キラは自分の部屋だと与えられた場所をゆっくりと見回した。

いまいち、ぴんとこない。

しばらくぼーっと座ってはいたものの、キラはそのままではしかたないと判断し、気を取り直して持って来た荷物を家具の中にしまい始めた。

きちんと並べられている品々を、自分の使いやすい位置に移動したり。

ある程度満足いく程度に済ますと、ふと、キラは自分がまだ部屋着のままだったということを思い出した。

自室にいるのだから、別にこのままでもいいとは思ったが、客は直接この部屋に来るという。

だったら、きちんとした姿で迎え入れなければならないだろう。

そう考えらキラは、今片付けたばかりの衣類の中からシンプルなものを取り出すと、身につけている服を脱ぎだした。

 

「ほう、いい眺めだな」

 

いきなり声を掛けられ、キラははっと後ろを振り向く。

と、そこには扉に背を預けるような姿で、キラの方をじっと見ているイザークの姿があった。

「ジュール・・・さま?」

「なんだ、着替えるのではなかったのか?」

そういわれて、キラは今自分が薄い単衣一枚、それも脱ぎかけでいることを思い出した。

「あっ、だめ・・・っ!」

恥ずかしさのあまり、キラはイザークに背を向けて座り込んでしまう。

羞恥といきなりのイザークの登場でキラは混乱してしまい、その場から動けなくなってしまった。

体が無意識にカタカタ震える。

すぐ目の前に着替えるために用意したものがあるというのに、手を伸ばすことさえできなかった。

 

ふわり、とキラの体を包み込むものがあった。

気がつけば、キラは少し分厚い衣を肩に掛けられ、イザークの腕の中に閉じ込められていた。

じんわりと、イザークのぬくもりが伝わってくる。

「大丈夫か?」

「・・・・・・」

キラが首を縦に振ったことを確認すると、イザークはそばにおいてあった衣を手早くキラに着せた。

「風邪を引いてしまう。あまり薄い格好をするなよ」

「は・・・い、ありがとうございます」

着替え終わったキラを、イザークは自分の膝の上に抱きあげた。

こうすれば、身長差もあってちょうど顔の高さが一緒になる。

「体の具合はどうだ?」

「え?」

「その・・・まだつらいか?」

そういって腰の辺りに手が添えられる。

イザークの言いたいことがわかったのか、キラも頬を朱に染める。

「まだちょっとつらいけど・・・でも平気ですよ」

「そうか。なら、いいんだがな」

ほっとしたように微笑むと、イザークはキラの頭を引き寄せてそっと唇を合わせた。

「ん・・・・・ん、ふ・・・ぅ・・・・」

「キラ・・・」

「あ・・・ん・・」

深いキスに、頭がしびれたようにボーっとする。

唇を離されれば、キラは力が抜けたようにイザークの肩に頭を預けた。

荒くなった息をどうにか静めようと、呼吸を繰り返す。

そんな愛らしいキラに苦笑しながら、イザークはキラの髪を優しく梳いた。

 

 

 

ほどなくして、キラははっとしたようにイザークの顔を見つめた。

「?どうした?」

「ジュールさま・・・、なぜ、ここに?」

「なぜって・・・、お前に会いに来てはいけないのか?」

不思議そうにそう言い返すイザークに、キラはなんと言っていいかわからなかった。

だって、専属娼妓になったからには自分の契約者の相手しかしないって、さっきミリアリアから聞いたばかりなのに。

「じゃあ・・・、僕を専属娼妓にしたのは」

「ああ、そういえば言ってなかったな。何も言わずに勝手なことをして悪かったと思っている。だが、他の誰かがお前に触れるなど、考えたくなかった。専属契約をしてしまえば、お前が他の奴のところへ行くことはなくなる。そう思ったら・・・な」

キラの目をまっすぐに見つめながら、そういった。

だが、キラは逆につかんでいたイザークの着物をぎゅっとつかむと、そのまま俯いてしまった。

「・・・て」

「キラ?」

「どうして、僕なんですか?ジュールさまはすごくかっこよくて、やさしくて・・・。なのに、なんで僕なんかを・・・」

僕なんかを、選ばれたんですか?

 

そう言おうとしたのだが、イザークは言葉をさえぎるようにキラの顔に触れると、ぐいっと少々乱暴に自分の方に向けた。

その怒ったような視線と表情に、キラの体はびくりっと震えた。

何か、気に触るようなことを言ったのだろうか。

さきほどまで、あんなに優しい目で自分を見てくれていたのに。

「その言葉は、嫌いだ」

「え?」

「自分なんか、という言葉は、俺が一番嫌いな言葉だ」

そこまで言うと、イザークは自分に必要以上にびくついているキラに気づき、苦笑した。

イザークは、キラにふっと笑いかけ、その髪を梳いた。

「ジュールさま?」

「自分なんかという言葉は、好きじゃない。それは自分を好きでいてくれる人すべてに対して失礼なことなんだ。だから、キラもそんなことを言ってはいけない」

「・・・・はい。でも、本当によかったんですか?僕で」

「勘違いするな」

厳しい口調でイザークが言うと、キラの目が不安に揺れる。

 

もしかしたら、好きで選んだわけではないのかもしれない。

 

そんなキラの勘違いに気づいたのか、イザークはキラの目を見つめていった。

「俺は、キラがいいんだ。それ以外は何もいらないし、誰も望まない」

そんなイザークの言葉がうれしくて、キラはイザークにぎゅっと抱きついた。

誰かの側にいたいと願ったのは久しぶりで。

それよりも、誰かに必要とされていることが、こんなにうれしいことだったなんて、キラはすごく驚いた。

 

 

 

それから、キラとイザークはいろいろなことをhなした。

キラがマリューに拾われてからのことや、イザークが普段どんなことをしているか。

そしてその話の中で、ミリアリアの相手がイザークの幼馴染で、仕事上のパートナーでもあるディアッカという人なのだということも知った。

「ミリーが言っていた相手がジュールさまの知り合いだなんて・・・。だから、ジュールさまのこと知っている風だったのかなぁ」

「あいつはよくミリアリアのことを話すからな。俺も何度か合ったことがあるが、そのときもいろいろ知っている風だった。ディアッカがいろいろ話すんだろう」

まったくあいつはという風に話すイザークだが、その本心は決して嫌がっているわけではなく、単なる照れ隠しのように思える。

そう思ったキラは、くすりと笑みをこぼした。

また一つ、イザークの新しい一面を知ることができたよう案気がした。

「ところで、キラ」

「はい?」

「昨日、俺が言ったことを覚えているか?」

「昨日?」

はて、何を言われただろう。

キラは昨日のイザークとの会話を思い出そうとするが・・・、そのときにしたことの方が頭に思い浮かび、キラは思わず赤面してしまった。

「えっと、いつごろ言ったことですか?」

「いつって、俺とおまえがひと・・・・」

「わ〜っ!やっぱり言わなくていいです!」

イザークの口をふさぐためにぶつかるように動いたため、そのままイザークを押し倒してしまった。

「あ・・・・」

「ずいぶん積極的だな」

「ご、ごめんなさ・・・んんっ・・・」

とっさに体を起こそうとしたが、引き止められて頭を引き寄せられると、そのままキスをされた。

頭の芯からくらくらするようなキス。

初めて会ったときから何度も繰り返しているというのに、慣れない。

それどころか、どんどん気持ちよくなっていく。

「キスがうまくなったな」

「そ・・・んな、ことは・・・・」

「あるぞ」

くすくすと笑いながら、イザークは体を起こす。

「で、思い出したか?」

「分かりません。何か、約束したんですか?」

「約束・・・というか。昨日言ったよな、名前で呼んでくれと」

「名前・・・」

少し考えると、イザークがキラにそういっていたことを思い出す。

「呼んでくれ、キラ。俺の名を・・・」

「・・・・・イザー・・・ク?」

「ああ」

「イザーク」

「そうだ、キラ」

相手の名前を呼ぶたび、相手に名前を呼ばれるたび、体中に甘いしびれたような感覚が走る。

 

どちらともなく唇を合わせると、時折名前をささやきながら、2人はキスを交わした。