「お帰りなさい、大尉」

「おう、ただいま」

疲れた様子で部屋に入ってきたフラガは、まだそこにいるキラの姿に笑うと上着を預ける。

キラも当然のようにそれを受け取り、ハンガーにかけた。

「悪かったな、今日は変なこと頼んじまって」

「いいえ。そのおかげで、僕もいろいろと考えることができましたから」

「そうか?」

にっこりと微笑むキラの目元が少し赤く腫れていることに気付いたフラガは、キラの頬にそっと手を触れた。

「泣いたのか?」

「ちょっとだけ、ですよ」

ごまかすかのように目元をこするキラに、フラガは訪ねた。

「・・・・選べたのか?」

その問いにキラはふんわりと微笑む。

「コーヒー入れましょうか、大尉」

「ああ、もらうわ」

「砂糖抜きのミルク少々、ですね」

そう言って、キラはフラガの目の前を離れた。

簡易キッチンへと向かうキラの背中を見送りながら、フラガは軽くため息をついた。

フラガとて、キラに対して酷なことを言っていることはわかっている。だが、これは周りが何かを言うべきことではない。

すべてを決めるのは、キラなのだ。

「おまたせしました」

「おう、ありがとう」

コーヒーを受け取ってから、なんともいえない沈黙が二人の間をさまよう。

何かを言わなければならないのかもしれない。

でも、何を話していいのかすら、フラガにはわからなかった。



「お願いがあります。フラガ大尉」




最初にと沈黙を破ったのは、キラだった。

「なんだ?」

「あなたは僕に『選べ』と言ってくれた」

「ああ」

「僕は選んだつもりです。あなたが言った選ぶという言葉の意味を一生懸命考えて、答えを出した」

「ああ」

ためらうかのように瞳を閉じたキラは、決意したかのようにゆっくりと目を開いた。

「だから・・・、だから大尉にお願いがあるんです」

「俺にできることなら」

そう言ってくれたフラガにキラは安心したように微笑むと、その願いを紡いだ。



「僕を、殺してほしいんです」



フラガはキラを見つめたまま大きく目を見開き、がたんっと音を立てて立ち上がった。

反動で持っていたコップが床に落ちて砕ける。

だが、それを気にした様子もなく、キラはじっとフラガを見つめた。

「本気か?」

「ええ」

「・・・・確かに、俺は選べと言った。だが、俺はお前に死を選んでほしいわけじゃない!」

「わかっています。僕だって、死にたいわけじゃありません」

そういってキラはただ、微笑む。

フラガはキラの真意を読み取ろうと、じっとキラの目を見つめた。

「あのあと、いろいろ考えたんです。でも、答えに近づくにつれて怖くなった」

「怖い?」

「はい」

キラは悲しそうな笑みを浮かべてこういった。

「・・・・あなたに嫌われることが、とても怖かった」

「どうして、俺がお前を嫌うんだ?」

「もし、僕が選んだ答えが大尉が望んだものと違えば、僕たちは違う道を進まざるを得なくなる。そうなれば、もう大尉と一緒に居ることは適わない。僕にとって、それはあなたに嫌われることと同等、いえ、それ以上のことなんです」

「だから、思ったんです。あなたに嫌われるぐらいなら、ほかならぬあなたの手で殺してほしいと」

「・・・・・・」

「約束、、していただけますか?」

じっとキラを見つめていたフラガは、ふとキラの握り締めている手に気がついた。

かすかに震えている。

このことをフラガに話すことは、どれだけの勇気がいたのだろうか。

未来を自分で選ぶ。それですらすごく大変なことだというのに、それに加えて、キラはもっとも苦しい決断を強いられているのかもしれない。

「わかった」

はっとしたようにキラが顔を上げる。

「俺の思いとお前の思い。違うようなら、俺がお前を殺してやる」

殺してやる、といった瞬間、フラガの目が怪しく光る。

いつもの飄々としたフラガではない。それはまさしく地球軍大尉の名を持つ男の瞳だった。

「お前の願いはすべてかなえてやる。だから、安心して言ってみろ。お前の選んだ道を・・・、お前の言葉で」

「ぼくは・・・、僕の、選んだ道は・・・」

キラの言葉を、フラガはじっと待った。