残暑がまだまだ残る今日。

彼、イザーク・ジュールは残業で疲れた体を引きずるようにして帰路についていた。

辺りの家はすでに寝静まっており、シーンとした空気だけが支配していた。

「こんなことなら、もう少し前に片付け始めるんだったな」

こんな言葉をディアッカ辺りに聞かれれば、なんと言われるか。

「ん?」

先程から、何人かの怪しげな人物が闇夜に紛れるかのような黒服に身を包みこの辺りを徘徊しているのに気付いた。

何か探し物をしているような素振りを見せている。

だが、今この状態でイザークにできることは何もなく、また何もしようとは思わなかった。

何の情報もない今、成り行きを見守るほかにどんなことができようか。

・・・まぁ、何かあればそれはそれで気付くだろうと考えたイザークは気にせずにそのまま帰路の足を早めようとした・・・。

そのとき・・・




ドンッ




いきなりイザークにぶつかってきたモノ。

その鮮やかなアメジストに一瞬目を奪われてしまった。

それは、まだ幼さが残る、一人の少女だった。

「すまない、大丈夫か?」

そういって伸ばした手が触れる直前、彼女の体が大きく震えた。

反射的に手を引いてしまったのだが、その少女はまるで敵を見つけたかのような勢いでイザークを震えながら見上げてくる。

そのとき、自分でもそう思うほど遅すぎる判断であったが、イザークは少女の姿に目を留め、驚きのあまり唖然としてしまった。

白いワンピースを着ているとばかり思っていたそれは、なんと体に巻きつけただけのただのシーツだったのだ。

「一体その姿は・・・・。とにかく、こっちに」

来い、と口にする前に、イザークの前は真っ白なモノに覆われてしまう。

「っ!?」

反射的に身を引いてしまったそれは、なんとも美しい一対の羽根だった。

その根元は少女の背後に回り、恐らくは彼女の背中に根源があるのだろう。

イザークはそれで、すべてを理解することができた。

「なるほど、天使族というわけか」

ここから遥か北の国に住むといわれる天使族。

その美しさと希少性から、王都で闇取引の材料としてつれてこられることが多い。もちろん、それは立派な犯罪行為だ。

この少女も、そういった被害にあった一人なのだろう。

「ということは、あいつらが探しているのは、おまえか?」

そういって人の気配がする方向を指せば、途端おびえた表情を見せる。

やはり、イザークの推測は当たっているらしい。

「羽根をしまえ」

そう言って羽根に伸ばした手も、触れる直前でかわされる。

「早くしろ。まぁ、あいつらにつかまりたいというのならば、話は別だが?」

困惑したかのようにこちらを見上げてくるが、自分を見つめて微動だにしないイザークに促されるように少女は広げた羽根をしまった。

それを確認したイザークはそのまま少女を迷うことなく抱き上げた。

「っ!?」

「こら、暴れるな」

戸惑ったかのように暴れだしたその体を抱きしめると、ふとその足を流れるモノに気付いた。それをすくうように手を這わせると、少女の体が大きく跳ねる。

イザークはそれをみて眉をひそめた。

それは間違いなく男性の精液そのものであり、それには少女のものと思われる血も入り混じっていた。

「乱暴されたのか・・・」

言葉は返ってこなかったが、その表情はイザークの言葉を肯定するには十分すぎるものだった。

とにかくこのままこの場にいても見つかってしまうだけだと判断し、イザークは自分の着ていたコートを少女の体に巻きつけるとそのまま歩きだした。

「お前、名は?」

「・・・・・」

「言いたくない、か。俺はイザークだ」

名前を告げれば身じろぎする体。

だんだん熱を帯びてきた体は寒いのかガタガタと震えている。

ポンポンとあやすようにその背中を叩いて落ち着かせるように努める。

なんにせよ、早く帰宅して手当てが必要のようだ。






そのとき、イザークは正面から近づいてくる怪しげな人物達に気付く。

「こちらに気付かれたか・・・」

前を見据えるようにしばらく眺めてから、腕の中の人物にそっとささやいた。

「声を出さずに、じっとしていろ」

不安そうに自分を見上げてくる少女に、大丈夫だというようにうなづいてからコートを頭までかぶせてその体をすべて覆った。

「おい、そこの貴様、止まれ」

そういってイザークの前に立ちはだかる人物が5人ほど。想像通り先程からこの辺りをうろついていた黒服の人物達である。

「何か用か?」

なんでもない風を装い、厳しい視線を向けるイザーク。

「俺たちは探しモノをしている」

「それが俺にどう関係ある?あいにくと、早く帰宅したいんだ。そこをどいてもらおう」

「俺たちはあんたが抱えているそれに用があるだけだ」

「俺にはない。そこをどけ」

そういったところで引き下がるわけがない。

「まちな、それを見せてもらおうか」

そういってイザークの腕に手をかけた瞬間・・・

「っ?うわぁ!?」

突然その体が宙に舞ったかと思えば、そのまま地面に叩きつけられた。

「き、貴様一体っ」

「おまえらでは俺には勝てない。とっとと帰れ」

そう告げれば、5人は警戒するかのように後ずさり、蜘蛛の子を散らすかのように消えていった。

「?」

突然静かになった周りの様子に不思議に思ったのか、腕の中の存在が身じろぎする。

「ああ、大丈夫だ。あいつらはもういない」

そう告げると、イザークは再び歩き出した。

「・・・・キラ」

「ん?」

「名前・・・キラ」

「そうか」

やっと聞けた少女の名前にイザークは満足そうに微笑むとコートの上からその髪をゆっくりと撫でた。




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