キラは医務室のベッドの脇の椅子に腰掛けながら、眠っていた。 その手は、ベッドで眠っているフラガの手をぎゅっと握りこんでいた。
あの時・・・・。 あの兵士にキラが切り付けられようとするその瞬間、フラガはキラをかばうようにして腕の中に抱き込んだ。 そして、その兵士のナイフはあろうことかフラガ背中に深々とした傷をつけたのだ。 「フラガ大尉!」 鈍い音が、フラガに抱き込まれているキラにも聞こえてきた。 フラガが刺されたのだと気づいた数瞬後、フラガはキラの体を突き飛ばし自分は振りかえって兵士の腹部を思い切り蹴飛ばした。 「ぐぁっ・・・」 その男は後方に吹っ飛び、そのまま地面に付して気を失った。 それを確認した後、フラガは荒い息をつきながらその場で片膝を突いたのだ。 「フラガ大尉!」 すぐにキラはフラガに駆け寄ったのだが、その出血量はかなりのもので、彼の白い軍服の背中は真っ赤に染まってしまっていた。 「あ・・・、こんな・・・・」 「・・・ったく、こいつら・・・は・・・・」 苦しそうに呼吸を乱しながらも、フラガは辺りを見回すとゆっくりと立ち上がろうとした。 「無茶ですよ、大尉!」 出血のためか、うまく力が入らなくてふらりと体が傾く。 それを支えようとキラがフラガの体に手を伸ばすが、あまりに体格差がありすぎるため完全に支えることはできない。 背中に回したキラの手のひらがじっとりとした赤い液体に染まる。 いきなり動いたせいか、出血がますますひどくなってしまったようだ。 「どう・・したら・・・」 「キ・・ラ・・・」 「大尉?」 「お前は、部屋に・・・もどれ・・・」 「っ、何を言ってるんですか!こんな怪我した大尉を放っておけるわけがないでしょう!」 「んなこと、気にするんじゃない・・・。それより、早くここを離れ・・・ろ。こいつらに、他に仲間が、いるかもしれない」 「だったら、大尉も一緒に」 「いい・・・から、早く・・・行け・・・・」 「大尉!」 フラガは気を失ってしまったようで、ふっと力が抜ける。 倒れこみそうになりそうなその体を、キラはしっかりと抱きしめた。 こうしている間にも、出血が止まる気配はない・・・。 どうしたらいいの・・・。
結局、キラとフラガはその場に駆けつけた元キラの護衛兵だった者たちにつれられ、この医務室へと移された。 キラはフラガがかばってくれたおかげでこれといった怪我はなかったのだが、フラガの返り血を浴びてしまったのがキラ自身の傷と勘違いされたらしく、そのまま一緒に医務室へと連行されてきたのだ。 あれから、フラガは医務室での治療を受け今はベッドの上にうつぶせになって横になっている。 事件があってからもう半日以上立っているはずなのに、フラガは一向に目覚めなかった。 だけどキラは自分の部屋に戻ることもせずに、じっとフラガの横に居続けた。 フラガが起きたら、一番最初に謝るために。
また、人を傷つけてしまった。 いつもキラは自分を助けてくれる人達を傷つける。そのくせ、自分は何もできないでただただ生き延びるだけ。 だから大切な人を失った。 だから、いろんな人の命が失われた。 それが分かっているからこそ、キラは一人で居ることを選ぼうとしたのに。 最初フラガの存在を必死で拒もうとしたが、それでも本気でフラガを自分の側から離そうとはしなかった。 いや、できるのにしなかったというのが正しいのか。 キラが本気で側に人が居るのが嫌だと言い、それをフラガ以外のもっと上の人間へと訴えれば、すぐにフラガはキラの側役を降りざるを得なかっただろう。 それをしなかったのは、キラのただのわがまま。 キラが本当の一人を恐れたがゆえに起こったこと。 だからこそ、キラはフラガに謝りたかった。 そしてなによりも、きとんとさよならとありがとうをいいたかった。 今まで短い間だったけれど、一緒に居てくれてありがとう・・・。そして、さようなら・・・と。
「ん・・・・・」 ふと、キラは自分の髪を撫でる手の存在に気づき、眠っていた意識をゆっくりと覚醒させた。 その感触は夢ではなかったらしく、まだ眠い目をこするとうつぶせに寝たままのフラガがこちらを見て、キラの頭を撫でてくれていた。 「フラガ大尉・・・?」 「ん?どうした、キラ」 「・・・・っ、フラガ大尉!もう、大丈夫なんですか?」 「お?おお、これぐらい平気だって。軍人やってるとよ、こんな怪我ぐらいどうってことないって。それより、お前に怪我はなかったのか?」 「大丈夫でした。フラガ大尉が・・・かばってくれたから」 「そうか。ならいいや」 そういって笑うが、その顔色はまだ白く、出血がどれだけひどかったかを物語る。 キラはぐっと唇をかむと、うつむきながらフラガに告げた。 「ドクターの話では、刺されたところがよくて内臓は傷ついていないそうです。さすがの悪運だって、笑ってました」 「刺されたのに運も何もあるかよ」 「全治2週間だそうです。その間、ちゃんと安静にしていてくださいね」 それだけ言うと、キラはすくっと立ち上がって部屋を出て行こうとした。 「フラガ大尉、今まで短い間だったけど、一緒に居ることができてうれしかったです」 顔を見れば泣き出してしまいそうだった。 「おい、どこ行くんだ?」 「・・・・お願いを、しに」 「何を?」 「フラガ大尉を、僕つきからはずしてくださいとお願いしてきます」 「・・・・・・何言ってんだ?」 フラガの声が途端低くなったのがキラには分かった。 だが、キラは振り向こうとはせずに扉に向かったまま話した。 「やっぱり、僕は人と一緒に居てはいけないんです。僕が誰かと居ることを望めば、必ずその人を傷つけてしまう。フラガ大尉の怪我だって僕が原因だし、僕さえ一人でいれば誰も苦しむことはない。だから、さよなら・・・です」 いっそ、自分の存在自体が消えたらすっきりするのかもしれない。 そうすれば誰も傷つかず、誰も気にすることはない。 自分の考えに、思わず涙がこぼれそうになった。 どうして、こんなことになってしまったのだろう。好きでコーディネーターに生まれたわけでも、好きでこんなになんでもできるようになったわけでもないのに。 自分をコーディネーターにした両親を恨むつもりはない。 だって、これは自分のせいだから。キラ自身の責任だから。 「何を深く考えすぎてんだよ、お前は」 こつんと頭を小突かれて、キラははっと後ろを振り向く。 そこには絶対安静にしていなければいけないフラガが平然と立ち上がっていたからだ。 「な、何をしているんですか!ちゃんと寝てないと!」 「そう思うんならね、素直に俺の側に居なさいっての」 「・・・・え・・・?」 「あのなぁ。俺がただ上からの命令だけでキラと一緒に居たんだって、本当に思っているのか?」 確かに、ただ言われたとおりに行動するだけの人だとは思わない。 「だって・・」 「俺はたとえ命令だって、自分の気に食わないやつの護衛なんてやらないし、ましてやかばってやるわけもないだろう。俺がお前と一緒にいたのは、単に俺がお前を気に入ったからだ。だからこんな怪我の一つや二つ、なんでもない」 「でも・・・」 「でもじゃないって。いいか、本当に怪我させて悪いと思っているなら、怪我が治るまでの間、ちゃんと看病してその恩返しをするぐらいの気持ちでいろ」 「・・・・・いいんですか?」 「何?」 「僕、このままここにいてもいいんですか?」 このまま、フラガ大尉と一緒にいてもいいんですか? キラの問いに、フラガはふっと小さく微笑むとキラの頬に手を伸ばした。 自分でも意識しないうちに、キラの頬を幾筋もの涙が流れていた。 「お前が嫌って言っても、俺が離したりしないよ」 だから、ここにいろ・・・・。 引き寄せてくれるフラガの胸に、キラは顔をうずめてしがみついた。 小さく、はい、と返事をしながら。 |