連れてこられたのは、ある大きな屋敷だった。

周りを豊かな森林に囲まれた屋敷で、とても静かなところだった。

「うわぁ・・・」

車から降り立ったキラは庭の一角にあった噴水へとかけよった。

きらきらと上から流れ落ちる水は日の光に反射してとても綺麗だった。

噴水だけじゃない。

木も草も花も。

どれもとても綺麗に手入れが行き届いた、それでいて自然のよさを壊さないように工夫された庭だった。

「キラ、あまりはしゃぐと転ぶぞ」

「平気だよ!」




元気に走りまわるキラの姿を見て、イザークはほっと息を吐き出した。

正直、外に出した時のキラの反応が気になっていたのだ。

アズラエルの追っ手に追いかけられたからかもしれないが、キラは外には常にあの追っ手がいるものだと思い込んでいたらしい。

だから何度イザークが誘っても外に出ようとはしなかったし、一人になることを極端に恐れていたのだ。

このジュール邸は街から少し離れたところにおいてあるので、ある程度キラがイザークの元にいることを気付かれているなら街中のイザークの家よりもこちらの方が何かと都合がいい。

セキュリティの面に関しても、こちらの方が上だ。

「気に入ったか?」

「うん!でも、ここはどこなの・・・?」

キョロキョロと周りを見回すキラにイザークは教える。

「ここは俺の実家だ。ちょっと向こうの家には居られなくなったのでな、こちらにうつった」

「・・・・・・・・・僕の、せい?」

途端、キラの目には不安と動揺が浮かび上がる。

イザークとつないでいる手が微かに震えている。

「そうじゃないさ。母上に帰って来いと散々言われていたんだ。キラは俺に巻き込まれたんだよ。すぐに帰れそうにもなかったし、しばらくはここで過ごすことになる」

「・・・・・ディアッカは?」

「おそらく、あいつも一緒だ。車を置きに行っただけだからもうすぐ戻ってくるさ。さて、そろそろ家の中に入ろう」

「うん!」

キラは久しぶりに見る外の世界を、イザークは懐かしい庭の風景を楽しみながら屋敷の中へと入っていった。














キラが連れてこられたのは客間のような一室だった。

窓からぼんやりと外の風景を眺めながら、先程のことを思い出した。





『おかえりなさいませ、イザーク様』

『母上は?』

『書斎にいらっしゃいます。お連れ様はまず客間にお通しするようにと。イザーク様をお呼びです』

『帰って早々・・。・・・キラ』

『え?』

『こっちは執事のチャールズだ。この家のほとんどを取り仕切っている』

初対面の人間に警戒してか、イザークの後ろに張り付くように身を隠していたキラの肩を抱くようにして、イザークはキラを前へと出した。

『初めましてキラさま。こちらにいらっしゃる間、お世話をさせていただきます』

『あ、あの・・、えと。はじめまし、て・・・?』

どうしていいのか分からずにイザークを見上げるとそれでいいのだとばかりに微笑まれた。












そのあとチャールズに連れられてこの客間に一人置かれてから早20分が経過する。

それでもまだイザークは戻ってこなかった

「イザーク・・・」

この家に危険なものはないから大丈夫だと、そういわれた。

でも一人でいると余計な事まで考えて怖くなる。

まるで誰かに見られているような、そんな気がしてならないのだ。






ガタンッ





後ろから聞こえてきた物音にはっと振り返る。







だがそこには誰もいなかった。

いや、居るのかもしれない。人の気配はある。

けれど、姿は見えないのだ。

「だ・・・・・、誰・・・?」






返事は、ない。






物音が聞こえてきたのはこの部屋の一角にある窓のカーテン付近から。



『ちょっと向こうの家には居られなくなったのでな』



イザークの家に居られなくなった原因なの?

それは、やっぱり心配していた通りキラを狙った『あいつ』 の仲間・・・・?

そう思うと、キラの体は振るえ、驚愕に目を見開いた。



「や・・・いや・・、イザ・・・・・・・イザーク・・、助け・・・・・・」

胸の奥が音を立てて脈打つのが分かる。

はぁはぁと、キラの吐く荒い息だけが静かな部屋の中に響き渡っていた。

すると、唐突にバサッとカーテンが跳ね上げられた。

キラは恐怖と不安から耳をふさいでぎゅっと目を瞑った。



イザーク、イザーク、イザーク!



そう、何度も心の中で叫び続けながら。





だが覚悟していた襲撃のようなものは何もなく、かわりに暖かい手がキラの髪に触れた。

恐る恐る目を開くと、目の前にいたのはイザークによくにた美しい女性だった。

「だ・・・れ?」

「怖がらせてしまったわね、ごめんなさい」

そのまま優しく髪を梳かれれば、なんとなく落ち着く。

「ほら、こちらへいらっしゃい。ココアでも飲んで落ち着きましょう」

「ココア?」

いつのまに用意されていたのか、テーブルの上にはアイスココアが用意されていた。

それを受け取ってキラは一口飲む。

そんなキラのしぐさをにこにこ笑いながらじっと見てくる女性に、キラは正直どうして言いかわからなかった。

初めて会うのに、なんでこんなに怖くないのか自分でもわからなかったし。

何より、この女性は誰なのだろう。

「あ、あの・・・」

「なぁに?」

「あなたは・・・?」

尋ねればようやく名乗っていないことを思い出したのか、ああ、とばかりに笑って答えてくれる。

「私はね、イザークの・・・・」







「母上!!」







「なのよ」

突然飛び込んできたイザークに驚きながらも、それに動じない女性・・・。

というよりも・・・

「母・・上?イザークの、お母さま?」

「そうよ」

そういってにこにこ笑う笑顔は、時々だが見せてくれるイザークの笑顔に似ていた。

「書斎にいらっしゃらないのでどこにいるのかと思ったら、何をしていらっしゃるのですか」

「あら、私はキラちゃんに会いに来ただけよ。あなたがそこまで大切にしている存在を見ておきたくてね」

ね?と同意を求められても、キラはただうなづくことしかできなかった。

「だったら最初からそう言ってくだされば・・・」




「イザーク」




イザークの講義の声は、一転したエザリアの緊張した声にかき消された。

その真剣な表情に、イザークの顔もまたこわばる。








「気をつけなさい。彼らが、動き始めているわ」








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