アスランは気を失ってしまったイザークをその場にあったソファに寝かせた。

先ほどのイザークの反応。

あれは、一体どうなっているんだ?

誰だ、だって?

まさか、覚えていないんだ・・・?

さら、と頬にかかっていた銀糸の髪を優しく書き上げる。

その感触は、確かに以前から知っているイザークの髪。

ほのかに香る石鹸の匂いは、まったく変わっていないのに・・・。

 

 

 

 

 

 

シュンッ

「あ、アスラン!イザークは見つかりましたか?」

敵艦の船員の見張りをしていたニコルとディアッカがアスランの姿を確認して近づいてくる。

だが、アスランはそんなことはお構いなしに拘束されている人々に近づいた。

「アスラン?」

「おい、この中にクロト・シャニ・オルガっていう奴、いるか?」

あたりを見回しながら、凛とした、それでいてすごく不機嫌な声で言い放つ。

全員の視線が、奥のほうに拘束されていた3人に集中。

3人はめんどくさそうにアスランの方を見て、立ち上がった。

「何のよう?」

「まったく。めんどくさいんだよ、ば〜か」

「うざ〜い・・・・」

「聞きたいことがある、ついて来い。ディアッカ、ニコルもだ」

そういうと、アスランはすぐに身を翻した。

わけがわからないニコルとディアッカも、とりあえずアスランに続く。

オルガ・シャニ・クロトはそれぞれ見張りの兵士に引き連れられて移動した。

 

 

 

部屋に連れてこられたオルガたちは、そのまま壁に背を向けて座らされる。

もちろん、捕虜であるために両手は拘束されたままだ。

「で、何のよう?」

「率直に聞こう。イザークになにをした?」

そういうと、持っていた銃をゆっくり中心に座っているオルガに向けた。

どうやらこの3人の中で一番話しが通じるのがオルガだと判断したらしい。

だが、銃を向けられたことになんとも思っていないかのようにオルガはアスランを見返した。

「お前に話す義理なんかね〜よ」

「何?おまえイザークの知り合いなわけ?」

「うざ〜い」

 

     バ--ン!

 

と、アスランが急に銃をオルガに向けて放つ。

それは、顔のぎりぎり横を掠めて壁へとつき刺さる。

「ちょ・・・っ、アスラン、何やってんだよ!」

「そうですよ、捕虜に対する暴行は禁止されています」

「うるさい!」

そういうと、もう一度オルガに銃を向ける。

「答えろ、あいつに・・・・、イザになにをした!?」

「・・・・・・・・・」

しばし、二人の睨み合いが続く。

アスランが怒りを露わにした瞳で、オルガたちを睨みつける。

対するオルガは、何かを探るような瞳でアスランを見返した。

「ちょっと、アスラン。ちゃんと説明してください。イザークがどうしたっていうんですか?みつかったんですか?」

「そうだぜ、俺たちにはちっともわからねぇじゃんかよ。」

そんな二人に、アスランはポツリとつぶやいた。

「・・・・・覚えて、いなかった」

「「え?」」

「覚えていなかったんだ!俺のことも、ザフトのことも、何一つ!」

そう叫ぶと、アスランは悔しそうにこぶしを握り締めた。

「な・・・・っ」

「どういうことです、アスラン!」

「分からないから、こいつらに聞くんだ!それに、イザーク胸を押さえて倒れた。こいつらがきっと何かしたに決まっている!」

それを聞いたディアッカとニコルの顔色が変わる。

が、変わったのは二人の顔色だけではなかった。

「倒れただって!?」

「おい、それいつごろのことだよ!」

「・・・・・・イザーク、薬飲まなかった・・・?」

と、今まで大人しかった3人の目の色が急に変わった。

それに驚いたのは当然アスラン達。

明らかに慌てた様子の3人だ。

これからみて、何か知っていることは間違いない。

「・・・・・・なぜ、イザークは倒れた?」

「んなもん、薬が切れたからに決まってんだろうが!いいからさっさとイザークに会わせろよ!」

「会わせるわけには、いかない」

そういうと、明らかにオルガたちの目つきが変わった。

先ほどの飄々とした表情ではなく、だんだん険しくなってきている。

こいつらが、なぜイザのことでこんなにもムキになる?

一体、こいつらとイザークはどういう関係なんだ?

「答えろ、イザークになにをした?」

「・・・・・・・・俺たちがしたわけじゃねぇ」

「だが、連合の誰かがしたんだろう?それを答えろ」

「・・・・・薬、イザークに飲ませたんだよ」

オルガが言うには、イザークが飲まされた薬は意図的に過去の記憶を封じこめる薬らしい。

連合が独自に開発したもので、コーディネーターにも以前から試して見たかったんだという。

ニコルはショックと驚きで声もでなかった。

ディアッカは悔しそうに顔をゆがめると壁を思い切り殴った。

ただ一人、アスランだけはなぜか冷静だった。

冷静に、オルガが話す一つ一つの情報を分析するように聞き取る。

理由はただ一つ。

一刻も早く、イザークを元に戻すため。

イザークを取り戻すために。

 

 

 

 

「なるほど、大体わかった。で、解毒剤はあるのか?」

「「ない」」

オルガとクロトが口をそろえて言う。

解毒剤などがあれば、とっくに自分達が使っている。

なぜなら、自分達もイザークに使われた薬を使われているのだから。

一度摂取したら、もう二度と抜け出せない。

それは、何より自分達が一番よく知っている。

「・・・・だったら、お前達はどうするんだ?この船が、そしてお前達が捕獲された以上薬は与えられないぞ」

「しかたないんじゃねぇの?ま、もがき苦しんで死ぬだけでしょ。今は戦闘前に投与された薬で平気だけど、あと2時間もすれば薬も切れる」

「そうそう。あとは死ぬのを待つだけ。ただそれだけなのに、なにを考えることがあるのさ」

自分のことなのに、まるでなんでもないことのようにいう、二人。

まるで自分の生への関心がまったくないというかのように。

戦場に出ている限り、自分達だって死はいつも覚悟している。

だが、こんな風に自分が死ぬということをなんともなく思うことなんかできない。

「それじゃ、イザークを元に戻すことは、できないということですか?」

「そんなのまだ分からない。本国に戻って、医療機関に連れて行けば・・・・」

「んなの、無理に決まってんじゃん」

ニコルとディアッカの、必死で冷静になろうとしている会話でさえ、クロトによって否定されてしまう。

「俺たちに投与されている薬はめっちゃくちゃ特殊らしくてね。いくらコーディネーターのお偉いさんたちが知恵絞っても、薬の開発チームじゃなきゃ分析できないって言ってたし」

それじゃ、ずっとイザークはこのままなのか?

ずっと、自分達のことを思い出すことがないまま、苦しみ続けると言うことなのか?

アスランは、目の前が真っ暗になる思いだった。

思い出さなくても、別にいい。

また、積み重ねていけばいいのだから。

だが、薬を与えないことでずっと苦しみ続けている姿など、見たいとは思わない。

「・・・・・・あるよ、方法」

「え?」

ポツリ、と今まで黙っていたシャニがつぶやいた。

もしかしたら、聞き逃していたかもしれないくらい、小さな声だったが。

「イザークを元に戻す方法、ある」

「どんな方法だ!?」

シャニに向き直るアスランに向かって、シャニは拘束されている腕を突き出した。

「これ、外して」

「・・・・・それはできない」

「外して」

「できない。規則だし、お前達は今捕虜なんだぞ?」

「だったら、イザークあのままだよ」

イザークがあのまま、という言葉に、アスランは戸惑う。

本当に、このシャニは方法を知っているのだろうか。

知っていなかったら、どうする?抵抗されて、逃がしたりしたら・・・。

でも・・・・、それでもイザークを元に戻せる方法が・・・・、昔のイザークを取り戻せる方法があるのなら・・・。

それは、ディアッカとニコルも同じ気持ちで、アスランに向かってうなづく。

それを確認して、アスランは拘束されているシャニの腕を解いた。

何か抵抗を見せるかもしれないので注意深くシャニを見ていたが、別段そんな様子もなく着ていた上着を脱ぎ始めた。

「お、おい。なにを・・・・・」

「これ」

「え?」

シャニは服の隠されたポケットから一つの小さな筒を取り出した。

それをアスランに渡してまた上着を着る。

「これは?」

「解毒剤」

「「「は?」」」