カチリ、と静かに扉の鍵が開く音がした。

浅い睡眠をとったいたアスランはすぐに目を覚ます。

時間は夜中をとうに過ぎている・・・。

地球軍人の誰かかと身構えたが、予想外に、部屋の中に入ってきたのはキラだった。

だが、少し様子がおかしい。

うつむいたままで表情が見れない。部屋の電気も消してあるため、なおさらその表情が伺えない。

「キラ?」

「・・・・・・・」

そのままアスランに近づくと、ゆっくりと首に腕を回し抱きついた。

「キラ?」

「っ・・・・・ふぇ・・・・」

「キラ・・・・」

「うぅ・・・・、ひっく・・・・・」

よくわからないが、泣きながら抱きついてくるキラを力強く抱きしめた。

「キラ・・・、キラ、泣かないで、ね?いい子だから・・・・」

頭と背中をやさしく撫でながら、キラが泣き止むまでずっと抱きしめ続けた。

 

 


ようやく泣き止み始めたキラを、アスランは横抱きにしてベッドに腰掛け、改めて抱き締める。

キラはアスランの首に腕を回したまま、肩口に顔をうずめている。

そんなキラを抱きしめながら、どうしたものかとアスランは頭を抱えた。

多分この状況はこの部屋を監視している地球軍の兵士にも見られていることだろう。

自分としては、この状況はとても嬉しいものなのだが、地球軍にいるキラの立場が悪くなる可能性が強い。

最悪、裏切り者という烙印を押されて、刑罰が下る可能性もあるのだ。

今のキラは地球軍の人間、Gのパイロットなのだから。

だが、いまさら言い訳もできないだろう。

ウジウジと悩んでいてもしかたがない。

今はキラの方が先決だ。

「キラ・・・、キラ?ねぇ、何があったのか、話してくれない?ね、キラ?」

アスランが尋ねても、キラはただ首を振ってギュっと抱きついてくるだけ。

こうなったキラは、落ち着くまで何も話さないということは、アスランがよく知っている。

ただ側にいて、落ち着くのを待ってやらなければならないのだ。

「ごめんね・・・・、アスラン」

「何を謝っているの?」

「いろいろ・・・かな」

「どんな?」

「・・・・アスランに銃を向けたこと。アスランの手を振り払ったこと・・・」

「ああ、そのこと」

「うん・・・・、ごめんね」

「気にしていないよ。しょうがなかったんだ。それに、今はキラが俺の元にいてくれるだけで十分なんだから」

「ん・・・・」

だいぶ落ち着いたのか、抱きついてきていた力がほんの少しだけ弱まった。

それでも離れようとしないのは、今まで離れ離れになっていた時間が長かったからだろうか。

本の少しでも体を離そうとすると、また力を込めて抱きついてくる。

「キラ、少し離れて」

「・・・・・アスラン」

何か勘違いをしているのか、キラの目にはまた涙が溜まってくる。

「少し離れないと、顔が見えない」

そういってキラの顔を上げさせると目尻に溜まっている涙を唇を近づけてぬぐう。

そのまま顔中あちこちに順番にキスを落としていく。

最後に唇に触れて、アスランの顔は離れていった。

「アスラン・・・・・」

思いもよらなかったことに、キラの顔は真っ赤だ。

「ん?何、キラ」

一方アスランは、久しぶりにキラに思い切り触れることができて、かなり満足しているようだ。

ニコニコしているアスランを見て、キラも思わず笑みをこぼす。

「・・・・・やっと笑ったね」

「え?」

「キラ、俺がこの間に来てから、一度も笑わなかったんだよ?」

「あ・・・・」

確かにそうだ。

救命ポットで見たときには気を失っているので、心配で笑ってなど要られなかったし、目が覚めてもそこには常に艦長たちや監視官の目があった。

気軽に話しかけることなど、できはしない状況だったのだ。

「心配、かけたみたいだね。ごめんね、キラ」

フルフルと首を振ると、そのままじっとアスランの顔を見た。

 

 


「どうして、救命ポットに?」

「ん〜、今はちょっと説明できないな。ザフトの任務なんだ。それより、大丈夫なの?監視カメラがあるからこの状況はかなりやばくない?」

ベッドに腰掛けるアスランの膝の上にキラが横抱きにされている。

誰が見たところで、捕虜と監視員の関係に見ることはできない。これは明らかに恋人同士の逢瀬。

「ん、大丈夫。監視カメラには別の映像が流れるように設定しておいたから」

この部屋に来る前に急遽完成させたプログラム。

監視室から見られるこの部屋は、アスランがただ部屋で寝ている映像がずっと流れているはずだ。

よほどのものが見ない限り、それがプログラムによって組まれた映像には見えないだろう。

「一緒にいるだけで、いるだけで、嫌なんだって」

「え?」

「コーディネータは利用できるだけ利用するんだって」

「キラ?」

いきなりわけの分からないことをつぶやき始めたキラに、アスランは眉を寄せた。

そんなアスランに抱きしめられながら、目を閉じてぽつぽつと話した。

「フレイがね、言ってたんだ。コーディネータは気持ち悪いって。一緒にいるだけでも嫌なんだって。利用できるだけ利用する・・・・。僕は、利用されているだけなのかもしれない」

あの時、フレイはアスランのことを言っていただけかもしれない。

でも、結局は自分に対しても同じことを思っているはずなのだ。

だって、自分も同じコーディネータなのだから。

「キラ・・・」

明らかに傷ついていることが分かるキラを、アスランはそっと、だが力強く抱きしめた。

「アスラン、僕・・・」

「キラ、ザフトにおいで」

「それは・・・・」

これ以上、こんな地球軍の艦などにキラを置いておくことなんてできるわけがない。

これ以上、ナチュラルたちなどにキラを傷つけさせたりしない。

「無理だよ、アスラン」

「なぜ?」

「だって、僕は裏切り者のコーディネータだから。いまさら、僕を受け入れてくれるところなんて、ありはしないんだ」

「大丈夫だよ。キラはナチュラルたちに利用されていただけなんだから。キラはこのままこんなところにいちゃいけないんだよ」

「でも、」

「大丈夫、すべて僕に任せてくれればいいんんだから。ね、キラ」

「アスラン・・・」

少しずつまどろみ始めたキラを、アスランは自分が腰掛けていたベッドに静かに横たわらせた。

「キラ、今はおやすみ。今すぐ決断する必要なんて、ないんだから・・・」

「ん・・・、アスラン、どこにも、行かないよね?」

「・・・・・ああ。ここにいるよ、ずっと、キラの側に」

「・・・・・・ん・・・・」

しばらくすると静かな寝息がキラから聞こえてきた。

「必ず、助け出して見せるから・・・・」

そうつぶやくと、眠っているキラの額に、そっと口付けた。

 


コンコンコン

控えめなノックが聞こえていた。

それでも、アスランは今度は身構えたりなどはしなかった。

入ってきた人物を見ると、アスランは腰掛けていたベッドから立ち上がり、姿勢を正してザフトの敬礼をした。

相手の人物も敬礼を返すと、ベッドの中でぐっすりと眠っているキラを見た。

「眠っているのか?」

「はい。先ほど」

「最近、よく眠れていないようだったからな。さすがに想い人だったというわけだな、お前は」

「キラをここまで苦しめているナチュラルを、やはり許すわけにはいきません」

「心配するな、俺たちだってそれは同じだ。クルーゼには連絡がついた。明日の00:00、作戦開始だ」

「は!・・・・ですが、その間、キラは?」

「キラは・・・・、そうだな、作戦中はお前の側に。作戦内容を話すか話さないかは、お前に任せる」

「了解しました!」

アスランの敬礼に敬礼で返すと、その人物はそのまま部屋を出て行った。