「おい、そこの腰抜け」

背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには怒気を隠そうともせずに腕を組んでいるイザークの姿があった。

「いきなりそれか。かわってねぇな」
「不服か?ならば、臆病者でどうだ?」

一瞬のうちに格納庫内の整備士たちの動きを固めてしまうようなイザークの冷たい怒りも、ディアッカには慣れたもので、手元の資料を近くの整備士に渡すと、イザークを促してその場をあとにした。












ディアッカが連れて行ったのは私室。
ここなら何を話そうと邪魔は入らない。

「なんか飲む?」
「いらん」

まさに一刀両断とばかりにディアッカの言葉を否定し、じっと睨みつける。

「話がある」
「わかってるって。だからここにつれてきたんだろう?ま、そこ座れって」
「なぜクルーゼ隊を抜けた」
「軍事命令」
「・・・・・俺をその辺の奴らと一緒にするな!」

急な怒号にも慌てた様子もなく、ディアッカはイザークの前にコーヒーを置くと、その正面に腰掛けた。

「だったらわかってんだろ?俺が地球に降りた訳なんて」
「ああ、わかってはいる。だが、どうにも本人の口から聞かされないと納得がいかないものでな」
「ふ〜ん。相変わらずまじめだねぇ」
「なぜ逃げた」

表面では冷静を保っていても、一瞬ぴくりと動いたカップを持つ手に、ディアッカの動揺は現れる。
それを見逃すはずのないイザークは、さらにたたみかけた。

「貴様がキラを好きだったのは知っている。だが、それならばなぜ自分からキラに嫌われようとする?傍を離れてキラを悲しませた」
「・・・」
「キラはお前を慕っていた。お前の持つ気持ちとは違ったのかも知れないが、それでもキラはお前を好きだったはずだ。なのになぜ、自らそれを否定し、キラをも否定するんだ」




しばし、二人の間に言葉はなく、ただイザークは答えを求めるようにディアッカを見続け、ディアッカはその視線を避けるかのようにカップの中の液体を見ていた。




沈黙を破ったのは、ディアッカが置いたカップの音だった。

「俺がこっちに来る数日前のこと、覚えてるか?」
「いつのことだ?」
「キラが俺と距離をとるようになった日のこと」
「・・・・ああ」

女友達との蜜事をキラに見られて、攻め立てられるままに逆切れし、キラを押し倒してしまったことがある。
あの時、自分が何を考えていたのか正直、よく覚えていない。
ただ、自分の下で泣いていたキラの顔が、今でも頭から離れない。

「あの2週間ほど前の休暇のとき、俺キラに呼び出されてるんだわ」
「五日ほどの休みがあった、あのときか?」
「そ。隊長が倒れて、どうしていいかわからないんだって、あいつから連絡受けて。急いで駆けつけた時、キラ俺の顔見るなり、泣き出したんだよ」

本人は、気づいていたかわからないが。
ディアッカの姿を確認するなり頬を伝った涙。
よほど一人で心細かったんだろうと、状況もわきまえずに抱き寄せてしまいそうな自分を必死でこらえた。

「同じ泣き顔なのに、こうも違うんだなぁって。で、もうだめだなぁって思ったわけ」

案の定、それからのキラはディアッカに簡単に近寄ってくることもなくなった。
ただ、何か言いたそうな顔で遠くからこちらの様子を伺ってくることが多かった。

「だから逃げたのか。キラから、自分の気持ちから」
「う〜ん、まぁ、そうなるんだろうねぇ。これ以上あいつの傍にいると、俺何するかわかんなかったし。だからって、無理矢理気持ち押し付けるようなことはしたくなかったから」

だったら、俺が離れるしかないでしょう?

そういって、ディアッカは笑った。
実を言うと、この地球行きは偶然だった。
本来ならクルーゼ隊としては断るはずだった地球への派遣を以前にクルーゼから聞いてたディアッカは、これ幸いと、文字通り逃げたのだ。

自分がいなくなって、キラが苦しまずに住むのなら。
自分がいなくなって、キラが前の笑顔を取り戻してくれるなら。

そう思って決めた、地球行きだったのに。

「では貴様は、自分が消えた後キラがどうなっていたのか、知らないとでもいうのか?」
「・・・知ってるよ。ハイネから聞いてる」
「知り合いか?」
「親父同士が知り合いでね。俺の遊び仲間」

その意外な事実に驚きはしたものの、イザークは話が早いとばかりにいった。

「ならば、それが現実だ。貴様はキラを想ってのことだというが、俺からみればただの自己保身だ。ようするに貴様は自分が傷つきたくなかったんだろう?キラに自分と同じ気持ちを向けて欲しかった。クルーゼ隊長と同列ではなく、別の種類の感情を向けて欲しかった。それがかなわなかったとき、自分が傷つきたくなかった。違うか?」
「・・・あいかわらず、手厳しいね」

だが否定することはできない。
イザークの言葉は、事実でもあるから。

「・・まぁ、お前の考えていることはよく分かった。だがな、ディアッカ」
「ん?」
「俺はあのままお前が逃げなければ、きっと運命は変わっていたと思うぞ」
「・・・・・・・」

話は済んだとばかりに立ち上がるイザークに、ディアッカはある疑問を問いかけた。

「なぁ、お前だってキラのこと好きだったんだろう?なのに、なんでそんなに俺のこと気にするわけ?」

言ってみたら、ライバルが一人減ったのだから。
普通なら喜びそうなものなのだが。

「ふん、そんなことか」

軽くため息をつくと、イザークは人の悪い笑みを浮かべた。



「これでも、幼馴染の初恋ぐらいは協力してやるさ」



なんともいえない表情をしたディアッカを横目に、イザークはその場を後にした。













いつのまに眠っていたのか、キラはゆっくりとベッドから身体を起こした。
手元の時計に目を向けると、すでに夕食の時刻を過ぎていた。
いまだにはっきりしない頭を抱えながらも、キラはベッドから降りて隣の部屋へと移動した。
薄暗い部屋の明かりをつけると、テーブルの上にいくつかの果物とサンドイッチ、メモが置かれていた。


『起きたら食べろ』


その一言だけ。

「イザーク、かな」

本当はもう一人のことが頭に浮かんだけど、瞬時に打ち消した。
だって、ディアッカのはずがないから・・・。
テーブルを前にしてもそもそとそれらを食べるけれど、なんとなく食が進まなくて結局半分以上を残すことになった。
なんとなく外の空気がすいたくなって、キラは立ち上がるとベッドに放ったままの赤服をそのまま着込んで部屋の外へと出て行った。
キラたちが与えられた部屋は一般兵のそれとは棟が異なるようで、廊下には誰の姿もなかった。
気の向くままに廊下を歩いていくが、やはり何処の基地も同じく入り組んでいて外に出る道がどこにあるかまったく分からない。

「どうしよう・・・、迷った」

何度も過度を曲がり、気の向くままに進んできたので、もはや自分の部屋に帰る道すらも分からない。
戻ろうにも戻れなくなり、結局キラはそのまま進むだけ進んだ。
ここまで誰にも会わないのはなぜだろうと首をひねりながらも進むと、ようやく一つの大きな扉へと出た。
見慣れたそれは、格納庫への入り口だった。
関係者以外の立ち入りを禁じるようにロックがかかっているが、キラにとってそれはないにも等しく、適当に触ってロックを解除する。

だが予想に反して、その中に人の気配はなく、薄暗い闇が広がるばかりだった。

「ここもはずれかぁ」

さすがにどうするべきかとため息をつくと、その格納庫のずっと奥に見慣れた機体があることに気づいた。
ゆっくりと歩く足が、次第に速くなり、気づいたときには駆け足になっていた。
すぐ下に着いて見上げた機体は、キラのよく知った、懐かしいもの。

「バスター・・・」

ディアッカの機体だった。
機体にそっと近づき、手を触れる。
ひんやりとした感触とは逆に、キラの胸には熱い何かがこみ上げる。

「・・・・ふっ・・・ぇ・・・・・」

何度も、何度も一緒に。
整備をして。
同じ戦場を駆けて。
笑って。
喜んで。
・・・・・少しだけ、泣いて。

ずっと一緒だと思っていたのに突然訪れた別れ。
嘘だったら、夢だったと思うたびに現実はキラに冷たくて、どうしようもなく苦しかった。
なぜあんなふうに苦しいのか、今でもよくわからないけど。
できることなら、もう一度。

あの場所へと戻りたかった。
あの場所へと、戻ってきて欲しい。







「また泣いてんのか?」







背後からかけられた声と、肩に掛けられたぬくもりにはっと後ろを振り返ると。
そこには、ちょっとだけ困った顔の、ディアッカが立っていた。