窓から差し込む光のまぶしさに、イザークは目を覚ました。

日の光がいつもより強い。

どうやら寝過ごしてしまったようだ。

体を起こそうとして腕を動かそうとしたとき、その腕にかかるかすかな重みに気がついた。

見れば、それは気持ちよさそうに眠っていて、その手はしっかりとイザークのシャツを掴んでいる。

それを見て、イザークはようやく昨日あったことをすべてはっきりと思い出した。

怯えて震えていた少女が安心して眠る姿に、なぜか安堵を覚える。

そんなイザークの気配に気付いたのか、腕の中の少女がかすかに身動きする。

「起きたか?」

ぐずるように目をこすりながら、あたりのまぶしさに思わずイザークのシャツに顔をうずめた。

「よく眠れたか?」

「ん・・・」

髪を梳くように撫でれば、そっと顔を上げる。

「おはよう」

「おはよ〜」

にっこりと微笑む少女に昨日と同じ怯えはない。

「食事にするか?」

「あんまり、食べたくない」

「ダメだ。何を抜いても、朝食だけは必ずとれ。それに、昨日だって何も口にしていないのだろう?」

昨日どころではない。

恐らくはとらわれてからほとんど何も口にしていないのだろう。

そう想像するにはたやすいほど、キラの体は細く、力を入れれば折れてしまいそうだった。

「用意してくるから」

まだ寝ていろ、といおうとしたのだが、キラはイザークがベッドから降りるのを追うかのように自らもベッドから降りる。

イザークの側に近寄ると、そのシャツをぎゅっと握り締めた。

そのまま好きにさせようと、イザークはキラをつれてキッチンへと向かった。



















軽く朝食を済ませてから時計を見る。

「もうこんな時間か」

イザークが席を立つと、キラも慌てたように食事から顔を上げる。

「仕事場に連絡を入れてくるだけだ」

くしゃりとキラの髪を撫でて席を立つ。

かけなれた番号をプッシュすれば、すぐに知りすぎた声が聞こえてきた。

「俺だ」

『めずらしいな、お前が遅刻なんてよ。寝坊か?』

「今日は休む」

『仕事の虫の癖に。別に具合悪そうには聞こえないけど?』

「具合が悪いわけじゃないからな」

『それじゃ、仕事はできるな。どういう理由か知らないけど、今日決裁が必要なやつだけ頼むわ』

「分かってる。・・・・そうだ」

『何だ?』

「13,14ぐらいの少女が切る服を持ってきてくれ」

『・・・・・』

「言っておくが、他意はないぞ」

『ようわからんが、わかった』

「頼む」
















電話を切ってダイニングに戻ると、なぜかそこにキラの姿はなかった。

テーブルの上には食べかけの朝食だけが残されていた。

「キラ?」

辺りを見回して、ふとベランダに続く窓が少し開いていることに気付いた。

移動してみれば思ったとおり、キラがいて外を眺めていた。

イザークが近づいても気付く様子はない。

空気が澄んでいるからか、見上げる空はとても高かった。

「キラ?」

「どこまで、続いているのかな?」

「?」

「空・・・どこまで続いているんだろうって、思った」

「さぁな。だが空は広い。この世の、もしかすると誰も知らない土地までも広がっているんだろうな」

「うん」

じっとキラは空を見上げる。

「僕が知っている空にも、繋がってる?」

「おそらくな」

「・・・・・・そっか」

それだけつぶやいて、またキラは空を見上げた。

その切なそうで、悲しそうな表情を見ていると、ある言葉が浮かんできてしまう。







「帰りたいか?」







思わず聞いてしまった言葉だったが、振り返ったキラの表情を見た瞬間、イザークは後悔した。

「帰りたい・・・。帰りたいけど、帰れないんだもんっ」

そう叫ぶように言うと、キラはその背に真っ白の翼を出現させた。

「キラっ」

こんなベランダで誰が見ているかもわからないのに。

天使族は希少種だ。見つかれば狙われることにもなりかねない。

昨日の連中に見つかる可能性だってある。

イザークは慌ててキラの腕を引いて室内へと戻った。

「どうしたっていう・・・・」

キラを振り返って、イザークは思わず言葉を失った。





「・・・・・キラ」





その目元を拭うようにイザークはキラの頬を包み込んだ。

キラは泣いていたのだ。声も上げず、痛いのを我慢するかのように・・・・。

「帰れないって、どうしてだ?」

優しく、問いかけるようにたずねる。

「羽根・・・・・」

「羽根?」

キラの体をゆっくりと抱き寄せ、その背を覗き込む。

「これは・・・・」

羽根の付け根部分。

羽根の白い部分とは対照的に、背中には真っ赤な傷跡が背中を切り裂くように一線、走っていた。

「あいつらに、やられたのか?」

「逃げようとした・・・、でもつかまって・・・、もう逃げないようにって・・・」

ひっくとしゃくりあげながらキラが話す。

「もう、飛べないの・・・帰れないぃ・・・・」

耐え切れずに声を上げて泣き出したキラをイザークは慰めるように抱きしめた。














どのくらい泣き続けたのだろうか。

涙はまるで枯れ果てたかのように止まったが、キラはまるで何かが抜け出てしまったかのように、もう何も考えることができないかのように、その表情は何も見てはいなかった

ただぼんやりとイザークの服を掴み、その胸に体を預けていた。

「あのな、キラ」

ぼんやりとした視線のまま、キラはイザークを見た。

「帰る方法は必ずある。それを探せばいいだけだから・・・。だから、もう泣くな」

「方法なんて・・・わからない。たった一人で、どうしたら・・・」

「一人じゃないだろう?」

「え?」

不思議そうにイザークを見上げたキラはその真剣なまなざしに息を呑んだ。

「俺が居る」

「イザーク?」

「俺が一緒に方法を探す。これでも顔は広いんだ、役に立つだろう」

信じられないとでも言うように、キラの目が大きく開かれる。

「それとも、俺では役不足か?」

そう告げればキラは勢いよく首を振った。

「ほんとに、いいの?」

「ああ」

「一緒に、帰る方法探してくれる?」

「ああ」

「僕、何もできないよ?それでも・・・側にいても・・・・」

いいの?という言葉は震えて声にはならなかった。

不安を表すかのように、イザークのシャツを掴むキラの手は白くなるほど強く、震えていた。

その手を包み込んでキラの顔を覗き込み、心得ているとばかりにうなづいた。

「一人では何もできなくても、二人ならできることがある。だからもう、一人で抱え込むな」

一人じゃない。

その言葉が、なによりもキラの心に響いた。

不安で仕方なかった心に、暖かな光が差し込む。

その暖かさや嬉しさ・・・。いろいろなものが溢れてきて知らず知らずのうちにキラの頬を一筋二筋と涙がこぼれた。

「あり・・・がとう・・・」




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