「悪いのはお前だ!」 「なんで俺なんだよ、いきなり仕掛けてきたのはイザークのほうだろ!?」 いつものように鳴り響くアスランとイザークの声。 またかと思いつつ、部屋の前を通りかかる一般兵の中に二人の間に割って入れるような勇気をもつものは居ない。 「っもういい!」 「イザーク!?」 今にも泣き出しそうな表情で部屋を飛び出していくイザーク。 それを見たアスランはまたやってしまったかとため息をつく。 ふと先ほどまで作業していた、ハロの部品がばらばらにおかれている机を見る。 機械を扱っているというのに背後からいきなり殴られて平然としていられるほどアスランも大人ではない。 とはいえ、最近こういうことがよく起きている。 以前ならば正面きって勝負をしかけてきたイザークだが、最近の彼は自分に対していやに攻撃的な態度を取るようになった。 それが原因で彼を攻め立てれば今にもなきそうな表情で自分を見て、理由も弁解もなしに自分の前から姿をけしてしまうのだから。 イザークが何を考えているのか・・・、彼の気持ちがわからない。 「ほとぼりが冷めたら、迎えに行くか」 彼がいく場所は、分かっているのだから。
「そろそろですかね」 「そろそろだろうね」 紅専用に用意されている談話室で紅茶を飲みながら、ラスティとニコルはつぶやいた。 アスランとイザークの声が聞こえてきてからおよそ5分・・・・。 そろそろ・・・
プシュッ
ノックもなしに扉が開いたかと思うと、そこに立っていたのはやはりうつむいたイザーク。 普段はあんなに元気・・・というか、はっきり堂々とした態度のイザークが意気消沈したように沈んでいる。 こうなる原因は一つ。
アスランと喧嘩した。
それだけだった。 「イザーク、おいで」 なかなか部屋の中に入ってこないイザークをラスティが手招きする。 それに引き寄せられるかのようにイザークはラスティの隣へと座った。 「イザーク、またアスランと喧嘩したんですか?」 「・・・・っ」 「ニコルっ」 直球過ぎるニコルの言葉に、ラスティがたしなめる。 しかたがありませんね、という風にニコルは立ち上がるとイザークの分の飲み物を用意してその前においた。 「僕はアスランのところに行って来ますから、ラスティはイザークを頼みますね」 「わかった。頼む」 「はい」 にっこり笑うとニコルは談話室を出て行った。 その姿を見送ったラスティは視線をイザークに戻すと、いつも以上に落ち込んだイザークを見つめる。 「イザーク?」 「・・・」 何も言わない。 今回はちょっと様子がおかしい。 いつもならアスランと喧嘩したあと自分達の所に来て、不平不満を言いまくったり八つ当たりしたりしてくるのだが、今日は一切それがない。 どこか意気消沈してしまったイザークはどう考えてもおかしい。 「アスランと、喧嘩したんじゃないのか?」 「・・・・もう、嫌だ」 「え?」 「あいつといるの、もう嫌だ・・・」 今まで我慢していたのだろう、イザークの頬を涙が一筋、二筋と流れる。 一緒にいるのが嫌だというイザークのせりふに驚いたラスティだったが、イザークが泣くということは本当につらいときぐらいしかないということを分かっているから、そっと続きを促す。 「あいつは俺のことを見てくれない。俺は、あいつを見ているのに・・・」 「そんなことないよ。アスランはあんなにイザークのことを大切にしているじゃないか」 「違う、そうじゃない・・・」 違うと言うだけで詳しいことを話してくれないイザークにラスティは困り果ててしまった。 こうなったらアスランの様子を見に行ったニコルにすべてをまかせるしかない。 そう考えたラスティは、せめて今だけでもイザークが思い切り泣けるようにと背中をさすってあげた。
「入りますよ」 ノックもせずに入ってきたニコルに、アスランは作業の手をやめて後ろを振り返った。 「イザークと喧嘩して何をしているかと思ったら、またハロですか?」 「しかたないだろ、今ぐらいしか作るときがないんだ」 「そんなことしている暇があったらイザークを迎えに来たらどうですか?どうせ、行き先ぐらいは察知しているんでしょう?」 「それはそうだけど・・・」 行き先ぐらいはすぐにわかる。 だが、イザークの機嫌が悪いときに迎えにいってもなおさら彼を怒らせるだけだということはアスランは経験上心得ていた。 それはニコルとてわかっているのだが、こう何度も頻繁にやってこられたのではたまったものじゃない。 「ほら、わかったらさっさと迎えに来てくださいよ」 そういわれて、しかたなくアスランは立ち上がった。 少しでもイザークの機嫌が直っていることを期待して。 「最近、イザークの気持ちがわからないんだ」 「え?」 ポツリとつぶやかれたアスランの言葉に、ニコルは足を止める。 アスランはすっと視線を窓の外に広がる大宇宙へと向けた。 「あいつの・・・、イザーク何を思っているのかがわからない。何を思って、何を心の中に閉じ込めているのか知りたいのに、それがわからない」 あのつらく悲しい表情の中にある感情を、アスランは読みきれないでいた。 以前のイザークなら言葉は少ないなりに自分への意思表示はきっちり行っていたように思う。 勝負をしたい、という気持ちがほとんどだったような気がするが、そのほかでもアスランを心配したり、心配をかけないようにしたりという、さまざまな感情が表情やそれ以外からでも読み取ることができた。 いつからだろう、それができなくなったのは・・・。 イザークの気持ちがわからなくなったのは。 「イザークが変わったと、アスランは思います?」 「ニコルは思わないのか?」 「思いますよ。そして、変わった原因もしっかりと分かっているつもりです」 ニコルのせりふに、アスランはなぜ?という風な表情になる。 ニコルは気づいていた。 それなのに、自分は気づくことができないでいたということだろうか。 ますます困惑した表情になってしまったアスランに、ニコルはため息をつく。 イザークといい、アスランといい。 優秀なくせに、どうしてお互いと自分のことになるとこうも疎く鈍いのだろうか。 傍から見ている自分達にはすぐに分かる簡単なことだというのに。 「イザークが変えたのは、あなたですよ?」 「俺が?」 なぜ?という表情にニコルは頭痛がしてきたように感じる。 「イザークにしてみれば、世界が変わったんだと思います。今まで自分中心だった世界の中に、アスラン、あなたが入ったから」 「俺が?」 コクリとうなづく。 「あなたに出会い、あなたへの気持ちに気づいた瞬間からイザークの世界には必ずあなたがいるようになった。つまり、イザークは自然とあなたを見るようになった」 「・・・・・・」 「それなのに、あなたの世界にはイザークはいない」 「そんなことはない!」 「少なくとも、イザークはそう思っているはずですよ」 ニコルの言葉に、アスランは絶句する。 どうしてそんな風に思っているんだろうか。 彼が、イザークがアスランを想う気持ちと同等に、あるいはそれ以上に自分もイザークを想っているというのに。 ちゃんと伝えて、伝わっていると思っていたのに。 「アスラン、あなたはイザークと喧嘩するとき、きまってしていることはないですか?」 「していること?」 何か、イザークに対して悪いことをしているだろうか。 「イザークに対してしていることではありません。あなたがしていることです」 「・・・ハロを作っていると思うが・・・」 「それは、誰に差し上げるものですか?」 「ラクスに・・・」 そこまで言って、アスランははっとした。 その表情にニコルはようやく分かったかとあきれた。 「自分の想い人が、自分以外の人にあげるプレゼントを目の前で作っているのに、平気でいられるわけないんじゃないですか?それも、その相手が親公認の婚約者だったらなおさら」 「だが俺もラクスもお互いにそんな気は・・」 「それでも気になるんでしょ?イザークは。だからああも傷ついてしまっている。それなのに、原因のあなたはそのことにまったく気づいてくれないんですから」 イザークが怒り出すのもわかりますね。 最後のニコルのせりふはもはや、アスランの耳には届いていなかった。 ニコルの言っていることが事実だとしたら、自分はなんてことをイザークに対してしていたのだろうか。 「ほら、付きましたよ。ちゃんと、誤解とかないと後は知りませんからね」 談話室の前にはラスティが立っていた。 「ラスティ・・・」 「イザークは中に居る。これ以上あいつを傷つけるなよ」 それだけいうと、ラスティとニコルはその場を去っていってしまった。 あとは二人でどうにかしろということだ。 そのまま談話室の扉を開こうとして、アスランは躊躇する。 どう謝罪すればいいのだろうか、イザークに。 知らずにずっと傷つけていた、それに気付こうともせずに逃げていた自分。 向き合わなければならない。 覚悟を決めて中に入ると、そこにイザークの姿はなかった。 「イザーク?」 声をかけても、返事はない。 ラスティはここにいるといっていたのではなかったか。 ここにいないとしたら・・・。 アスランは談話室の奥の扉からつながっている格納庫へつづく部屋に入った。 明かりがついていなかったからやはり誰もいないかと思ったが、奥をよくよく見ると、暗がりの中でも椅子に腰を下ろしている一人の少年がいることに気付いた。 そして、それがイザークだということも。 「イザーク」 そっと声をかければその影がぴくりと反応するのが分かった。 だが、顔を上げる気配もこちらに近づいてきてくれる気配もなかった。 「イザーク・・・あの・・・」 ゆっくりと近づいていくが、正直何といっていいのか分からなかった。 謝らなければならないとは思う。 だが、それがどういう風に謝ればいいのかが分からない。 半端な態度と言葉でイザークと接すれば、なおさらイザークを深く傷つけてしまうように思うから。 「あの・・・」 「何も言うな」 「え?」 「いいから、何も言うな・・・。もう、いいから」
もういいから・・・。
そうあきらめたようなイザークの言葉と表情。 それを見たとき、アスランはとっさに何かが心を駆け巡るのを感じた。 そして気が付けば、イザークの元に走りよってその体を強く抱きしめていた。 「アスラン?」 「ごめんっ!」 「・・・・・・・」 「謝るから・・・だから・・・」 何を言っていいのか、分からなかった。 だが、今イザークを離したらもう二度とこの腕の中に取り戻すことができないように思った。 そんな気がしたから。 「アスラン、離せ」 「・・嫌だ」 「・・・・俺は、もうお前の側にはいかない」 「・・・・・・」 はっきりと言い放たれる言葉に、アスランは愕然とした。 痛いほど抱きしめていたはずの腕から力が抜けていき、その隙を突くかのようにイザークはアスランの腕を逃れて数歩の感覚を取った。 イザークとアスランの視線がからみあう。 こんなにも近くにいるのに。 少し腕を伸ばせばとどくところにいるのに。 心の距離はこんなにも遠いのだと、アスランは感じるしかなかった。 「俺が、嫌いか?」 「・・・・・嫌いだ」 決して目を合わせないようにとうつむいて、イザークは言う。 その言葉が本心でないだろうことは、アスランにもわかった。だが、イザークは簡単に嘘偽りを口にする人間じゃない。 だからイザークの言葉はきっと、アスランがそれだけイザークを傷つけたという証。
「わかった」
身を引こう。 アスランはそう考えた。イザークへの気持ちは今もかわらない。 この思いがイザークへすべて届かないことは悲しいけれど、それだけのことを自分はしてしまったのだから。 イザークをこれ以上傷つけないために。 「だけど、一つだけ、これだけは言わせて?」 静かに問いかける声に、イザークはゆっくりと顔を上げる。 こらえきれないのだろうか、イザークの目にはうっすらと涙が溜まっているのがわかる。 それに手を伸ばし、そっと拭いながらアスランはただ一言、注げた。
「愛してる」
イザークの目が見開かれるのが分かった。 それで少しでも自分の想いが伝わっていることを願いつつ、アスランは身を翻した。 イザークを傷つけることになるのなら、側に居ないほうがいいのならば、そうしよう。 だけど、この想いだけは・・・。 イザークを愛している。 この想いだけはアスランだけのものだから。 離れていても、想うことだけは許して・・・
「ァ・・・ランっ」 扉に手をかけようとしたアスランの元に、涙声でかすれてしまったイザークの声が届く。 それと同時に背中に感じる温かなぬくもり。 アスランはその場に立ち止まった。だが、振り返ろうとはしなかった。 振り返ったら、今決めたばかりの決意が脆く崩れ去ってしまいそうな気がしたから。 「・・・だけ・・見て・・・」 「・・え?」 「俺だけ・・見て、いて。余所見をして、俺を、置いていかないでくれ・・・・・」 「俺は、いつもイザークの側に居るよ?」 「違う!」 イザークの叫び声に、アスランはゆっくりと振り返った。 涙が頬をいくつもの筋になって落ちていく。 だが、イザークの瞳はアスランだけを写していた。 「お前は、いつも俺を見ていなかった。いつも、どこか違うところを見て、違うことを考えて・・・。だから、俺はわからなかった。近くにいると思うのに、遠くて・・・。それが苦しくて・・、俺は・・・・」 「俺は、いつもイザークのことを考えてるよ?」 アスランがそういうと、イザークは違うとばかりに首を横に振った。 握り締めたこぶしが、力を入れすぎているばかりに震えている。 「落ち着いて聞いて、ね?」 先ほどのイザークを逃がさないとばかりに力を込めた抱擁ではなく、イザークを包み込むようにして抱きしめる。 少しでも落ち着くようにとゆっくりを背中を撫でていれば、ようやく落ち着いてきたのがわかる。 「俺はイザークのことをいつも考えてる。それは紛れもない事実だよ」 「・・・・・・・」 「でもね、イザークが感じていたとおり、イザークのことだけを考えていたわけじゃないんだ。戦争のこと、父上のことや友人のことも考える。その中には・・・ラクスも入っている」 ラクス、という名前を出せばイザークの体に緊張が走った。 それをなだめるようにして髪を梳くと、アスランは続きを話した。 「彼女は友人だから。それに好きな人は自分で見つけようって俺の気持ちを悟ってくれた唯一の人だから」 どういうことだ?という視線にアスランはにっこりと微笑む。 「俺はザラの跡継ぎだから。ラクスとの婚約を破棄したとしても父上がかならず次の婚約者を決めてくる。だから、お互いに好きな人ができるまでの牽制にしようって、ラクスが言ってきたんだ。彼女も、好きな人は自分で決めたいらしいから」 だから、友人というよりも、同士っていうのかな。 そういって笑うアスランは、優しかった。 でも、いつもイザークを見つめる優しさとは違うような気がする。 「当たり前じゃないか。イザークは誰よりも何よりも大切なんだよ?他と一緒になんてできるわけないよ」 何を言われたのか最初は理解できずにきょとんとした表情だったのだが、そのせりふを反芻してみるうちに何を言われたのかはっきりと理解できれ顔を真っ赤に染める。 そんなイザークの様子に微笑みながら、アスランはもう一度イザークを抱きしめた。 「一緒にいよう、イザーク」 「お前が、俺を見てくれるなら」 余所見を、しないなら・・・・。
誓いの印として、アスランはイザークの唇に自分のそれを重ねた。
<あとがき> あすかからのリクエストのアスイザでございます。 なんか、微妙に納得できないような、中途半端のような・・・・。 もうちょっとこじれさせたほうがよかったかもと思いつつ、UPです。 |