「で、どうするの?これ」 「一応は隊長に報告だ。助け出しただけなら保護区の部屋にでも黙って入れておけばいいのだろうが、あのGのプログラムを攻略してしまったんだからな」 「ま、それもそうだな」
そんな会話をぼんやりと聞きながら、キラはゆっくりと目を覚ました。 寝起きでうまく働かない思考を懸命に動かしながら、キラは視線を辺りへとさまよわせた。 キラが起きたことに気づいたイザークが、キラの方に近づいてくる。 「起きたか。気分はどうだ?」 「大丈夫・・です」 体を起こせば、思った以上に体が重い。 何か、負担になるようなことでもあったのだろうか。 「あの・・・・」 「なんだ?」 「助けていただいて、ありがとうございました。えっと・・・」 「ザフト軍クルーゼ隊所属、イザーク・ジュールだ。こちらこそ、お前には助けられた。礼を言う」 「同じく、ディアッカ・エルスマン。よろしく姫さん」 「キラ・ヤマトです」 そういって、キラは体を起こした。と、すぐに誰かが部屋の中へと入ってきた。 「ああ、起きられたんですね?」 モスグリーン色の癖毛の少年が、にっこりと笑いながらキラのそばへと近づいてきた。 着ている軍服から、どうやらイザークとディアッカの仲間らしい。 「はじめまして、ニコル・アマルフィといいます」 「あ、キラ・ヤマトです」 「キラさんですか。イザークとディアッカが助けていただいたそうで、ありがとうございます」 「い、いえ。助けていただいたのは僕ですから」 ペコリと頭を下げられて、驚いたのはキラだ。 そんな二人のやりとりを見ていたイザークが、ニコルに向かって言った。 「そんなことよりニコル、言っておいたものは持ってきたのか?」 「ええ。といっても、この作戦中ですから軍服以外はありませんよ。これでよければ、と思って持ってきたんですが」 そういって、差し出されたのは今3人が着ているものと同じ、赤い軍服。 キラは差し出された軍服をどうしたらいいのかわからず、自然とイザークと軍服を見比べた。 「いつまでそんな格好でいるつもりだ?」 そういわれて、初めてキラは自分の姿を知った。 大怪我を折っていた男の子を抱えたときについて血と、あのとき銃を向けてきた地球軍兵の返り血。そして、埃だらけの建物の中を移動したための汚れで、ずいぶんとひどく汚れてしまっている。 イザークも、このままではと思って新しい洋服を用意してくれたのだろう。 キラも言葉に甘えてすぐに着替えたいとは思ったのだが、すぐには行動に移せない。 それを見たディアッカが怪訝な声を出す。 「それ着るの、嫌なわけ?」 「いえ、そうじゃなくて・・・。どこで着替えたら?」 頬を軽く染めたキラの言葉で、ようやくキラが女性だったことを思い出した。 確かに男3人の前で着替えるのは嫌だろう、というか普通しないだろう。 「そうだったな。その扉がシャワー室になっている。そこで着替えてくるといいだろう」 「ありがとうございます」 キラはペコリと頭を下げると、その場を離れた。
「で、どうするんです?彼女のこと」 「とりあえずはクルーゼ隊長に。今はそれ以上のことはわからん」 「確かに、それはそうですけど・・・・・」 3人はじっと、キラが入っていったシャワー室のほうを見た。 民間人であるのに、あれほどまでに機体のプログラミングができる人間など、そうそういないだろう。 おそらく、詳しく取り調べを受けることになるのは必至だ。 「ところで、アスランはどうしたんだ?ちっとも戻ってこないけど」 「あ、そうでした。アスランとラスティ、ミゲルはブリッチにいます。あと20分ほどで会議をはじめるらしいので、その報告を」 「そうか」 言葉を切ったところで、キラが着替えを済ませて出てきた。 さすがにニコルの軍服でも大きかったらしく、少し袖が余っているのが気になるがしばらくの間ぐらいは問題ないだろう。 「あの、ありがとうございました」 ペコリと頭を下げたキラは、元から着ていた服を綺麗に畳んで近くのテーブルの上に置いた。 「それで、気分は落ち着きましたか?」 「だいぶ・・・。でも僕・・これからどうすれば?」 「それは俺たちではなんとも言えない。まずは隊長へと報告となる」 「そう・・・ですか」 「これから、僕たちはブリッチで会議となりますので、キラさんはしばらくこの部屋でお待ちいただけますか?多分、1時間ぐらいで戻れるとは思うんですけど。戻ってきたときには、キラさんをどうなさるのか、隊長が判断をくだして下さっているでしょうし」 「わかり・・・ました」 「ではな」
3人が部屋を出てから、キラは先ほどまで横になっていたベッドに再び腰掛けた。 これから、自分がどうなるのだろう、とか。 どうすればいいのだろうという考えが、頭の中をぐるぐると回っている。 こんなことに巻き込まれるなんて、考えもしなかったから。 平和に、ただそれだけを願ってオーブという国を選んだというのに。
怖い・・・・。
これから、何が起こるのか、判断がつかないから余計に。 ここには、キラが知る人は誰もいない。 両親は、トールや、ミリアリア、サイ達は無事なんだろうか。
幼年学校時代、いつも一緒にいると信じていた、離れ離れになった懐かしい人。 いつも自分を助けてくれて、大変なときには手を貸してくれたり、守ってくれた人。
「アスラン・・・・」
「以上で報告を終わります」 「ああ、ごくろうだった」 報告を聞いたクルーゼはふと、なにやら考え事をするかのように宇宙空間へと視線を走らせた。
クルーゼ隊がこのヘリオポリスに来たのは、地球軍の新型モビルスーツがこのオーブで作られているという情報が入ったからだ。 オーブは中立。 だから、地球軍もザフト軍もオーブに攻撃することができなかった。 なのに、今回の裏切り。 作戦内容は、そのモビルスーツを奪取すること。 アスランとラスティ、それにイザークたちはそのパイロットに選ばれ、ミゲルはそのサポートとして動いていた。
作戦は成功した。 多少の犠牲はあったものの、無事に5体すべてのモビルスーツを手中に収めた。 だが、もうすぐ地球軍からの攻撃も始まるだろう。 そうそう気も抜いていられない。 「イザーク、先ほど報告を受けた民間人というのは?」 「はい、現在兵士用の空き部屋におります。とりあえず鍵はかけておきましたので、大事はないかと思いますが」 「ふむ・・・・」 クルーゼは考え事をするようにあごに手を掛けると、不意にアスランとラスティ、ニコルの方を見た。 「君たちはモビルスーツの起動プログラムを書き換えるのに、どれぐらいの時間を要した?」 「はい、おそらくは10〜15分程度であったと記憶しております。あれほどの機体であるにも関わらず、ほとんど未完成に近いほどめちゃくちゃなプログラムでしたので、正直あせりました」 「私も同様です。とりあえずは最低限の書き換えですませましたが、おそらくは再度の書き換えが必要だと思います」 「なんとかここに戻るだけに必要な最低限だけ。おそらくはすべて書き換えの必要があると思います」 「そうか」 クルーゼは近くにいた兵士に何かを指示すると、目の前のスクリーンになにやら一つのプログラムを表示させた。 イザークとディアッカには、それが何なのか瞬時にわかった。 それは、あのキラが瞬時に書き換えたモビルスーツの起動プログラムなのだから。 それを教えられたアスランたちは、信じられないという風にスクリーンを見つめる。 あのめちゃくちゃなプログラムから、ここまで完璧なプログラムに書き換えることは自分たちでも不可能だ。 それを、ただの民間人が行ったというのか。 「どうやら、その人物にはザフト本部までの同行を願うしかないだろう。それまで大切な客人として、丁重に扱うように」 「はい」
「こら、待て!」 会議中の雰囲気をぶち壊すかのように、一人の兵士がブリッチへと転がり込んできた。 「何事だ!会議中だぞ!」 アデスの檄が飛び、ようやく兵士が自分が入った先がどこということを知ったらしい。 「も、申し訳ありませんっ!」 だが、クルーゼは別段気にした風もなく、その視線は一緒に飛び込んできたものへと注がれていた。 「あれは?」 その声に、アスランたちもようやくその飛び込んできたものに目をやった。 「な・・・・・っ!?」 それを見た瞬間、アスランは驚きに目を見開いた。 「アスラン?」 そんなアスランの様子にニコルはアスランの方を見るが、アスランはそれを気づかずにすっと手を伸ばした。 すると、それに導かれるように飛び込んできたもの。 緑色の鳥の形をしたロボットがアスランの手に止まった。 『トリィ』 「トリィ・・・だね。なんで、ここに・・・・」 「アスラン、それは君のものかね?」 クルーゼの言葉に、アスランははっと顔を上げた。 「あ、正確には私のものというわけでは・・・、いえ、作ったのは私なのですが。でも・・、なぜここに」 かなり混乱しているらしいアスランは、トリィをじっと見つめながら必至に考えをまとめていた。 「君の作った?」 「はい。月の幼年学校時代、キラに・・・友人へと送ったものです。それがなぜこんなところに」 「キラ?というと、キラ・ヤマトか?」 「え?」 アスランははっとした表示でイザークの方を見た。 「イザーク、君は知っているのかね?」」 「知っている、というか。先ほどまで話していたその民間人というのが、キラ・ヤマトという人物なのです」 「キラが、ヘリオポリスにいた?」 信じられない、といった表情でアスランはイザークを見た。 だって、そんなことはありえないから。 連絡をとっていなかったから、どこにいるのかといつも案じていた大切な人。 それが、こんな形で再開することになるとは。 本当にキラ本人なのか、すぐに会って確かめたい。
「どうやら、本人か確認する必要があるな。アスラン、会ってきなさい」 「あ、ありがとうございます」 「これにて会議は一時終了とする。各自、休憩を取るように」 『はっ!』 敬礼をしたあと、すぐに退室したアスランはまっすぐキラのいる部屋へと向かった。
扉が叩かれる音に、キラははっと顔を上げた。 「はい」 反射的に返事をしてしまったが、鍵が解除される音にキラは身を硬くするしかない。 多分、先ほどのイザークたちだろうとは思う。 けれどここは本当に知らない場所だから不安も募る。
扉が開かれた瞬間、キラは自分の目を疑った。 「・・・・・っ!?」 そこには、先ほどまで思い浮かべていた人物が、トリィを肩に乗せて立っていたのだから。 「キラ・・・、キラ・ヤマトだね?僕のこと、わかるかい?」 「アス・・・ラン?本当に、アスラン・ザラなの?」 ゆっくりと近づいてくるアスランを、信じられないという風にキラは見つめた。 月で別れたときよりもずっと大人っぽくなっていて。でも、自分がアスランを見間違えることなんてあるわけがなくて。 存在を確かめるようにそっと伸ばした手を、アスランはぎゅっと握ってくれた。 「信じられない・・・。だって、なんて・・・」 「久しぶりだね。トリィ、まだ持っていてくれたんだ」 トリィがアスランの肩からキラへと移動する。 「アスラン・・・」 「キラ、泣いた?目が少し腫れている」 そういって目元をやさしくぬぐってくれる。 アスランのやさしいぬくもりに、キラの目からは一筋、二筋と涙がこぼれた。 「キラ」 「アスラン・・・・・・」
キラは、泣いた。 いろいろな気持ちを吐き出すかのように、アスランの胸にすがって声を上げて。 混乱しているだけなのかもしれない。 だけど、今は、今だけは泣きたかった。 それをわかっている、とでも言うようにアスランはキラをぎゅっと抱きしめた。 キラが泣き止むまで、ずっと・・・・。
「本当にお前の知り合いだったんだな」 キラが泣きつかれて眠ってしまったころ、ようやく扉の外にいたミゲルたちが入ってきた。 もし再会するのであればと、気を使ってくれたらしい。 アスランはキラをベッドに横たわらせたあと、改めてベッドに腰掛けた。 「ああ。まさか、ヘリオポリスにいたなんて・・・。やっぱり、消息だけは調べておくべきだったな」 「知らなかったんですか?キラさんがあそこにいるということを」 「別れたころは、俺は小さな子供で。なにもできなかった。キラを一緒に連れてくることも、一緒に残ってやることも。俺自身、キラも幼年学校卒業のあとプラントにくると思っていたし。地球にいるんだとばかり思っていた」 キラの両親は確かに争いが嫌いだった。 だから、オーブという中立の国を選んだのだろう。 「それはまぁいい。問題はこいつのプログラミング能力だ。今はクルーゼ隊の我々しか知らない事実だが、プラントに戻ればそいつの能力は明るみにでることになるぞ」 イザークもいう。 ようするに、ザフト軍に利用されることになるというのだ、キラのこの能力が。 今でさえこんな状態だ。きちんとした能力を勉強すれば、間違いなくキラは誰にも負けないプログラマーになる。 それを、イザークも案じているのだろう。 たったこれだけのことでぼろぼろになってしまっている少女の姿を見て。 戦争はこれ以上むごいことだって、なんだったる。 それを、この小さな少女の胸が耐えられるとは正直思えなかった。 それはその場にいる全員が思っていること。もちろん、アスランも。 だが、アスランはキラの性格を知っている。 自分が傷つこうとも、こうと決めたら絶対に自分を曲げない、見かけによらず頑固な性格を。 「キラは俺が守るよ昔から、それは決めてきたことだから」 「守るって・・・」 「言葉どおりだ。キラの敵に回るもの、キラを傷つけるものは、どんな理由があっても許さない。ただ、それだけだよ」
アスランは、キラの額にかかった髪をそっと払った。
〜あとがき〜 かなり遅くなってしまいましたが、由布さまからのリクエストです。 またもやリクエスト内容とは少々違ったものへと変化してしまいました; 書いているうちに、そっちの方向へ指が進んでいってしまうというか、なんというか・・・・。 お待たせしたあげく、こんなので申し訳ないです。
由布さま、いかがでしょうか。 |