その日、キラは与えられている自分の部屋から程近い、フラガの部屋へと向かう最中だった。

フラガがキラをかばって怪我をしてから2週間がたち、医師たちによればようやく完治するようだと聞かされてキラはほっとしていた。

だが、完治しそうだというだけで完治したわけではない。

それだというのに、フラガは寝てばかりいては退屈だと無理を重ねて動き回っている。

この間はキラが目を離した隙に後輩へと体術指導にまで当たっている始末で・・・。

どうしてたった2週間足らずのことも我慢できないのか不思議でかなわないが、とにかく今のキラは医師からの完治の知らせを聞くまでフラガを大人しくさせることに燃えていた。

 

 

シュンッ

 

 

すでにかって知ったる様子でフラガの部屋に入ると、途端キラは不機嫌な表情になった。

「何やってるんですか?フラガ大尉」

「き、キラ・・・」

まるでいたずらがばれたような表情で固まっているのはこの部屋の主であるムウ・ラ・フラガ。

就寝用のシャツを脱ぎ捨て軍服に袖を通そうとしている彼は、明らかにどこかに向かおうとしている。

その行動もパターン化しているから、おそらくは体を動かしにいくのだろう。

キラは持っていた飲料水や暇つぶしのための本などを近くのローテーブルに置くと、フラガに詰め寄った。

「どうしてあなたはそうやって動こうとするんですか!完治が近いからといって完全に治ったわけではないんですよ!もう少し自分の体のことを考えてください!」

「いや、だからってこう2週間もずっと寝たきりって、俺は病人じゃないんだしよ」

「病人じゃなくても怪我人です!怪我をしたら休むんです、無理するもんじゃないんです!」

「無理はしないって。ちょっとだけ、ちょっとだけだから、な?」

「ダ・メ・で・す!」

本気の怒りモードのキラを前に、フラガはようやくあきらめたようだ。

着かけの軍服を肩にかけたまま、あ〜あとばかりに気落ちしてベッドに座った。

まったく、とキラはため息をつく。

以前、一度だけフラガがいう『体を動かす』ことを許したことは、ある。

だが、それが間違いの元だった。

キラの許可があると、そのときは安心したかのように体を動かし始めた。

体術・ナイフ戦・銃戦

その他ありとあらゆる訓練を数時間のうちにこなしてしまったのだ。

おかげでふさぎかかっていた傷口は開いて大変だったのだ。

「あ〜あ」

みつかってしまったのが残念、とばかりにベッドにごろんと寝転がるフラガを横目で見ながら、キラは自然に笑みを零した。

ここは地球軍、キラたちコーディネーターにとっては敵軍に位置する場所だ。

だのに、今のキラの心は平和だった。

それは彼が・・・、ムウ・ラ・フラガという存在がここに居てくれるからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ある日、習慣となってきたフラガの見張りのために、彼の部屋への道を歩いていた。

最初はフラガが付き添っていない間に軍内部を徘徊するとはどういうことかと、上層部からフラガの元へ怒鳴りつけるように連絡が入っていたものだが、そのキラの行動がフラガの元へ行くためだと肯定されてからは、別段何も言ってくるようことはなくなった。

そもそも、フラガがキラの護衛の任についてからは部屋割りが変更され、二人の部屋はさほどに離れているわけでもないのだ。

「大尉、大人しくしてくれているといいんだけど」

その可能性が低いことは分かっていたが、どうしてもそう願わずにはいられない。

まったく、立派な大人の癖に、どうしてああも子供じみた行動ができるのだろうか。

 

 

『今回の作戦は、フラガ大尉抜きだそうだ』

 

 

どこからか聞こえてきた声に、キラは足を止めた。

今回の作戦・・フラガ大尉・・・・?

気になったキラはその声の主がどこにいるのかを探り、それは近くにあるミーティングルームからの声だと判別することができた。

いつもはきっちりしまっているはずの扉が少し開かれており、それによって声が廊下を歩くキラのところまで聞こえてきたのだろう。

悪いこととは知りながらも、キラはその誘惑に負けて会話を盗み聞きする。

 

『なんでも、あのコーディネーターの子供をかばったときの傷がまだ癒えきっていないらしい。まったく、あんな化け物をかばうなんて、フラガ大尉もどうかしてるぜ』

『まったくだ。まぁでも襲った奴らも命知らずだよな。化け物の子供だろうと、軍上層部が管理しているガキなんだぞ?自分の首が飛ぶなんて、分かりきっていることじゃないか』

 

化け物の子供・・・

この地球軍基地において、キラはこうして呼ばれることの方が多かった。

ナチュラルにとってコーディネーターは未知なる存在。その能力の高さから、化け物、と苛まされることなど日常茶飯事なのだ。

キラを個人として認識してくれるのは、地球軍内でフラガしか居ないのではないだろうか。

他は皆、キラをコーディネーターとしか見てはくれないのだから。

 

『そんなことより、例の作戦だよ。フラガ大尉が先陣で出られないのであれば、誰が先陣指揮を取るんだ?』

『難しい問題だけどな。だが今回はそんな必要は無いらしいぜ』

『どういう意味だ?』

『攻撃先であるザフトの要塞ヤキン・ドゥーエには大量の砲弾を撃ち込むんだ。相手に悟られないことが第一らしいが、いくら要塞といってもいきなりそんな大量の砲弾を受ければ、化け物だろうと何だろうと、沈むさ』

『そりゃそうだ』

 

まるでもう勝利を確信しているかのような、高らかな笑い声がミーティングルームに響く。

だが一人、キラだけはその言葉に体を震わせた。

沈む・・・それは、要塞の一つが崩壊するということを意味する。

崩壊する、たくさんの人が・・・死ぬ。

「・・・・っっ」

『ん?誰かそこにいるのか?』

中の人間がこちらに気付いたのか、外に出てこようとした。

だが、キラの姿はもうそこには存在していなかった。

どこをどう走ったかは、あまり覚えていない。

ただ、混乱する頭を抱えてキラはフラガの部屋へとたどり着いた。

いまだ震える体、おびえる心。

またたくさんの人の命が消えようとしている。どうして種族が違うというだけで同じ人間がこんなにも悲しい殺し合いをしなければいけないのか。

誰かが死ねば、誰かが悲しむ。

その悲しみが新たなる死を招き、深い悲しみが膨らむ。

こんな悲しみの連鎖を、どうして誰もが認めているのだろうか。

「あ・・・」

顔を上げたキラの目に、フラガの部屋に備えつけられているパソコンが眼に入った。

自分の部屋のパソコンは、外との連絡を取れないようにしっかりとチェックがかけられている。

だが、この部屋のパソコンならば?

悪魔の誘惑が、キラの頭の中をよぎる。

リスクとしてはあまりに高すぎる。失敗すれば、それは大尉にも影響するかもしれない。

だけど・・・

「だけどっ」

キラの指は、キーボードへと伸びていた。

目にも留まらない速さで、キーを叩いていく。

後で後悔なんて、絶対にしたくないから。

何もできないでただ後悔するなんて、もう嫌だから。

やはり軍内部のコンピューターだけあって、かなりガードが固い。

だが、コンピューターに関しては、キラに不可能は無かった。

何十にも阻む壁を乗り越え、障害物をすり抜ける。

どこでもいい、このことを誰か・・・誰かに伝えなくてはならない。

「お願い、届いて・・・」

この地球軍基地からザフトの軍基地まではかなり遠いはず。

無理やり回線を開いた今の状態で長時間アクセスするのは危険であり、また困難でもあった。

思ったとおり、激しいノイズと砂嵐がキラの声を阻む。

「やっぱり・・・ダメなの?」

どうしようもなく無力な自分に、涙がでる。

 

『・・・・・・だ・・・・・・・・・、こ・・・・・・・・・・・』

 

電子音に混じる声に、はっとキラは顔を上げた。

 

『こ・・・・・プ・・・ラント・・・・・・・、・・・・』

 

プラント・・・プラント!?

「プラントの方ですか!?」

反射的にそう叫んで、相手の応答を待つ。

 

『プラ・・・・・・・、・・・・ザラ・・・』

ザラ?

確かに今、そう聞こえた。

プラント、コーディネーターの国。

キラはそのとき、ずっと昔に別れた、幼馴染のことを思い出した。

父の待つプラントへと移動して、親友のことを。

「アスラン、アスランなの?」

『・・だが、・・・みは?』

「私、私だよ、キラ・ヤマト!お願いアスラン、聞いて!近いうちにヤキン・ドゥーエっていう要塞に地球軍が攻撃をしかけるっていうの!たくさん砲弾を打ち込むって、だからお願い、だれかザフトの誰でもいい、伝えて!」

『・・れは、本当なのか?』

あちらで何かいじってくれているのかもしれない。

キラがキーボードを動かしているのとあわせて、あちらからも操作しているのがわかる。

「私、聞いたの!だからお願い、伝えてっ」

 

 

お願いだから!

そう叫ぶと同時に、今まで危うい状態で繋がっていた通信がぶつりと音を立てて途切れてしまった。

ディスプレイに表示されるのはただの砂嵐とサーサーという静かな音だけ。

脱力したようにキーボードから手を離したキラは、そのままその両手で顔を覆った。

 だれがいるわけでもない。

でも、流れ出るこの涙を誰にも見られたくは無くて・・・・。

 

お願い。

もう誰も・・誰も・・・死なないで・・・・