かすかな泣き声に、イザークは深く沈んでいた意識を浮上させた。




遠くで誰かが泣いているような気がする・・・・。




体を起こして髪をかきあげたが、別に何の音も聞こえてはこない。

「気のせいか・・・」

そう考えたイザークはのどに渇きを覚え、水分補給のために寝室を後にした。

下の階に下りると、なぜか浴室の方から水音が聞こえてくる。

「止め忘れたか?」

そんな記憶はないものの、イザークはとりあえず浴室へと向かう。

「!?何をしているんだ!!」

浴室の扉を開いたイザークはその中にいた人物とその姿に、思わず声を荒げた。

驚いたのもつかの間、イザークは服を着たままシャワーに打たれているキラの腕を掴んだ。

「や・・・、離してっ」

「いいからこっちに来い!」

「いやっ」

「キラ!!」

怒鳴りつけると、キラはびくっと体をすくませた。

掴んだキラの体は氷のように冷たい。

イザークはそのままその体を抱き上げると、手近にあるタオルでその体を包み込んだ。

「イザ・・・?」

「黙っていろ」

見るからに怒っているイザークに、キラは黙り込むしかなかった。

イザークはキラを自分の寝室へとつれてくると、その体をベッドへと下ろした。

「ほら、それを脱げ」

「え?」

「風邪を引きたいのか?」

キラの服を脱がせて自分のシャツを羽織らせると、イザークは濡れてしまったキラの服を持って部屋を出て行ってしまった。

一人残されたキラは、その扉をじっと見つめる。

「イザーク・・・」

そこにはいないということはわかっているのに。

「イザークぅ・・・・」

わけも分からず、キラはイザークの名前を読んだ。

さびしいわけじゃない。

ただ、イザークが見せたあの背中が、とても悲しかった。

知らず溢れるように流れ出た涙を隠すように、キラはうつむいた。

だから、キラは部屋に戻ってきたイザークのことには気付かなかった。

「キラ?」

静かに、だが確かに聞こえてきたイザークの声に、キラははっと顔を上げた。

「あ・・・・」

「どうした?」

目の前にイザークが居ることを確かめると、キラは無我夢中でイザークに抱きついた。

「イザークっ」

「おっと」

反射的に受け止めたその体を、イザークは受け止める。

かすかに震える体を落ち着かせるように抱きしめると、そのままその体を救い上げベッドに座った自分の膝の上に乗せた。

「ほら」

手渡されたのは、暖かいココアだった。

「あったかい・・・」

「飲め。体が冷えている」

「うん」

一口飲めば、体の中から熱が広がるのがわかる。

だが、キラには何よりも後ろから抱きしめてくれているイザークの腕が、そのぬくもりが・・・。

とても暖かくて、安心できた。

「なぜ、あんなことをしたんだ?」

「・・・・・」

「キラ?」

「・・・気持ち悪かったから」

「え?」

「寝てたら、夢・・・見て」

「どんな夢だ?」

「あいつ・・・あいつが、追いかけてきた・・・」

そう口に下途端、キラの体がまた小刻みに震えだした。

その体をしっかりと抱きしめながら、イザークはキラの言葉を待った。

「捕まるって思ったら、目が覚めて。でも、すごく怖い気持ちだけが残って・・・。あいつに触られたところが・・とても気持ち悪くて・・・怖かったんだ」

「それで、あんなことをしたのか?」

こくり、とキラはうなづく。

あいつとは、おそらくはキラが逃げてきた奴のことなのだろう。

キラを捕まえ、怪我を負わせ・・・キラを汚したやつ。

「さっきね、イザークが体洗ってくれたとき、体中が気持ち悪かったのに、それがすっと消えたんだよ。だから・・・」

「もう一度浴びたってことか?」

「うん。でも・・ちっとも変わらなかった。気持ち悪くて、怖くて・・・」

「・・・・」

「でも、なんでかな?イザークに抱きしめてもらうと、もう怖くないの・・。安心して、ずっと側にいたいって思ったんだ」

「そうか」

イザークは空になったコップをサイドテーブルに戻すと、キラをベッドに横たえた。

「イザーク?」

部屋の明かりを消すと、イザークはベッドへと戻りキラの体を抱きしめた。

「すぐそばにいる。だから、安心して眠るといい」

戸惑ったように見上げてくるキラに微笑めば、キラは安心したかのように力を抜き、イザークの胸にすがるように擦り寄る。

しばらくすると静かな寝息が聞こえてきて、ようやくイザークも安心できた。

この小さな体に秘められた恐怖は思った以上に深く、重く・・・そして悲しかった。

自分は、一体何ができるのだろうか。

この小さな少女に、一体何をしてやれるのだろうか。

イザークはキラの体を抱きしめながら考えずには居られなかった。




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