「はぁ・・・」
キラは知らず知らずのうちに重いため息をもらす。 プラントの評議会議員たちと会ってからすでに3日がたとうとしていた。 あれから、キラは意図的にフラガの部屋には近づかないようにしている。もし、フラガが一緒のときにまた通信が繋がってしまったらと懸念してのことだ。 だが、本当はあの人たちにまた会うことをキラ自身が恐れているからかもしれない。 また会えば、今自分の中にある何かが音を立てて壊れてしまいそうな気がするから・・・。 「キラ」 ふと、声がかかり読んでいた本から顔を上げると、いつのまにかフラガがキラの部屋の中へと入ってきていた。 先程上官に呼ばれて出て行ったのだが、もう用は済んだのだろうか。 「おかえりなさい。・・・・・どうかしたんですか?」 厳しい表情のフラガに、不安がよぎる。 「キラ、・・・お前の身柄の移動が決まった」
身柄の移動が決まった。
その言葉に、キラは持っていた本を取り落とした。 「どこに・・・ですか?」 「ヘリオポリス。ここから遠く離れた、オーブのコロニーだ」 「オーブ?それじゃ、僕は解放してもらえるんですか?」 かすかな希望の光が見えた気がした。 が、それはフラガが首を横に降ることで否定される。 「いや、解放は・・・されない」 「どうして・・。だって、ヘリオポリスはオーブなんでしょう?オーブという国は他国に干渉しない、干渉されることを許さない、そんなくにじゃないですか。地球軍にだって、ザフトにだって協力なんてしないはずでしょ?」 「俺も、詳しくは知らない。だが、ヘリオポリスに地球軍の軍基地があることは、確かだ」 その言葉に、息を呑む。 ということは、キラは今度はその場所に監禁されるということなのだろうか。 「ただ、今回の移動理由についての情報は確認した」 「どうして、なんです?」 「キラが、以前かかわった機体なんだが・・・」 以前かかわった機体。地球軍の新型モビルスーツ。 監禁されてすぐに開発を要求されたそれは、今はもうキラの手を離れている。 正確には、プログラムを組みたてたところで、キラの手から無理やり奪われたのだ。 「それが、ザフトに奪取された」 「な・・・・っ」 驚きのあまり、声がでない。 自分が知らない間に、一体何が起こったというのだろうか。 「モビルスーツは、オーブのどこかのコロニーで極秘開発されていた。キラがプログラムを組んだとはいえ、機体だけでも地球軍だけの知識では完成し得なかった。だから、なぜかはわからないが、オーブのモルゲンレーテによる助力で完成した」 だが、その情報がどこからか漏れて、ザフトへと伝わっていたらしいのだ。 機体が完成し、あとはパイロットの到着を待つだけという状態の中で、その基地はザフトの攻撃を受け、全5機の機体はすべて奪われてしまったのだという。 「機体を奪取された以上、キラがこの地球軍に監禁されている情報も流れている可能性がある。だから、上層部はキラの身柄を移動されることにしたらしい。キラを失うのは、どうしても避けたいらしいな」 苦々しく口にするフラガ。 だが、キラとしてはもうそんなことはどうでもよかった。 自分がどこに居ようが、地球軍の中からは逃げ出すことはできない。 ただ、場所が変わるだけだ。そのほかに、何が変わることもない。 「キラ、選べよ」 「え?」 何を言われたのか、キラはわからなかった。 だが、フラガはじっとキラを見つめて、再度こういった。 「選べ、キラ」 「なにを・・ですか?」 自分に何を選べというのか。何一つ選択することができない、囚われの身でありながら。 「何かを変えたいと願うなら、何かを捨てなければならないときもある。だから、失うものを恐れずに、お前が思うままに、選べ」 フラガが一体何を言っているのか、キラには分からなかった。 だが、彼はまだ何かを知っているのだ。キラが知らない何かを・・・・。 「フラガ大尉・・・」 一体何を、と口にしようとした、そのとき・・・。 『フラガ大尉、至急司令室に出頭してください。繰り返します、フラガ大尉、至急司令室に出頭してください」 二人の間を引き裂くように、外部通信が回線を開いた。 「こちらフラガ。了解した」 そういうと、フラガは部屋を出て行った。
「キラ、自分が何を望んでいるのか。よく考えろ。そして・・・・選べよ」
ただその一言だけを残して。
期日は一週間後。 それまでに身の回りを整えろといわれたが、キラにはこれといってまとめなければならない荷物など無かった。 ただ少量の本と、亡くなった両親の数少ない形見の品だけ。 急なことに何もする気にならなかったキラに、ある日フラガが突然言い出した。 「キラ、今日俺の部屋にいてくれないか?」 「・・・どうしたんですか?」 キラから言い出すことはあっても、フラガから部屋に居てくれといわれたことはない。 それに、極力フラガの部屋には近づきたくは無いのに。 「理由はちょっとな・・。でも、頼むわ」 「・・・?わかりました」 別段断る理由もないし、フラガの部屋に行ったからといってまた彼らに会うということはないだろう。 だって、ここは地球軍だ。早々、起こってくれるようなことでもない。
その後、フラガに言われるままにすぐに彼の部屋へと移動した。 そこは、つい先日片付けたばかりだというのに、もう物が散乱している状態・・・。 「フラガ大尉、これを片付けてほしくて呼んだのかなぁ」 そうつぶやきながら、キラは部屋のあちこちに無造作に置かれている衣類やボトルケースなどを片端から片付けて回った。 そんな時、ふとフラガのデスクの上に備え付けられているパソコンに目をやった。 普段使われた様子のないそれは、今も電源がつけられておらずキーボードにも埃避けの布がかぶせてある。 そういえば、なぜあの時パソコンの電源が着いていたのだろうか。 フラガに後に聞いてみれば、最近はずっと使っていなかったというし。 外部から操作したにしても、まるで自分が来るのを分かっているかのようにあの時操作するなど、不可能だろう。 ふと気になってキラはそのパソコンの電源スイッチを入れてみた。 すると、それは何も問題なく立ち上がり始め、キラはそのわずかな時間を利用してフラガの脱ぎ捨てていた服をランドリーボックスの中へと運んでいった。 ついでにフラガの予備の軍服のチェックもしようと衣類ボックスを開いた、そのとき・・・。
『キラ』
いきなり聞こえてきた自分の名前に、キラは急いで振り返った。 そこには、パソコンの少し暗めのディスプレイに浮かぶ人物。 あの時会った4人のうちの一人、エザリア・ジュールの姿がそこにあったのだ。 「な・・んで・・・」 『嬉しいわ、あなたから連絡をくれるなんて』 こちらを見ながら嬉しそうに微笑む彼女だったが、キラはその姿に狼狽するしかなかった。 「まさか、ずっと通信を開いていたんですか?」 『そうよ。いけない?』 「みつかったらどうするんですか!?このパソコンを使用しているのは地球軍の大尉なんですよ?」 『十分承知しているわ。でも、大丈夫なのよ』 そう言い放つ彼女の自信は一体どこから出てくるのだろうか。 『部屋にかぎはかかっているのでしょう?』 「え、ええまぁ・・。僕は捕虜ですし」 『ならまったく問題はないわ。ね、教えて、あなたのこと。私、あなたのこと何もしらないの。時間はあるのだし、お話しましょ?』 まるで可憐な少女のように話かけてくる彼女。 そんなエザリアの様子に、しだいとキラの心も軽く、明るくなってくるのが分かった。 通信が繋がっている状態で悩んでも仕方ないし、この部屋にはキラの部屋と違って監視カメラがしかけてあるわけでもない。 部屋に鍵もかかっているから、誰かが無断で入ってくることもないし、この部屋の主であるフラガはまだ当分帰ってくる様子もない。 ならば、大丈夫だろうとキラは腰を落ち着かせてエザリアに向き直った。 話をしてみれば、元々気があう二人だったのか、2時間も向き合って話していればしだいと打ち解けることができた。 同じ女ということもあると思うが、何よりもエザリアがキラと対等に接してくれる。それが、今のキラにはとても嬉しかった。 それに、思えばキラは、こうして面と向かってコーディネーターと話すことは初めてだったということに、いまさらながら気付いたのだった。 「それじゃ、エザリアは第一世代のコーディネーターなんだ?」 『そうよ。キラもそうでしょう?確か、ご両親はナチュラルなのでしょう?』 「うん。・・・だから、殺されちゃったのかもしれないけどね・・・」 両親のの話が出ると、今まで明るかったキラの表情が途端に暗くなってしまう。 だが、エザリアは慌てることなくキラに話しかけた。 『ご両親が死んだ原因はナチュラルに・・・地球軍にあるわ。あなたが気に病む必要はないのよ』 「でも・・・、でもね、エザリア。僕がコーディネーターにさえなっていなければ。・・・ううん、僕という存在が二人の間に生まれてこなければ、お父さんもお母さんも死なずに済んだんだよ?僕さえいなければ・・・・」 ぎゅっと胸元を掴んでうつむいてしまったキラ。 そんな姿をエザリアは悲しそうに見つめた。 『キラ、今のあなたを見たら、きっとご両親は悲しむわよ』 「え?」 『ご両親は、危険だと分かっていたのに、あなたを地球軍から解放しようとした。それは自分の命と引き換えにしてでもあなたを守りたかったからよ。それなのに、当のあなたが自分の存在を否定するような言葉を口にしては、ご両親は何のために地球軍に抵抗したのか、わからないわ』 「それは・・・」 『キラ、子供の無事を・・・自由を望まない親は、この世にいないのよ。私だって、イザークに何かあったら必ず助け出してみせるもの。それがたとえ、評議会議員の名にふさわしくない行動だったとしても、私はイザークを助けるために動くでしょう』 「僕だって、何も考えていないわけじゃない。でも、どうしても思ってしまうんだ。僕が、二人の間にいなければって・・・」 『・・・では、考え方を変えてみてはどう?仮にあなたのせいでご両親が死んでしまったとして、その分まで自分が生きて、生き抜いてやるとそう考えてみて?』 「お父さんとお母さんの分まで?」 『そうよ。自分のせいで死んでしまったと思うのならば、あなたはご両親の分まで精一杯生きなくちゃ。それが、ご両親の願いでもあるはずよ』 両親の、願い・・・。 考えたこともなかった。母や父がどうしてああまでして僕をこの基地から救い出そうとしていたかなんて・・・。 あのときから、ずっと考えていた。 僕が、いたから死んでしまった両親。 自分が居なければ二人は今でも幸せに暮らしていたと、そう自分を責め続けて・・・。 でも、そうまでして自分を守ってくれた二人が願ったことは? こんな、後悔ばかりの毎日を、本当に二人は望んでいたのだろうか。 「違う・・・」 違う。 決して、望んでは居なかったはずだ。 そう考えたら、キラの頬を涙が幾筋にもなって伝った。 『かわいそうに、キラ・・・。この距離がなければ、抱きしめてあげられるのに』 エザリアの細い手が、キラの方に伸ばされる。 それに触れるかのように、キラもその手に自分の手を添えた。 「僕は、どうすれば、いいのかな・・・」 『選びなさい、キラ』 「え?」 『あなたが何をしたいのか。これからどうしたいのか、それを望み、選びなさい』 「選・・・ぶ?」 『そう。・・・大丈夫よ。何も心配せずに、あなたはあなたの望むままに進みなさい』 |