その後、キラがようやく泣き止んだとき。

フラガはクルーゼの手によって医務室へとひっぱられるように格納庫を後にした。

一見外傷が少ないとは言っても、戦闘が終わってから数時間に渡り宇宙空間をさまよっていたのだから、何かしら今後後遺症が出ないとも限らない。

本人はそれを気にしていないようだが、検査を受けるようにクルーゼが言い渡しキラもそれに賛同したことからフラガに拒否権はまったくといっていいほど存在しなかった。

フラガとクルーゼが格納庫を出たことから、周りも一気に騒がしくなる。

次々と戻ってくる機体の収納や、この艦内での修理が可能な機体のチェックなど、整備員達の忙しさは増す一方だ。

「キラ、ここに居てもなんだから、部屋に戻るぞ」

「え、でも僕、みんなを手伝わなきゃ」

イザークが手渡してくれたハンカチで目元を拭いつつ、キラは周りをさしていった。

「大丈夫だ。すでにプラントは目前にまで近づいている。それに、何か問題が起きればこちらに手配が来るようにさせておく」

そういうと、イザークはキラの肩を抱き寄せた。

「だから、お前は少し休め。今日はいろいろなことがありすぎた、疲れただろう?」

「ううん、僕は大丈夫だよ」

そういいながらも、キラは抱き寄せてくれたイザークのぬくもりが心地よく、引き寄せられるままにイザークの胸に顔をうずめた。







「イザーク!!!」






そんなキラをほほえましく見つめながら部屋に戻ろうとしたイザークとキラの元に、いきなり大声が降りかかってきた。

一体何事だとそちらを見れば、そこには今MSから降り立ったばかりのアスランとニコル、そしてディアッカが近づいて来るところだった。

恐らく、今イザークの名を呼んだのはアスランなのだろう。

すごい勢いで近づいてきたかと思うと、そのままキラとイザークを引き離し、イザークの襟元を締め上げる。

「イザーク!きさま〜!」

「ちょ、アスラン、どうしたの?落ち着いてよ」

キラの静止の声がまるで届いていないかのようにアスランはイザークをにらみつける。

対するイザークは、別になんとも思っていないかのように平然とした表情でアスランを見ていた。

「あ〜あ、これじゃいつもと逆じゃないか」

「ホントですね。まぁ原因が原因だから、わからないことはないですけど」

「ディアッカ、ニコル」

いつもと逆。

確かにそうだ。いつも何かにつけてアスランに突っかかるイザークと、それを興味なさそうに構わないアスラン。

それなのに、今はそれが逆になっている。

「ねぇ、アスランどうしてあんなに怒ってるの?」

「あ?そりゃ・・・なぁ?」

「ええ」

ニコルとディアッカは互いに目配りをしながらうなづきあっているのだが、いかんせんキラには検討もつかない。

理由を教えてもらおうと思ってる矢先、その理由はほかならぬアスランの言葉で判明した。





「キラと婚約したとはどういう意味だ!?お前、まさかキラに何かしたんじゃないだろうな!?」

「うるさい」





耳元で怒鳴りつけるアスランに心底嫌気がさしているのか、だんだんイザークの目つきが鋭くなってくる。

が、アスランの言葉を聴いたキラはというと、一体どうしてアスランが怒っているのかさっぱり分からなかった。

キラとイザークが婚約したら、アスランが怒る。

やっぱりアスランの怒る理由が分からないキラは、そのまま視線をディアッカの方へと向ける。

「あ〜、つまり、アスランはイザークとキラが婚約していることに対して怒ってるんだよ」

「・・・・・・・なんで怒るの?」

「急な話だったので、アスランも気が動転しているだけですから。キラさんは気にしなくてもいいですよ」

まさか、アスランがキラのことが好きだから婚約を反対している、などとは絶対にいえない。

「そう・・・・」

なんとなく悲しげな表情をして、キラはアスランとイザークの元へと近づいた。

いまだにイザークの襟元を掴んでいるアスランの腕に手をかけた。

「アスラン。アスランは、僕とイザークの婚約、反対?」

「え?」

そう問いかけたキラの声が今にも泣きそうなくらい震えていたので、アスランとイザークはにらみ合いをやめて思わずキラを振り返る。

言葉どおり、というか、キラは今にも泣き出しそうなくらい切ない表情をしていた。

あまりに予想外のキラの表情に、アスランは慌てる。

「え、キラどうしたの?」

慌てるアスランを横目に、イザークはアスランの手を振り払うと、ぎゅっと握り締めているキラの手にそっと自分のそれを重ねた。

手に触れたぬくもりに、キラもイザークの顔を見上げるとぎゅっとその手を握り締めた。

「アスランは、僕とイザークの婚約、反対?」

「あたりまえじゃないか、そんなこと」

もう一度繰り返したキラの言葉に、アスランは当然といわんばかりにうなづいた。

何の迷いもないその言葉に、キラは大きく目を見開いたまま大粒の涙をぽたぽたと頬に伝わせる。

「え、え?キラ、どうしたの?なんで泣くの?」

理由が分からずとも、泣いているキラをそのままにはしておけず伸ばしたアスランの手を、キラの隣に居たイザークが当然といわんばかりに振り払った。

同時にキラの体を引き寄せ、胸に抱きしめる。

「う・・・っ、ひ・・・・ぅ・・・・・ぅえ・・・・・・・・」

抱きしめてくれるイザークの腕にすがるようにキラもまたイザークの背に腕を回して胸に顔をうずめた。

おかげでアスランたちからはキラの表情が見えなくなってしまったが、細かく震える肩と抑えようにも抑えられない泣き声だけがあたりに響く。

今まで整備の手を進めていた回りの兵士達にもアスランたちの異変が伝わったらしく、じっとこちらを見る視線が多くなる。

中にはキラを泣かせている原因がアスランにあると分かった者もおり、じっとアスランを睨む者までいる。

だが、そんな中でも一番慌てたのは誰だろう、アスランだ。

普段あれほど冷静沈着な態度を保っているアスランだが、今はその影がないほどおろおろとうろたえてしまっている。

自分の言葉が原因でキラが泣き出したということはなんとなく理解できるのだが、それがなぜかということがまったく分からない。

それを尋ねようとしても、キラを抱きしめているイザークによってアスランの手は振り払われる。

「キラ、部屋に戻ろう。ここじゃ落ち着かない」

「・・・・・・・・・・」

黙って泣き続けながら、それでもキラはうなづくことでイザークに答えた。

イザークは軽々とキラの体を横抱きにすると、格納庫を後にした。

残されたアスランは、そんな二人が出て行った入り口をただ呆然と見つめるしかできなかった。




「一体、何が悪かったんだ????」




そう頭をめぐらすアスランを後ろから眺めながら、今まで疎外されていたニコルとディアッカは同時に重いため息を零した。

「キラも結構鈍いやつだとは思うんだけどなぁ」

「アスランも十分鈍いですよね」

キラが泣いた原因を分かっている二人はまたひと悶着ありそうだと深いため息をついた。







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