「そういえば、聞きました?新しい整備士の噂」 今日の訓練終了後、パイロットスーツから各自軍服へと着替え終わったところに、ニコルが言った。 部屋の中にはエリートパイロットであるアスラン、イザーク、ディアッカ、ニコル、ラスティ。そして、その4人の指導役であるミゲルがいた。 「新しい整備士?」 「ああ、あれだろ?先月結婚するってんで軍を辞めたシュナの代わりの整備士。なんでも、かなり優秀なやつらしくて、一時はパイロットにもなったらしいな」 ミゲルの言葉にラスティ、ニコルはうなづいたものの、あとの3人は初耳とばかりに顔を見合わせた。 彼らにしてみれば、新しい整備士の話などまったく聞いたことがなかったからだ。
1週間後、アスラン達はブリッジに招集された。 ブリッチの召集されるということは、どこかの戦地に赴くということだろうか。 自然、6人にも緊張が走る。 「失礼します」 中に入ると、クルーゼとともに見慣れない軍服を着た少女がいた。 「ああ、来たか」 そういってクルーゼと共に振り返ったその少女に、6人は一瞬にして引かれた。 「彼女はキラ・ヤマト。シュナの代わりに整備士としてクルーゼ隊に配属された」 「今日付けでクルーゼ隊に配属となりました、キラ・ヤマトです」 そう敬礼をするキラを見つめたまま、6人はまったく反応を示さなかった。いや、示せなかった。 「あ、あの・・・・・」 まったく反応をしてくれないアスラン達に戸惑い、キラは助けを求めるようにクルーゼを見た。 だが、彼はただおかしそうに笑っているだけ。 つけている仮面のせいで表情は読み取れないが、キラにはクルーゼがこの状況を楽しんでいるようにしか見えなかった。 「ずいぶんと気に入られたようだな」 「気にいらない、の間違いだと思うけど」 最初からこれでは、これからのことを思うと、キラは入隊そうそう、重いため息をついた。 「今日は部屋に戻ります」 「許可しよう。部屋は分かるね」 「はい」 キラはそのまま6人の横を通って部屋を出た。 そのときになってようやく気がついたアスラン達は慌てて振り向くが、もうそこにはキラの姿はなく、ただ閉まった厚い扉があるだけだった。 「あ・・・・・」 「人との付き合いは、初めが肝心だぞ」 「「「「「「失礼します」」」」」」 クルーゼへの敬礼もそこそこに、6人は一斉に部屋を出た。 その様子を見て、またもおかしそうに笑うクルーゼだった。
「どうしてみんなして固まってしまったのですか!」(ニ 「お前だって固まっていただろうが!」(イ 「っていうかミゲル、あんた知っていたんだろう、今度の整備士のこと!」(ディ 「容姿まではしらねぇよ!」(ミ 「やっぱいきなりは失礼だっただろう」(ア 「隊長が言うように、最初が肝心ってね」(ラ
キラは部屋に戻ると用意されていた赤服へと着替え始めた。 先ほど到着後すぐにブリッジに向かったので、キラは前にいた隊の軍服を着ていたからだ。 「嫌われて、いるのかな・・・」 先ほどのアスラン達の様子を思い出して、また深々とため息をついた。 っと、上着を脱いだとき、閉めておいたはずの扉がいきなり開かれた。 「!!!!??????」 「あ・・・・・・・」 そこには先ほど会ったばかりの6人が顔をそろえていて・・・・。 なにがなにやらさっぱりわからないが、キラはふと、今の自分の格好を思い出した。
「き、きゃ〜〜〜〜!!!!!!」
「ご、ごめん!!」 艦内中に響き渡るほどの叫び声に、思わず扉を閉めて廊下にでる。 まさかキラが着替え中だとは思わなかったので、思い切り慌てた。 ニコル、アスランにいたっては顔を真っ赤にしているし、ディアッカ、ミゲルはいいものをみたという感じで飄々としている。 一番冷静なのは、なぜかラスティとイザークだった。 「えっと・・・・、キラさん?あの〜・・・・」 いきなり覗いてしまったというために、なんと声をかけていいか分からない。 でも、とにかく最低の初対面になったことだけは確かだった。
しばらくして落ち着いたのか、キラが扉をそっと開けてくれた。 「あ、えと・・・・・、着替え終わりました?」 コクリとうなづくが、まだ先ほどのことを警戒しているのか、部屋の中に入ったまま完全に姿を現してはいない。 「少し話をしたいんだが、いいだろうか?」 イザークはいつもアスラン達に話しているようなきつい言葉ではなく、なるべく優しく、おびえさせないように言った。 しばらくは戸惑っていたようだが、キラは扉を開けて6人を中へと通した。 女性の部屋だからだろうか。内装は自分達とまったく同じだというのに、なぜか新鮮な気がした。 「そこに、掛けてください。今お茶入れますから」 「あ、おかまいなく」 キラはそういうと、すぐに簡易キッチンのところへ言ってしまった。 そういえば、これはイザークたちの部屋にはない。 普段使わないと分かっているからだろうか。 しばらくするとミントのすっきりとした匂いが部屋の中を満たす。 「あ、手伝います」 キラが用意した食器をニコルがテーブルに並べる。 そこへ、キラが暖めたポットからミントティーを注いだ。 「熱いから、気をつけて」 「いただきます」 全員がお茶を飲むと、また部屋の中は沈黙に包まれてしまった。 みんな、なにを話していいのかが分からなかったのだ。 その沈黙をやぶったのは、ほかならぬキラだった。 「あの・・・・・」 「ん?」「なんですか?」「どうした?」「どうしました?」「なんだ?」「なに?」 6人同時に返事が返っていて、キラのほうも言葉に詰まってしまう。 「いえ・・・・・」 キラに視線が集中していることは分かったが、だからといってどうしたらいいかなんて分からなかった。 そもそも、どうして嫌われているはずなのにキラの部屋にこの人たちが来たのかがわからなかった。 しかも、着替えの途中だったのに。 「ん〜、黙っていてもしかたないですしね。まずはキラさん」 「は、はい」 「先ほどはすいませんでした」 ラスティが代表していい、それと同時にみんなで頭を下げる。 その意味がわからなくて、キラは目を瞬く。 慌てているキラをよそに、ラスティたちは顔を上げる様子もない。 キラが許してくれるまで、そのままでいるつもりらしい。 「あ、あの頭を上げてください」 おろおろとしているキラの言葉に、とりあえずは頭を上げる。 「みなさんが何を謝られているのかもわかりませんし・・・・」 「えっと、さっきのこと、かな」 「さっき?」 「着替え・・・覗いてしまいましたし」 ニコルの言葉に、キラは顔を真っ赤にする。 「ま、いいもの見せてもらったけどな」 そんなミゲルの言葉に、キラはさらに恥ずかしくなって思わずうつむいてしまう。 その瞬間に、再度にいるイザークとアスランから腹部への一撃でうめくことになるのだが・・・・。 「バカはほっといて。あと、最初の挨拶のときね、ちゃんと自己紹介できなくてごめんね」 「え?」 「ほら、僕らぼーっとしちゃっていたでしょう?それでなんか傷つけちゃったみたいで。ごめんね」 アスランの言葉にキラは驚いてゆっくりと6人の顔を見渡した。 みんな同じ気持ちらしい。 そんな6人の顔を見て、再びキラはうつむいてしまった。 「お、おい・・・・」 うつむいたまま何も言わないキラの肩はなぜか小刻みに震えていた。 泣いているのだろうか・・・。 目の前で女性に泣かれた経験が少ないため、どうしたらいいのか分からなくて今度はイザークたちがおろおろしてしまった。 それなのに、なぜか手馴れているらしいディアッカはキラの肩に手を置いて、顔をのぞきこむ。 「お〜い、姫さん?どうしたんだよ」 やはり泣いているらしい。 キラの逆隣りに座っていたラスティがそっとハンカチを渡す。 「・・・・たと、思ってた・・から」 「え?」 「みんなに、嫌われているんだと、思ってたから」 顔を上げたキラの表情は、涙にぬれてはいるもののきちんと笑っていた。 「嫌うなんてとんでもない!」(ア 「そうですよ、絶対にありえません!」(二 「まず、ないだろうな」(イ 「かわいい女の子とは、お近づきになりたいもんだぜ」(ミ 「姫さんが心配することじゃないって」(ディ 「大丈夫ですよ」(ラ その言葉に、キラはようやく涙を止めてゆっくりと微笑んだ。 「では、先ほどできなかった自己紹介と行きましょう。僕はラスティ・マッケンジー、ストライクのパイロットを勤めています」 「アスラン・ザラ。イージスのパイロットだよ」 「ニコル・アマルフィーです。ブリッツのパイロットをしています」 「イザーク・ジュール。デュエルのパイロットだ」 「ディアッカ・エルスマン。バスターのパイロットやってる」 「ミゲル・アイマン。一応パイロットもしているが、今のところこいつらの面倒見」 「キラ・ヤマトです。みなさんの機体のメンテナンスを請負ます。もし不満や違和感などがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「「「「「「「これから、よろしく」」」」」」」
キラがクルーゼ隊に入隊してはや1週間がたった。 キラはすっかり隊の仲間とも馴染んで、着々と自分の仕事をこなしてきた。 特に年が近く、仕事でもかかわることが多いアスラン達とは、いつも一緒にいることが多い。 今日もまた、昼食はいつもの指定席を取ることになった。
「キラさん、相変わらずすごいですね」 「そんなことないよ。きちんと学べば誰にだってできることだもん」 今日、システムの一部が欠損を出したとかで、その場の責任者ではどうにも手が付けられないということだったのでキラが呼ばれた。 キラは誰がどうしても解決することができなかったそのプログラムを、一度目を通しただけで元通りの形へと戻してしまった。 これには、長年ヴェサリウスに乗っているプログラマーも関心してしまうほどだった。 「いや、誰にでもできることじゃないからすごいんじゃないか」 「そうかなぁ」 アスランに褒められて、キラは素直に照れる。 そこがキラのまた、かわいいところなのだが。 「そういや、姫はどうして軍人になったんだ?」 「もう。ミゲル、僕は姫って名前じゃないってば」 なぜかミゲルとディアッカはキラのことを姫と呼ぶ。 二人は最初の印象がそうだから今でもそうなんだといって聞かないが、キラとしてはなんだか気恥ずかしい呼び方だ。 「ま、いいじゃん。で、どうしてだ?」 「ん・・・・・言わなきゃ駄目?」 「別に駄目ってことじゃないけど、気になるなってね」 キラは少し考えてから、食事をしている手を止めた。 「みんなは、やっぱりプラントを守りたいから、軍に入ったんだよね」 「ええ。何もしないままただ平穏に暮らすより、この手でたくさんの命を守れるほうがいいと思って」 ニコルの言葉に、イザークやディアッカもうなづく。 この艦に・・・・、いや、このザフトという軍にいる全ての兵士はプラントを守るために戦っているのだろう。 だが、キラは少しだけ違った。 「僕ね、好きな人がいるんだ」 「好きな人?」 つい、みんな耳が大きくなってしまっている。 少し目線をそらせば、周りにいるほとんどの兵士がこちらの話に聞き耳を立てている。 「その人も、ザフトの軍人で。ずいぶん年が離れているから、初めて会ったときにはすでに入隊が決まっていた人だったんだ」 キラは懐かしいような、嬉しいような表情で過去を思い出しているようだ。 「キラさんはその人のために、ザフトへ入ったの?」 「みたいなものかな。ザフトはプラントのみんなを守ってくれるけど、じゃあザフトの軍人は誰が守ってくれるの?ってその人に入隊前に詰め寄ったことがあったんだ」
キラ、誰かが戦って守らないと、それこそ多くの人が悲しむことになるんだよ。 私はきっとキラの元へ帰ってくるさ。キラのいる場所が、私の生きる場所なんだからな。 だったら、僕も軍に入る! キラ・・・・ 軍に入って、あなたを守ってあげる。あなたが、僕を守ってくれるように、僕もあなたを守ってあげたいんだ。
キラの言葉を、アスラン達は黙って聞いていた。 なぜだろう、キラの気持ちが痛いほどよく伝わってきた。 その人を守りたいという気持ちと、決意が。 「動機が不純な分、あんまり人に言ったことないんだけどね」 そういってはにかむキラに、アスラン達は首を横に振った。 「いや、十分立派な理由だと思うよ。誰かを守りたいと思う気持ちに、変わりはないだろう」 「それに、そこまでキラさんに言わせるんだから、きっと素敵な人なんでしょうね」 「うん、とっても素敵な人。世界で、一番大好きな人なんだ」 少しはにかんだような笑顔で答える。 周りにいるキラのファンの一部が泣き崩れているのが目に見える。 あまりにもショックだったのだろう。 「姫、そいつと付き合ってるのか?」 「付き合っているというより、将来お嫁さんにしてもらうの。婚約者なんだ」 「婚約・・者?」 「うんv」 ここでラスティとニコルは明らかにアスランとイザークの肩が落ちたことに気づいた。 みんな、キラのことは好きだったが、特にこの二人は本気でキラに惚れていたから、今回のことはショックだろう。 |