次の日、キラは昨日と同じように他の娼妓達と共に自分の席でただ客を待った。

といっても、キラが本当に待っているのはイザークで・・・・。

昨日、また来てくれるといってはいたが、それが今日であるとは限らない。

そんなことはキラにも分かっていたけれど、それでもお客が見せの敷居を跨ぐたびに顔をあげ、イザークでないことに気づくと落胆してまた俯く。

どうしてこんなに心待ちにしているのか。

昨日初めて会った人に、どうしてこんなに会いたいのか、自分でもよくわからなかった。

 

 

「キラ、ご指名だよ」

ふと、そういわれて顔を上げれば、店の主人とその後ろに見たこともない男の人が立っていた。

指名されれば、娼妓にその拒否権はない。

それは分かっているのだが、どうしてもキラの体はすくんでしまう。

それは、相手が知らない人だからなのか。

それとも、イザークでないからなのか。

「あ、あの・・・僕・・・・」

「君、かわいいよねぇ。初顔?この間はいなかったものね」

初対面なのにニタニタと笑いながら話している男に、キラは鳥肌が立つ思いだった。

こんな人と、一晩を過ごさなければならないのか。

「ほら、早く行こうよ〜」

「あ、ちょっ・・・・」

キラの手を引いてさっさと歩き出そうとする男にキラは戸惑ってしまう。

嫌なのに・・・。

 

『だが、お前は娼妓だろう?』

 

昨日のイザークの言葉が、なぜか頭に浮かんだ。

そう、自分は今娼妓なのだ。

拒否することは、許されない。

諦めて目を伏せたとき、誰かががしっとキラの腕を掴んだ。

驚いて顔を上げれば、そこにいたのは・・・・。

 

イザークだった。

 

「悪いな、こいつは俺が先約なんだ」

「は?何言ってるわけ?俺がこいつを買ったんだよ。料金だって払ったんだ。横取りすんなよ」

危うく口論になりそうな二人に気づいて、遊戯屋の主人が飛んできた。

「これはこれはジュールさま。いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、キラは・・・」

「キラは、俺が先約だったんだよな、店主?」

有無を言わせぬように睨みながら言い放つイザーク。

「そ、そうでございました。キラはジュールさまが今夜はお買いになられたんでしたよね」

「ちょっと、ふざけないでくれる?俺だって金払って・・・・」

態度を裏返してしまった主人に文句を言おうとするが、イザークの厳しい視線に気づいて慌てて口を閉じる。

イザークにはなぜか、逆らえない。

そんな雰囲気があったのだ。

「すまないが、他の奴を指名してくれ。そして、コレは侘びだ」

そういって、イザークは相手の手になにやら握らせる。

相手はそれを見ると、コロッと態度を変えてへらへらと笑い出した。

「こっちこそ悪かったな、横取りしちまって。ま、そういうことなら俺は別の奴にするよ」

そういうと、あっさりとキラの手を離してまた娼妓を選ぶために入り口へと戻っていく。

イザークに頭を下げると、主人もその後を追う。

「行くぞ」

まだよく状況を理解できていないキラの手を引いてイザークは歩き出した。

 

 

 

 

イザークがいつもの部屋に着くと、いつのまに用意されたのか、いくつかの銚子とつまみがすでに整えられていた。

キラの体を部屋の中に入れると、イザークも中に入り扉を閉める。

すると、最初に部屋に入ったはずのキラがイザークにぶつかるようにして抱きついてきた。

「キラ?」

いきなりで驚いたものの、すぐに抱き返してやる。

キラはほっとしたように体の力を抜き、腕を背中へと回した。

「どうした?キラ」

「・・・・・ったです」

「ん?」

「お会いしたかった・・・、会いたかったです。ジュールさまに」

「・・・・・・俺もだよ」

そうつぶやくと、胸に押し付けられているキラの顔を上げ、ゆっくりと唇を合わせた。

「ん・・・・・」

「口、開け」

イザークのつぶやきに導かれるようにキラが薄く唇を開く。と、同時にイザークが中へと入ってきた。

怯えたように縮まっているキラを、イザークはゆっくりと誘い出す。

浅いものから、深いものへ・・・。

ゆっくりとお互いを感じるように口付けを交わした。

「キラ・・・・」

「ん・・・・・・ふ・・・ぁ・・・・・・・」

角度を変えるごとにつぶやかれる自分の名前に、キラは体から力が抜けていくのが分かった。

必死で立っていようとするが、足にだんだん力が入らなくなってくる。

唇が離れるころには、イザークが支えてくれなければ立ってもいられなくなってしまった。

ゆっくりと唇を離し、つかの間見つめあったイザークとキラ。

お互いを、こんなに欲している。

それも、自分達が信じられないほどに。

イザークはキラの体を抱き上げると、すでに用意されていた褥へと運んだ。

キラの体を下ろすと同時に、また深く唇を合わせる。

お互いの唾液が、混ざり合い、あふれ出たものがキラののどを伝う。

イザークはそれをなめ取るように唇を這わせると、キラの着ている着物を一枚ずつ脱がせていく。

最後の一枚までも剥ぎ取り、首筋に顔をうずめると、かすかにキラの体が震えているのが分かった。

どうしたのかとキラの顔を見上げればぎゅっと目を瞑っている。

両の手は白くなるほどシーツを握り締めていた。

この反応は・・・、まさか・・・・・。

「キラ」

「え・・・・・・」

キラが恐る恐る目を開ければ、目の前には心配そうなイザークの顔が映った。

「キラ、もしかして・・・・・・・初めてか?」

「あ、あの・・・・・」

真っ赤になりながら、キラは小さくコクンとうなづいた。

 

そういえば、キラは昨日表に出たばかりだと言っていた。

てっきり、もう誰かに抱かれたことがあるのだとばかり思っていたのだが。

 

急にだまってしまったイザークに、キラは不安になる。

もしかしたら・・・・・・

「・・・・・・お嫌・・・・ですか?」

「え?」

「あの・・・だから、初めてだから・・・」

慣れていないし・・・とつぶやくキラに、イザークは苦笑して、その額に口付けた。

「まさか、初めてならそんなにうれしいことはない。キラの最初を、俺がもらえるんだからな」

「さ、最初って・・・」

か〜っと赤くなるキラの顔を覗きこみながら、イザークはシーツを握りしめているキラの片手に自分の手を絡ませた。

「俺が触れるのは嫌か?」

すぐにキラは首を振る。

イザークの触れてくれるところは、どこもすごく熱くて・・・。

でも、その熱さが心地よくて、すごく好きだ。

「だったら・・・・」

そのまま、今度は唇を合わせた。

先ほどのような、くるしく、切なくなるようなキスではない、優しい触れるだけのキス。

「これは・・・?」

ニヤリと笑いながら間近で見つめられて、キラは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせてしまった。

自分の気持ちをどうにかして伝えようと、自分からもイザークにキスをした。

触れていたのはたった一瞬だったけど、それでも、イザークを驚かせるには十分だったようだ。

一瞬、目を見開いたが、すぐにまぶしそうに目を細めた。

「続きをしても?」

イザークの問いかけに、キラはちいさくコクリとうなづいた。

だが、やはり不安があるのか、キラの瞳はかすかに揺れいた。

「嫌だったら、やめてやる。今のうちなら・・な」

「い、嫌なんかじゃ・・・・。ただ・・・・」

「ただ、何だ?」

キラの緊張をほぐすかのように、瞼に、額に、頬に、軽くキスを落とす。

キラも、それをくすぐったそうに受け止める。

「キラ?」

「ただ・・・・、少し怖いだけ・・・ですから」

「怖い?」

コクリ、とキラはうなづいた。

確かに、キラは他人と肌を合わせるのは初めてなのだから、それは当然なのかもしれない。

「怖かったら、俺にしがみつけばいい」

キラの額と自分の額を合わせ、マジかにキラの瞳を見つめた。

綺麗な、アメジスト。

見つめていれば、吸い込まれてしまいそうな、そんな瞳。

「怖かったら、言えばいい。嫌だったら言えばいい。俺が、すべて受け止めてやる」

 

 

「はい・・・・・・」