フラガと呼ばれていた男から逃げ出すように、キラは自室へと戻ってきた。
扉を閉めると、そのまま壁によりかかったままずるずると崩れる。
「もう・・・なんなんだよ・・・・」
大切に持っていた本を手放し、キラは自分の体をぎゅっと抱きしめた。
関わってはいけない、それがたとえナチュラルであろうと、コーディネーターであろうと。
自分の存在は、必ず相手を不幸にしてしまうのだから。
だから、あれからずっと一人でいたというのに・・・・。
震える体をなだめるようにさすっていれば、幾分落ちつくことができる。
これも、一人でいることに慣れるために自分で決めた慰め・・・・。
誰一人、近くに寄せ付けないためのものだった。
「はぁ・・・・」
でも、あのフラガという人物と会うことはもうないだろう。
おそらくは見張りの兵士達が上にフラガのことを報告しているはず。許しもなくキラに近づき、それが仕事をサボっている間だったのだから。
それ相応の処罰と、自分へと接触の禁止を申し付けられるはず。
だから、もう気にしなくても大丈夫のはずだ。
「なんか、疲れたな」
キラは体を引きずるようにして立ち上がると、そのまま外用の上着を脱いでソファにかけるとそのままベッドに沈むように横になった。
明日からまた一人で、意味のない時間をすごしていくだけ。
それだけだから。
だからキラの期待は、次の日もろくも裏切られてしまった。
「なぜ、あなたがここにいるんですか?」
「ん?まぁあれ、上からの命令ってやつ?」
細かいことは気にしない気にしない。
そういいながらフラガは昨日キラが持っていた本を本棚から選び出すと、行儀悪く足を机の上に乗せながらパラパラとページをめくっていた。
昨日、文字ばかりだと文句を言っていたくせに。
一体どうしてこういうことになってしまったのだろう。
なんとなくうまく寝付くことができなくて、浅い眠りを繰り返しているキラを起こしたのはフラガがこの部屋に入ってくる音だった。
「ん・・・誰?」
「もう10時回ってんぜ、お嬢ちゃん。ひどい朝寝坊だな」
その声にキラの眠気は飛んでいってしまい、体をがばっと起こした。
「な、なんであなたがここにいるんですか!?それに、どうやって入ってきたんです!」
「そんなの扉からに決まってんじゃんか」
「だって、確かに鍵を・・・」
「あんな鍵ぐらいで俺のことを避けられるとでも思ってんの?」
甘いね〜とけらけら笑いながら、キラのベッドの近くまで歩み寄る。
「んでどうする?けっこう中途半端な時間だけど朝飯食う?それとももうちょっと待って昼飯食いに行く?」
「・・・・・・寝起きで物なんて食べられませよ」
「それじゃちょっと時間おいて昼食な。でもなんも胃に入れないのも悪いしなぁ。甘いココアでも作って来てやるから、それまでに着替え済ませておきな」
言うだけ言うと、フラガはそのまま部屋から出て行ってしまった。
残されたキラはあっけにとられしばし動けないでいた。
だがいつまでもそうしてはいられない。しかたなく、キラはベッドから降りてシャワー室へと向かった。
とまぁ、そこから話がつながっているわけだが。
フラガが持ってきてくれた甘いココアを飲みながら、キラの部屋でどうどうとくつろぐように本を読んでいる姿はどうしても納得がいかない。
もうフラガと関わることはないと思っていたのに、一体なんでこの人がここにいるんだろうか。
「あの・・・」
「ん〜?」
「なんであなたがここにいるんです?」
「なんでって?」
「どうしてあなたが当然のごとくこの部屋にいるんですか!と聞いているんです」
キラがそこまで言うと、ようやくフラガがそのことに気づいたように顔を上げた。
「あれ、言ってなかったか?俺」
「何も聞いていません」
そうだったか?と頭をかきながらフラガは立ち上がってキラの近くへと歩み寄る。
それを警戒したかのようにキラは腰掛けていたベッドの上をじりじりと後退する。
一定の距離まで歩み寄ると、フラガは片手を握手を求めるように差し出した。
「ムウ・ラ・フラガだ。階級は大尉で、今日からお前さんの身の回りの世話を任されることになった。どうぞよろしくな、嬢ちゃん」
「なっ!そんなこと聞いてないし、承諾するつもりもありません!だいたい、『大尉』がなんでそんなことをする必要があるんですか!」
「う〜ん。話せばながいぞ?」
「話してくれないと、対処しようがありません」
「それじゃ話そう。俺が仕事をサボってばかりいるから、それなら一つの仕事を与えたほうがいいと上が話をまとめて、ちょうど会ったお前さんのボディーガード兼世話係りに任じられたというわけさ」
「・・・・・・いったい、その話のどこが長いんですか?」
「うん、思ったよりも短くてすんだな」
まぁそういうことだ。
とばかりにフラガはまた先ほどの位置に戻って読みかけの本のページをめくり始めた。
キラはというと、精神的な頭痛にすっかり悩まされていた。
つまり今の話を聞くと、キラは貧乏くじを引かされたようなものではないのだろうか。
話上フラガはキラの面倒を見ることが仕事なのだというが、もしかしたら逆にキラがフラガが仕事をきちんとするかの見張り役ということにもなるのではないだろうか。
もうナチュラルともコーディネーターとも、誰とも関わりたくないと思っていたのに。
「ん?どこ行くんだ?」
キラがカップをサイドテーブルにおいて立ち上がったのを見て、フラガも顔を上げる。
「僕がどこに行こうと、勝手でしょう?」
「そりゃそうなんだけどね、せめて目的地だけでも伝えてくれると嬉しいんだけど」
「目的地なんて、別にありませんよ」
そう答え、フラガを無視して廊下に出るとキラは普段とは違うことにすぐに気がついた。
いつも控えているはずの兵士達が、一人としていない?
左右をキョロキョロと見回すが、この部屋のこの場にずっといる兵士などはいないようで、近くをたまに移動中の兵士が数人歩いているだけのようだ。
どうなっているのだろうと腕を組み考えていると、後ろから軽く頭を小突かれた。
「った」
「おい、何をそんなところで立ち止まっているんだよ。寝てるのか?」
「そんなわけないじゃないですか。別になんでもありませんよ」
そういうと、キラは廊下を一人歩き始めた。
途中、ちらりと後ろを振り返るが、あいかわらずフラガはずっとキラの後をついてのんびりと歩いている。
どうやらキラ身の回りの世話というのはうそではないらしく、少佐クラスの人間が横を通っても文句一つ言われない。
キラにとっては迷惑なことこの上ない話なのだが。
「ふぅ・・・」
キラはフラガに気づかれないように、そっとため息をついた。
いつまで、こんなことが続くのだろうかと。
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