「クルーゼ隊長」
「キラ」 キラが入ったブリッチ内にはピリピリと緊張した空気が張り詰めていた。 「ここは危険だよ」 「艦のどこにいても同じでしょう?」 無重力状態のブリッチで、クルーゼが浮いているキラを引き寄せてくれる。 目の前にはこの艦を中心とした展開図が映し出されており、先程の兵士達が話していたとおり、この艦は囲まれていた。 一番の大型艦は目の前に、そのほかの艦は見るからに戦闘用と分かる戦艦である一定の距離をおいて周りをぐるっと囲っている。 あまりにも深刻な事態に、キラも息を呑む。 「相手からの、要求はなんですか?」 本当は、それぐらい聞かなくてもわかる。 だか、できればこの予想は外れてほしかった。できることならば・・・・。 「まだ、何も。第一撃以来攻撃してくる様子はないのですが、こう囲まれてしまっては容易に動きようもありません。恐らくは、これから何らかのコンタクトがあるかと」 「そう・・・ですか」 ぎゅっと胸を掴む。 心臓が・・・・心が・・・痛い。 いつかはこうなると分かっていたのに。自分をおいかけて、地球軍の兵士が来ることなど、分かっていたはずなのに。 それで、犠牲になる人がでるかもしれないって分かっていたのに。 「な〜に考え込んでんだよ」 うつむいていたキラの頭をこつっと叩いて、フラガがキラの隣にたった。 「ムウさん、なぜ・・・」 「状況がまだ定かじゃないからな、出るに出れないって。俺のことまだばれてないようならゼロで出るわけにもいかないしな」 確かに言われてみればそのとおりだ。 キラがザフトに救出されているという話はもうすでに伝わっているのかもしれないが、フラガの行方はまだつかめていないはずだ。 伝わっているとしても捕虜のになっている、程度のはず。 「確認してきたぜ、あれはサザーランド大佐の艦隊だ。しかも大佐直属の軍隊までつれてきてやがる」 「なるほど、あちらもそれなりの部隊をそろえてくれたというわけか」 敵に囲まれているというのに、何気に楽しげなクルーゼに対し、キラはますます不安に顔を曇らせる。 キラがとらわれていたのは常にサザーランド大佐の権力下であったために、彼が納めてきた戦歴などは嫌というほど聞かされている。 それに加え、キラにはなんどか顔をあわせただけだというのに、あの人が恐ろしくてしょうがなかった。 キラをまるで人ではないというような目で見る、冷たい氷のような目線。 思い出しただけで、キラは自分の体が震えてくるのが分かる。 「で、どうなんだ?あっちから何かコンタクトはあったのか?」 そんなキラの様子を分かっているかのように、フラガはキラの背中をぽんぽんと叩きながらクルーゼに尋ねる。 「相変わらずだ。だが、そろそろだろうな」 「クルーゼ隊長、敵艦から交信が入りました」 「まわせ」 クルーゼの隣に居たキラの腕をフラガが引っ張る。 そこからならディスプレイに映った相手の姿は見えるが、キラの姿は向こうには映らない。 「ザフト軍所属、クルーゼ隊隊長ラウ・ル・クルーゼだ。貴艦は何ゆえ我が隊の進行を妨げる。返答しだいではこちらも容赦はしない」 『地球軍のサザーランド大佐だ。容赦しないとはまた物騒だな。我々はただ取引をしようというだけだが?』 「取引?」 『そう。我々の要求を呑めば我々は何もしない。ここも素直に通そう』 「要求を呑まなければ?」 『ふ・・、そんなこと言わなくても分かると想うが?何しろ、君たちは優秀なコーディネーターなのだからな」 嫌味を多大に含んだ言い分にブリッジにいたほとんどの兵士が殺気立つ。 だが当のクルーゼは冷静なまま相手を見ている。 相手の真意を探るかのように。 「・・・・・要求を聞こう。まずはそれからだ」 『素直なことだ。我らの要求は唯一つ。そちらに捕虜になっている我が隊の人間を返していただきたい」 「そちらの捕虜?なんのことだろうか。この艦にはコーディネーター以外の人間は乗っていない」 二人の会話を聞きながら、キラは自分の体が震えるのが分かった。 やはり。 彼らの目的は、自分なのだ。 『こちらが要求しているのは、ナチュラルではない、コーディネーターだよ』 平然として言われるその言葉に、ブリッチ内にざわめきが走る。 「・・・・・」 『貴殿にはもう分かっているのではないか?我らが言う人物を、裏切り者のコーディネーターを』
裏切り者の・・・コーディネーター・・・・
キラの心に深く刻まれた、その言葉。 地球軍につかまっていたとき、まだ母と父が生きていた頃毎日のように聞かされていた言葉だった。
お前は裏切り者だ、と
プラントのどこにも、もはやお前の居る場所はない、と。
まるで、暗示を掛けられるかのように聞かされた言葉。 キラが逃げないように、逃げてもキラには居場所などありはしないと信じさせるように。
『さぁ、渡していただこうか、裏切り者のコーディネーターを。・・・キラ・ヤマトをな』
「!!??」
サザーランドが口にした言葉は、まるで風が掛けるかのように早くヴェサリウス内に浸透していった。
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