「・・・・ですが・・・・いえ、そういうわけではありません。ただ・・・、わかっています。・・・・・・・・・だから、仕事はきちんとこなしていますから心配はいりません。・・・・・・それはそうですが・・・、いえ・・・・はい、わかりました」

かちゃん、と受話器を置くイザークをキラはリビングから覗いた。




朝早くからかかってきた一本の電話。

二人で朝食をとっていた時にかかってきた電話に、「こんなに早くから・・」とこぼしながらイザークは放っておいた。

キラが出ないの?と聞けば、平気だ、と返ってきた。

だが、電話のコールは切れることはなく、仕方なくイザークは不機嫌そうに立ち上がって受話器をとった。

同じように不機嫌そのままに電話に出たイザークだが、相手を認識すると同時に急に言葉使いと態度が変わったのだ。






「どうしたの?」

「キラ・・・。すまん」

いきなり謝られてしまって、キラとしては何もいえない。

首をかしげているキラをつれてとりあえず向かいあわせに腰を下ろすと、イザークは先程の電話について話し出した。

「さっきの電話、母上からだったのだがな・・・」

「イザークの、お母様?」

「そうだ。それが・・・ここ何日か出勤していなかったのが母上の耳に届いたようでな。今日必ず自分の下に来るように、との連絡だったんだ」

「それって・・・・」

イザークが、居なくなる・・・?

そう思って、だんだんキラの表情が泣きそうに曇ってくる。





イザークが側にいなくなる。





帰ってこないわけじゃない。それは分かっている。

でも、キラは怖いのだ。

イザークが、目の前から居なくなってしまうということが。

「母上の命令は絶対だ。どうにか日を延ばしてもらおうと思ったんだが、やはり無理でな」

「・・・・・・・・」

「だが、これもいい機会だ。母上に天使族のコレクターに関する情報がないか聞いてくる」

「・・・・・・・・」

「だからキラ」

「・・・・・て・・・・」

「え?」

「・・・・・・・帰って、くる?」

不安げな瞳でイザークを見るキラ。

目には今にもこぼれそうなほど涙が溜まっていた。

それを拭うように頬に手を添える。

「大丈夫、帰ってくるよ」

「それじゃ・・・待ってくる。・・・・・待ってても、いいよね?」

「もちろんだ」

約束、というようにイザークはキラの頬に軽くキスをした。

きょとん、とした表情でイザークを見返したキラだったが、不意にイザークにキスされたことを自覚して顔を真っ赤に染めた。

そんなキラを見て、イザークはつい噴出してしまう。

今頃たかが頬にキスしただけでこれほどまでに反応を返してくるとは。

「・・・っイザーク!」

「・・・くくく・・・、すまない」

その照れた表情があまりにもかわいくて、イザークは頭を撫でた。

「これからすぐに迎えの車が来る。急ですまないが、なるべく早く帰るから」

「うん」

それから約20分後、イザークは迎えの車にのって行ってしまった。












一人残されたキラは一人の寂しさを紛らわせるようにいつもイザークが居る書斎で近くにある本を読んでいた。

いつもイザークが仕事をしているから、この部屋が一番イザークの匂いがするような気がしたから。

「早く帰ってこないかな」

イザークと別れてからまだ1時間と経過していないのに、キラの中ではもうイザークが居ないことの孤独感が芽生え始めていた。






ガチャ





ふと、下の方から玄関が開くような音がした。

一瞬イザークが帰ってきたのかも、と思ったキラだったがお母さんに呼ばれたのにこんなに早く帰ってくるはずがないと思い直す。

だが、そうなると家の中に入ってきたのは誰なのか。





まさか・・・あいつ?





心臓が、ばくばくと音を立てて高鳴っているのが分かる。

また、あいつが来た?

また、閉じ込められるの?





どんどん、足音がこちらに近づいてくる。

一歩一歩と後ずさるが、それも窓があってそこで止まる。





コツコツコツ・・・・・






「や・・・・・・いや・・・・・・・・」



ガチャ











「・・・・っ」












「なんだ、お前ここにいたのか」

開かれた扉から入ってきたのは、いつもとなんら変わらないディアッカその人だった。




「ディア・・・カ・・・・」




相手がディアッカであったことに安堵したキラは、体の力が抜けたようにずるずるとその場に座り込んでしまった。

それの頬を流れる涙に気付いたディアッカは慌ててキラへと近づく。

「お、おい大丈夫か?」

目の前にかがんで顔を覗き込むディアッカの顔を恐る恐る見上げる。

その表情は困惑に満ちていて、それでもキラに外傷がないかどうかを手早く見定める。

「怪我はない・・な。で、何かあったのか?」

ん?とたずねるディアッカに、今度は安堵から涙がこみ上げてくる。

「・・・ぅ・・・・・、ふぇ・・・・・・」

キラはディアッカの胸に飛び込むように抱きつくと、そのまましがみついて大声を上げて泣き出した。

「なんなんだ?」

しがみついて離れないキラの背をあやしつつ、ディアッカは首をかしげた。キラを泣かせたことをイザークに知られたらただじゃすまないな、と思いつつ。


















「おちついた?」

「うん」

ディアッカが入れてくれたココアを両手に持ち、一口飲む。

キラの猫舌を知っているのか、温度は熱すぎずぬるすぎずちょうどいい温度に調整してあった。

「で?何があったか話せる?」

「・・・・・・・・・・・」

「ま、話したくないならいいけどさ」

「・・・・・・・・・・・」

先程とは逆に黙りこくって何も話さなくなったキラに、ディアッカはますます困りきってしまう。

この何日かディアッカと顔をあわせることがほとんど無かったキラだが、イザークからいろいろと話は聞いている。

が、黙り込んだまま何も話さない時の対処法などはまったく聞いていない。

しばらくそのまま座っているが、沈黙だけがあるだけで時間だけが過ぎていった。




仕事、すっかな




イザークが呼び出されたせいで、今日の分のイザークの仕事はすべてディアッカが処理しなければならない。

ディアッカが立ち上がってその場を離れようとすると、くんと何かが引っかかったように引っ張られる。




なんだ?




ふとその方向を見ると、なんとキラがディアッカの上着の裾をしっかりと掴んでいた。

「・・・・あ・・・」

ディアッカが立ち上がったことでとっさに掴んだのだろう。

本人も困惑した表情でディアッカと掴んでいる手を凝視している。

しかし、困惑しつつも掴んでいる手を話そうとはしなかった。

「キラ?」

「あ・・・あの・・・・」

何か言いたそうな顔をしながらもうつむいてしまったキラ。

ちょっと考え込むように頬をかいたディアッカだったが、もう一度かがんでキラと視線を合わせる。

「俺、今から仕事しに書斎に行くんだけど、一緒に来る?」

「・・・・・邪魔じゃない?」

「手伝ってくれるなら、邪魔じゃない」

「うん、手伝うよ!」

「よし、決まりだな」

ディアッカは自分の服を掴んでいるキラの手を取るとそのまま書斎へと向かった。





NEXT