どういうことだ?これは・・・。
帰宅したイザークがまず初めに浮かんだこと。 母からの呼び出しは案の定、ここ数日間の欠勤についてだった。 天使族の情報提供を請うためにも、イザークはキラのことを話さなければならなかった。 話自体はすぐに終わったのだが、やはりすぐには解放されず夕食を共にしたあと帰宅した。 土産として持たされたケーキを受け取ったキラの喜ぶ顔が早く見たかったが、それでも一人残してきた不安の方が大きかった。 ディアッカに自分が帰るまで居てくれと頼みはしたが、昨日までの様では寂しい思いをさせているかもとしれないと思い、心が痛んだ。
なのに。 帰ってきたら家の中に人気は無く、どうしたのかと探したら。 確かに、いるにはいた。が・・・・
意外なことに、暖炉の前で二人仲良く昼寝をしていた。
仲がいいに越したことはない。 だが、これは一体どういうことだ?
「おい、起きろ」 キラを起こさないようにディアッカを小突く。 「ん〜・・・・・、おう、おかえり」 「何している?」 「何って、昼寝。・・・・って時間でもないか」 外の暗さに目をやってディアッカがつぶやく。 今にも消えそうになっていた暖炉に薪を追加すると、まだ眠っているキラに毛布を掛けその場を離れた。 「エザリアさん、なんだって?」 「想像通り、欠勤の理由を問いただされた。だが結構な収穫があったぞ」 イザークは手にしている資料の袋をディアッカに放った。 「おいおい、これって」 「ああ」 中に入っていたのは、天使族コレクターの写真と資料の一覧だ。 ディアッカとイザーク、この数日掛けてまったく情報がつかめなかったのに、イザークの母エザリアはものの数時間でこの資料を用意してしまった。 経歴の違いを見せ付けられたようで、参ってしまう。 「へぇ・・・裏って言っても、やっぱ結構いるわな」 「ああ。だがやはり道楽だな、そのほとんどが組織幹部・貴族・成金。金が無ければできないだけのことはある」 冷やかな目線をディアッカに送る。 正確にはその手元にある資料へと向けられているのだが、それがわかっていてもディアッカは背中に悪寒を感じる。 「あとは、キラにこの写真を見せればいいってわけだ」 「確かに、それで確実になる。だがな・・・」 「あ・・・・、キラの反応・・か」 「ああ。せっかく落ち着いてきたんだ、なるべく穏便に済ませたい」 「でも、見せないと始まらないぜ。最終確認はキラにさせないと」 「わかっている」 目を覚ますと、側にいるはずのディアッカの姿が無かった。 だが暖炉の火は暖かく燃えており、キラの心さえも温かくしてくれるような気がした。 キョロキョロと辺りを見渡すと、やはり誰もいないのだが奥の部屋の方からかすかだが誰かの話し声が聞こえてくる。 「イザーク、帰ってきたのかな?」 だんだんはっきりしてきた意識から、会話が聞こえてくるのがイザークの書斎で、声はディアッカとイザークの二人の声だと分かる。 キラもそちらに行こうと立ち上がる。 が、起きたばかりで足元がおぼつかなく、暗い部屋の中で何かに躓く。 「うわっ」 先程まで包まっていた毛布に足をとられて、転んでしまう。 そのとき、机の上にあった何かを落としてしまった。 「どうしよう・・・」 何かの書類のようだが、起きる前は無かったもののはずだ。 「なんだろう・・・」 恐らくはイザークが持ち帰ったもので、キラが見ていいものではないのかもしれない。 それでも好奇心に負けたキラは、この部屋唯一の明かりである暖炉の元に持っていった。
そこに映し出されたものは・・・・・
「あ・・・・あ・・・・・・あ・・・・・、い・・や・・・、やぁぁぁ〜!!!!」
「キラ!?」
キラの空気を切り裂くような叫び声は、書斎で仕事の最終点検をしていたイザークとディアッカの耳にもはっきりと届いた。 二人はどちらともなく部屋を駆け出してキラの元へと急ぐ。 キラの寝ているはずの部屋に、キラの姿はなかった。 「どこに行ったんだ?」 「それより、イザーク。これ見ろよ」 ディアッカの示す先にはイザークが持ち帰った資料が散乱していた。 「キラは、これを見たのか?」 「おそらくな。キラの反応からみておそらく・・・」 「ああ、間違いないだろう」
この中に、キラのことを飼っていた人間がいると見て・・・。
「とにかく、キラを探そう。お前は一階を頼む。俺は二階だ」 「OK」 二手に分かれてキラを探す。 が、なかなかキラの姿を見つけ出すことができない。 先程の悲鳴が、キラの頭から離れなかった。 何もかもを拒絶するような、悲鳴。 キラの姿が見つからないのに、早くキラの姿を見つけなければと気持ちばかりが焦る。
考えろ、考えろ。 キラがいつもいる場所を、キラが安心している場所を・・・。
『イザーク』
ふと、イザークはキラがこの家に来て二日目の夜のことを思い出した。
『イザーク・・・』 寝室で読みかけの本に目を通していたイザークは、小さく開かれた扉から顔を出すキラに気付いた。 大きすぎるイザークのパジャマに袖を通し、しっかりと胸に枕を抱えていた。 『キラ、どうした?』 『一緒に、寝ちゃダメ?』 今にも泣きそうな声と表情でこちらを伺う。
そんな顔を見てしまえば、ダメなんていえないじゃないか。
パタン、と本を閉じてベッドに一人分のスペースを開けると、キラは嬉しそうに顔を輝かせてそこに飛び込んできた。 イザークにぴったりとくっついて横になるキラに、イザークもベッドサイドの明かりを消すとベッドに横になった。 『あったかいね』 『ん?』 キラの体を抱きしめて眠ろうとしたら、そんな呟きが聞こえた。 『イザークはあったかい・・。この家どこも好きだけど・・・ここが一番イザークの匂いがするから、一番好き』 そうつぶやくと、キラからは小さな寝息が聞こえてきた。
「そうか」 あそこだ・・・。 イザークは狙いを定めるように寝室へと足を向けた。 案の定、しっかりとしまっているはずの寝室の扉はかすかに開いていた。 そのわずかな隙間から覗くと、ベッドの上になにかの塊がいるのに気付く。 自分の考えがあっていたことに、思わずため息が漏れる。 よかった、ここに居てくれた。 イザークがベッドに腰掛けると、キシリとわずかな音を立てる。 それに怯えるかのように、その塊は体を震わせている。 震える体に布ごしに触れるとびくっと大きくはねる。 「・・・・・・・・ゃ・・・・・・・」 「キラ」 「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・ク・・・・・」 「キラ?」 イザークの呼びかけに気付かないのか、キラは体を震わせながら何かをつぶやいていた。 布越しな為もあってか、何をつぶやいているのかはっきり聞こえない。 イザークは身をかがめるとようやくキラが何をつぶやいているのか微かだが聞き取ることができた。 「助けて、イザーク・・・やだ・・・・怖いよ・・・。助けて・・・・イザーク・・・イザーク・・・・・・」 キラの言葉に、イザークは目を見張った。 体を震わせて、それでもなおイザークに助けを求めるキラにイザークはどうしようもなく自己嫌悪に陥った。 こんなにも自分を頼って、自分を信じてくれているキラを、どうしておいて外に出たりしたのだろうか。 危険だからとか、そんなことは理由にならない。 危険ならば、守ればよかった。 ただそれだけのことなのに、なぜそれがわからなかったのだろう。 「キラ」 しっかりとした声で、キラのことを呼ぶ。 「キラ、俺だ」 「・・・・・ァーク?」 「そうだ。だから出て来い」 大丈夫だから、と声をかければキラはそろそろと顔を出した。 暗い部屋の中、キラの目に最初に映ったのは薄暗い中でも輝きを失わないような銀髪。 「・・・・っイザーク〜・・・・」 胸の中に飛び込んできたキラを、イザークは優しく抱きしめた。
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