次の日、ミリアリアはいつまでたっても部屋から出てこないキラが心配になり、キラの部屋を訪ねた。 「キラ、いるの?はいるわよ?」 扉を叩いても返事がなかったために、しかたなく中の様子を覗いた。 そこにキラは確かにいた、が。 布団の中にもぐりこんで、いまだに起きている様子がない。 「あきれた、もうお昼なのに」 キラが寝坊をしているものだと思ったミリアリアは、起さなければいけないと掛け布を掴んだが、ふと、中から聞こえてくる泣き声に気づいた。 「キラ?」 そっと布団をめくれば、キラが自分に背中を見せるような形で寝ていた。 だが、その姿は弱弱しく、泣いていることが明らかなのはかすかにその肩が震えているから。 「キラ、どうしたの?」 「ミリー・・・・・」 キラはミリアリアの姿を確認するやいなや、その膝にすがり付いて泣き出した。 どうしたものかと考えるが、キラが泣いている理由がわからなければ、対処のしようがない。 「キラ、ほら落ち着いて。何があったの?話してくれなきゃわかなんないわ」 「い・・・イザーク・・・・・」 「イザークさまに何かされたの?」 その問いにはキラは横に首を振る。 「それじゃ、何?」 「ぼく・・・イザークさまに嫌われた・・・」 そこまで言った途端、キラはわっと泣き出してしまった。 反対に、ミリアリアはわけが分からないという表情になった。 あのイザークが、キラを嫌いになる?
・・・・・・・・ありえない。
そう断言できるぐらい、ミリアリアはイザークとキラのことを知っているつもりだ。 あそこまでキラを溺愛しているのに、そのイザークがキラを嫌いになるはずがない。 でも、キラにそう思わせる何かが、昨日の訪問であったのかもしれない。 「キラ、昨日イザークさまに何か言われたの?」 ふるふると横に首を振る。 「じゃ、イザークさまにいじわるされたとか?」 それにも首を振る。 「それじゃ、一体何があったの?」 「ぼ・・・僕、昨日・・おかしくなっちゃって・・・・」 「うん」 「じ・・・自分から・・・・強請ったり、したし」 「うん?」 「だから、きっと淫乱だって思われた・・・。絶対嫌われたもん・・・・」 「は?」 話を整理する。 昨日、キラは何かが原因でおかしくなって、そのせいでイザークに強請って嫌われる? 端から聞いていれば、イザークはそれを喜ぶのではないだろうか? それなのに、キラは嫌われたと思って目を真っ赤に腫らすほどに泣いていて。 「イザークさまは何か言っていたの?」 「分からない。僕が起きたとき、もう、居なかったから・・・・」 それが原因か。 どうりでいつもはキラが送りに出るにも関わらず、今日の朝はイザーク一人だったわけだ。 おそらくはイザークが気を使ったのだろうが。 「?ねぇ、キラ。顔が赤いわよ。熱でもあるの?」 「熱はない・・・けど。ちょっと頭痛いの」 「どれ」 キラの額に自分のものを当てるが、確かに熱はない。 だがキラのこの表情からして、昨日、何かしらイザークがキラに無理をさせたのではないかという疑惑が持ち上がる。 率直に言えば、イザークが薬か何かをキラに使ったのではないかということ。 もしそれが本当ならば、キラが気にしなければいけないことはなにもない。 どちらかといえば、イザークの方が謝るべきだ。 「今は考えても埒があかないわよ。具合悪いんだし、ちゃんと寝ていなさい」 「で、でも・・・・」 不安で眠ることもできない。 「大丈夫よ。白黒私がはっきりつけてあげるから、あなたはちゃんと眠ること。いいわね?」 「うん・・・」 キラを寝かせて掛け布を掛けなおしてから、ミリアリアはキラの部屋を退室した。 その後、きゅっと表情を引き締めてその場を歩き去った。
「嫌に上機嫌じゃないかよ、イザーク」 「まぁな」 「さては、昨日キラちゃんといい思いしたのか?」 ディアッカのからかいまがいの言葉に、イザークはにやりと笑うと、そのまま自分の手元に溜まっている仕事を着実にこないしていく。 今日の朝、疲れからまだ眠っているキラを起さないように部屋を出てきた。 あれほど乱れたキラは初めて見たし、そうとう負担も大きいだろうと思ってそのまま側に居てやりたかったが、今日の仕事はディアッカとともにどうしても外せないものだった。 これさえなければ、あのままキラが起きるまでその場に居たのに。 と、そのとき部屋の中にある電話が大きな音を立てて鳴り響いた。 「はい、こちら執務室」 『エルスマンさまにミリアリアと名乗る女性からお電話です』 「繋いでくれ」 『かしこまりました』 イザークは受話器をディアッカの方に放ると、そのまままた仕事へと戻った。 ミリアリアからの電話など、めずらしい。 ディアッカから掛けているところを見たことがあっても、ミリアリアからというのは初めてではないだろうか。 どうせなら、ミリアリアにキラの様子を聞こうか。 「イザーク」 そんなことを考えていると、不意にディアッカが受話器をイザークの方へと差し出した。 「何だ?」 「ミリアリアが変われってよ」 「?もしもし」 『イザークさま!あなたキラに何をしたんですか!!』 電話に出た途端に、大きな叫び声が聞こえてきて、イザークは思わず受話器を耳から放した。 「キラに何かあったのか?」 『何かあったのかじゃないです!部屋から出てこないと思ったら泣いてるし、頭痛いって言ってるし、一体キラに何をしたんですか!』 その叫び声が大きすぎて、受話器を持っていないディアッカにもその声は丸聞こえだ。 最初、自分に掛けてきたにもかかわらずイザークに変われと言ったときは機嫌が悪かったが、内容がキラのこととなるなら話は別だ。 ディアッカも、ミリアリアから聞くキラに好意を持っていたし、どれだけ彼女がキラを大切に思っているかも知っている。 だから、ディアッカも仕事の手を止めて聞き耳を立てていた。 「具合の方はどうなんだ?」 『まぁ熱もないし、ただの頭痛ならそのうち治るとは思いますけど・・・。一体キラに何をしたんです?』 「何も・・というか。酒を飲ませただけだ」 『お酒ですって!!』 ミリアリアの驚きように、今度はイザークの方が驚いた。 『なんでそんなものキラに飲ませたんですか!』 「い、いや、キラが興味を持っているようだったのでな」 『興味を持ったぐらいで飲ませないでください!キラはお酒ぜんぜんダメなんですよ!一体どれぐらい飲ませたんですか!』 「猪口で3杯だが・・・・」 『そんなに飲ませたんですか!?』 「そんなにって・・・・」 たった猪口3杯だ。 普通の人間ならば、まったくと言っていいほど酔うような量ではないし、いくら酒が弱い者でもその程度で酔う人間はほとんど居ないだろう。 『キラのお酒の弱さは筋金入りなんです!こうなった以上責任持ってもらいますからね!』 「責任、というと?」 『ちゃんとこちらに来て、キラの誤解を解いてあげてください。いいですね!』 「あ、ああ」 『絶対ですよ!』 ガチャンと音を立てて電話が切れる。 よほど腹が立ったのだろうか。 「大丈夫かよ、イザーク」 「あ、ああ」 ミリアリアの剣幕におされ気味になりながらも、イザークはうなづいた。 普段はあんなにおとなしい彼女が、ずいぶんと変貌するものだ。 ディアッカいわく、もっと怒ったミリアリアはこんなものではすまないらしいが。
辺りはすっかり暗くなってきたが、キラはいまだに起き上がることはなかった。 先ほど開店の鐘が鳴っていたが、今日イザークが来ることはないだろう。 そう思うと、キラの瞳にまた涙が浮かんできた。 嫌われたくないという心。 側に居て欲しいと願う心。 イザークをこんなにも欲しているというのに、彼にはもう、届かないのかもしれない。 涙が次々とあふれ出れば、収まったと思われていた頭痛がまた始まった。 「・・・・寝よ・・・・」 掛け布を頭まで被ると、キラは身体をぎゅっと自分で抱きしめながら眠りに付いた。
なんだろう・・・・あったかいな・・・。 知っている感じがする、この暖かい手・・・。 いつも感じていたっけ・・・。 そう、この手は・・・・・
「起きたのか?」 ゆっくりと目を開ければ、目の前にはイザークの顔があった。 夢か幻ではないか。そう思うキラは目を瞬かせながらイザークの顔を凝視していた。 「どうした?まだ頭痛がするのか?」 そういって、キラの髪を梳く。
この手だ・・・。 暖かく感じていたのは、この手だったんだ。
「イザーク、いつこの部屋に?」 「そうだな、2時間ほど前か。よく眠っていたし、起きるまで待とうと思ってな」 ポンポンと頭をなでてくれる。 「イザーク、僕のこと、嫌いじゃないの?」 「なぜ、俺がお前のことを嫌わなければならないんだ?」 「だって・・・、僕昨日おかしかったし・・・」 「それならば、酒のせいだろう。あとで調べてみたが、あれは多少の媚薬成分が入っていたらしい。気づいてやれなくてすまなかったな」 「い、いえ」 「今のキラの頭痛は二日酔いだろうから、遅くても明日の朝には治っているさ」 コクリとうなづいて、キラは抱き寄せられるままにイザークの肩に頭を預けた。 心地よい鼓動がキラの身体にしみこんでいく。 さっきまで心を蝕んでいた不安が、すごい速さで解けていくのが分かる。 イザークがここにいてくれる。 それが、キラには何よりの薬だった。 「もう一度眠れ、キラ。まだ疲れが取れきっていないんだろう」 とろんとした眠そうな表情のキラにイザークはそういうが、キラは嫌とばかりに首を振った。 「なぜ?」 「イザークが、いなくなりそうで・・・・」 「大丈夫、今日はキラが目覚めるまで側に居てやるさ。だから、ゆっくりと安心して眠れ」 「ん・・・・・・・・・」 すでに半分以上眠った状態だったキラは、イザークの言葉に導かれるように眠りへと落ちていった。 イザークの体温を心地よく感じながら、キラは再び眠りへと戻っていった。
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