょっと問題があってだな・・・」
言葉を濁すディアッカにアスランは眉をひそめ、その後ろに隠れているイザークに目を向けた。
このメンバーの中で一番大きいディアッカの後ろに隠れてしまっているため、イザークの姿はほとんど出ていない。
ただ、ディアッカの服を掴んでいる手が震えているのは分かった。
「ディアッカ、お前イザークになにしたんだよ」
いぶかしんだキラがディアッカを睨みつける。
「いや、俺はなにもしていないんだけどな・・・」
「だったら、なんでイザークは隠れているのさ。どうせお前が何かしたんだろう?」
キラは攻めるようにディアッカに言った。
「イザーク、キラさんの言うとおりディアッカになにかされたんですか?」
ニコルが聞きながら近寄ろうとすると、イザークの体が大きく震えるのが見て分かった。
思わずニコルも近づくのをやめてしまう。
「違う…ディアッカは悪くない」
相変わらず震えた声で、それでもそう呟いたイザークに向かってニコルは優しく云った。
「イザーク、大丈夫ですよ。みんなイザークがどんなに不っ細工で短足でデブでどうしようもなくなってても嫌ったりしませんから」
云い様は酷かったが、少し緊張がほぐれたのか、イザークはおずおずとディアッカの後ろから顔をだした。
「本当に、軽蔑とか、しないか?」
「だからしないって。どうしたの?顔見る限り普通だけど」
ディアッカの袖をつかんだままびくびくと三人の前に姿を現わしたイザークをみて、みんな一様に固まった。
その反応を見てまた泣きそうになるイザークをあやしながら、三人を咎めるように見遣ったディアッカは、自分の腕の中にイザークを抱え込んだ。
「イザーク…どうしたんですかそれ…」
未だショックから立ち直れていないニコルがそう訊くと、ディアッカは長い溜め息を吐いた。
「どうもこうも、朝起きたらこうなっていたらしい」
ディアッカはイザークの髪をなでながら答える。
アスランとキラもまだうまく飲み込めていないのか、じっとディアッカに抱き込まれているイザークを見つめた。
そんな視線に気づいて、イザークはまたもや泣き出してしまった。
「ほら、イザーク泣くなって・・・」
イザークはディアッカにぎゅっと抱きついて、胸に顔をうずめた。
それに正気に返ったアスランとキラは、慌ててイザークに言った。
「イザーク、別に変だとかそういうことじゃなくて・・・」
「そう、ただ驚いただけなんだよ」
だが、イザークはその言葉に耳をかそうとはしなかった。
「嘘だ・・。どうせ俺のこと・・・・・、変だとか、思ったくせに・・・」
「そんなことない。イザークがもっと可愛くなったからみんなもみとれてただけだって。…そうだよな?」
どうすればこうも恥ずかしいことを目を見ながら云えるのか、ディアッカはとても真剣な顔でイザークを見つめた。
「可愛いなんて…嬉しくないっ…!それに、可愛くなんか」
「可愛いよ!イザークはとっても可愛い」
「そうですよ!あんまり可愛くて声がでなかったんですって」
口々にそう云うキラとニコルに不審気な目を向けたイザークは、ディアッカに助けを求めた。
そこで、ずっと可愛い論議を外で見守っていたアスランが口を挟んだ。
「とりあえず、朝食そのままだし、食べに行かない?」
「いやだ!こんな姿、みんなに見られるなんて・・・絶対に嫌!」
イザークはさらに強い力でディアッカに抱きついた。
ディアッカなら自分が嫌がることは絶対にしないと、イザークは知っているからかもしれない。
案の定、ディアッカはイザークを部屋から連れ出そうとはしなかった。
「朝食はここで食う。それでいいな、イザーク」
コクリとうなづく。
そんなイザークに微笑ましいものを感じながらも、アスランたちはどうしたものかと考え込んでしまった。
「ここに、持ってきてもいいんだけど…やっぱり可愛いものは自慢したくならない?」
にこにこと笑いながらそう云うキラに、ディアッカはきっぱりと首を横に振った。
「駄目。可愛いからこそ外に連れ出したらまずいだろ。大体イザークは俺のものだし」
「誰がお前のものだ」
「だからお前」
さらりと言ってのけたディアッカの背中を、イザークは真っ赤になりながらぽかぽかと叩いた。
ただの痴話げんかにしか見えない。
「じゃあ、僕は食事取って来ますね。そこまで云うんだったらディアッカ、ちゃんとこれからのこと考えて置いてくださいよ」
びしっと言い残して部屋から出て行ったニコルを、アスランとキラがのんびりと追う。
結局、対策は自分で考えなければならないらしい。
イザークに聞こえないように、心の中でディアッカは溜め息を吐いた。
今のイザークははっきり言ってかわいすぎる。
かねてからイザークの魅力を知っている自分やキラたちは別にして、この艦内でまたしてもイザークのファン、あるいはストーカーが出る可能性もあるのだ。
そんなことは絶対に避けなければならない。
「なぁディアッカ・・・、俺・・・どうなるの?」
「大丈夫だ。これから何が起きようともお前のことは俺が守ってやるから」
そういってぎゅっとイザークを抱きしめ髪を梳く。
そんなしぐさだけでも安心するのか、イザークはほっとしたようにディアッカの胸に擦り寄ってきた。
とりあえず、今日一日は自室にこもっていることにしよう。
今あがいても、どうにもならない。
「はい、朝食ディアッカの分も持ってきてあげましたよ…ってまた満喫してるんですか」
「違うって。イザークが、そうして欲しいんだってさ」
「…何でも良いですけど。対策、浮かびました?」
はぁ、と呆れたような溜め息をつくニコルは、堂々とイザークのベッドに腰掛けた。
「おい、なに人のベッドに堂々と」
「で、対策ですよ、対策。」
ディアッカの言葉を軽やかに無視したニコルは、イザークに向かって話し掛けた。
「今のイザークが出歩くと、いつもの2乗倍はファンという名の虫が付くでしょうからね。それくらいは僕らにだってわかります。でも…だからといって、ずっとここに引きこもっているわけにも行かないでしょう?軍医さんに相談するとか、いろいろ…」
「判ってる。でも…今日くらいはここでじっとしててもいいんじゃないか?すぐに戻るかもしれないし」
「戻らないかもしれないでしょう?」
ニコルのことばに、うっと詰まってしまう。
確かに、今日戻る可能性もあれば、今日戻らない可能性だってあるのだ。
しかも、未知のことなので戻らない可能性のほうが高い。
朝食をつつきながらディアッカはう〜んと考えこんでしまう。
イザークもそんなディアッカを不安そうに見つめていた。
「やはり、軍医には話したほうがいいんじゃないのか?」
ニコルとアスランの言うことも分かる。
二人の言葉は心からイザークを心配してのものだというのも分かる。
だが、どうしても踏み切れないのだ。
できれば、知る人間は最小限に押しとどめたい。
「ねぇ、ジュール議員に聞いてみたらどうかな?」
「母上に?」
「イザークをコーディネートした人なんだし、なにか分かるかも」
「一理あるな」
そういうと、ディアッカはすぐにエザリアのプライベートコールの番号を入力した。
イザークの常日ごろの状況を知らせるようにと、エザリアからディアッカが聞いていたものだった。
「はい…あら、ディアッカ?珍しいわね、イザークがまたなにかやらかしたの?」
驚いたような声をあげてからふわりと笑ったエザリアに、ディアッカは深刻な声で返した。
「あの…驚かないで聞いて貰えますか。イザークが……女の子になっちゃって」
「…はい?どういうこと?」
全くもってわけがわからない、という声で答えたエザリアに(それも当然だが)、今度はイザーク自身が口を開く。
「母上っ…俺、俺っ…」
「落ち着きなさいな、順を追って話して御覧なさい」
「…で、朝気付いたら女の子の躯になってしまった、ってこと?うぅん…にわかには信じがたい話ね」
「でも、本当なんですっ!信じていただけないのも判りますけど」
「あら、信じていない、とは云っていなくてよ?イザークの声、やっぱりいつもより高い気がするしね。でも…どうしてそうなったのかは判らないの。ごめんなさいね」
すまなさそうな口調になるエザリアに向かって、見えもしないのにイザークは激しくかぶりを振った。
「そんな!母上のせいじゃ」
「…ああ!そういえばクラインの令嬢がそちら近くに居るらしいわよ。彼女なら、顔も広いしなにか知ってるかも」
「ラクスが、ですか?」
これにはアスランが反応した。
一応婚約者であるため、ラクスがこちらに来るときはなんらかの連絡を受けるはずなのだが、今回はなにも聞いていない。
「わかりました、とりあえずそちらに連絡を取ってみます」
ディアッカはエザリアに礼を言ってから通信をきった。
続いて、アスランがラクスに連絡を入れてみる。
「はい、こちらラクス・クラインですわ」
「ラクス、お久しぶりです」
「あら、アスラン。お久しぶりですわね。でもめずらしいですね、あなたから連絡をくださるなんて」
「いえ、じつは・・・」
アスランはここでちらりとイザークを見た。
イザークのことをラクスに訪ねてもいいか、という確認のためだ。
勝手にすると、またすねて後からが大変なのだから。
イザークが不承不承といった感じでうなづいたので、アスランはイザークのことを彼女に話すことにした。
「まぁ、それは私も存知あげませんわね。とりあえず、一度イザークさまとお会いすることはできますか?」
「それは本人に言ってみないと・・・」
「いい、会うよ」
何もしないより、何か元に戻る方法を見出せるほうが効率がいい。
あまり人に知られるのはいやだけど、全てを嫌がっていては治るものも治らない。
結局、ラクスがこれからすぐにザフト本部に来るということで話はまとまった。
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