ふと目を覚ましたキラは、ぼんやりと天井を見上げた。 「あれ・・?」 確か、談話室にいて・・・・。 それ以降の記憶があいまいだ。テレビを見ていたけど、だんだん眠くなってきて・・・。 誰かと話したような気もするけれど、よく思い出せない。 とりあえずベッドから降りようとしたとき、ふと自分の手が握り締めているものに気づいた。 「これって・・・」 見慣れた紅。 だけど、服の大きさから自分のものではないことはすぐに分かった。 誰のものだろうと名前を見ると、そこには「H.V」のイニシャルが入っていた。 「・・・・ハイネ?」 ということは、ハイネがここまで運んでくれたのだろうか。ぼんやりとした頭では何も浮かばず、ぼんやりと手の中の軍服を見る。 どうしたものかと考えていると、ふとその袖のボタンが一つ取れかかっているのが見えた。 とれそうだな・・と思って触っていると、やはり取れてしまった。 「あ〜あ・・・」 コロコロと転がっていくボタンを眺めながら、キラは鏡に映った自分の顔を見た。 「すごい顔・・・」 いつの間に泣いたのだろう、目元は赤いくせに、肌はすごく白い。 情けないなぁと思いつつも、キラは手元の軍服を眺めた。 毎日。毎日。 考えるのは、ディアッカのことばかりで。 なんでいなくなったんだろうとか、もう会えないんだろうかとか。 そんなことばかりを考えている。 考えたくないから、仕事もたくさん引き受けてる。 それでもダメだった。 考えたくないと思えば思う分だけ、頭の中はディアッカのことでいっぱいになってしまう。 ディアッカの仕草。 ディアッカの声。 ディアッカの・・・・・。 考えれば、考えるだけ。 「会いたい・・・・」 その想いが、募っていく。 なぜ、そんなにディアッカのことが頭から離れないのか。 心の中に芽生えた小さな想いに、キラはまだ気づいてはいなかった。 「こんなところにいたんですか?」 背後からかけられた声に、ハイネは振り返った。 「よう」 「何処に行っていたかと思えば。めずらしいな、展望室にいるなんて」 アスランとニコルが座って外を眺めているハイネの後ろに立った。 「なにしてるんだ?」 「ん?ああ。別になんでもないんだけどな。ほら、あっち」 ハイネが指さす先には広大な宇宙空間だけが広がっていた。 「方角的に、あっちに地球があるんだよ」 「地球・・ですか?」 「それがどうしたんだ?」 「どうってこともないけど。ただ、文句をな」 「は?」 「地球に逃げた、バカへのメッセージだよ」 ハイネの言い草に、ニコルとアスランは顔を見合わせた。 そんな二人になんでもない、という振りだけしてさっさと展望室を出た。それに慌てたようにアスランとニコルも後を追う。 「ハイネ、あなた上着はどうしたんですか?」 「ちょっとな」 「隊長に見つかるとまずいぞ。ちゃんと着とけよ」 「っていってもなぁ・・。もう1着はクリーニングだしているしなぁ」 「あと1着は?」 「・・・・」 まさか置いている場所をアスランたちに答えるわけにも行かず、どうするべきかと考えていると、前方からその人物が歩いてきたのが見えた。 「お」 「あれ、キラ。キラも展望室に行くの?」 アスランたちもキラに気づいたらしく、ハイネを追い越してキラへと近づく。 「ううん。アスランたちは展望室から?」 「まぁね。たまたまそこにいたハイネと合流したところだよ」 「そう」 キラの視線がハイネへと向けられる。 「よぉ。・・・ぅあ!?」 「ちゃんとボタンぐらいつけておいたら?」 ハイネの視界を覆っている布を取ると、それはまさしく自分の軍服。 なんのことだろうと思ってみてみると、取れかかっていたはずのボタンが付け直されていた。 「直してくれたのか?サンキュ」 「・・・別に。それじゃ、私は行くから」 「待った。せっかくだし、一緒に飯行こうぜ」 去ろうとするキラの肩に腕を回しながら、ハイネが食堂へとキラを連れて行く。 その強引すぎる行動に、アスランとニコルはぎょっとしたのだが、意外な事にキラがその腕を振りほどくことはなかった。 しかも、なぜハイネの上着を普段その存在を相手にしている様子のないキラが持っていたのか。 「お〜い、お前らはいかねぇの?」 「あ、待ってください!」 「・・・どうなってるんだ?」 お互いに不思議な顔をしながらも、先に行った二人に追いつくために二人は速度を上げた。 「そういえば聞きました?あの噂」 「噂?」 数日後、模擬戦闘後にミーティングをしていた時。 ニコルが思い出したかのように言った。 戦闘データを見ていたアスランとキラ、イザークがそれぞれニコルの方を見る。 最近では、キラは少しずつ以前のようにアスランたちに接するようになってきた。 以前のように、表情をくるくると変えるようなことはないものの、自ら一人になろうとすることはなく、無理に仕事をつめるようなこともなくなった。 なにより、以前はまったく話さなかったハイネと一緒にいる時間が徐々に増えていた。 「なんの噂?」 「地球のザフト軍の、えっと、ヴァルトフェルド隊・・・だったと思いますけど。なんでも、レジスタンスとの和解に成功したとか」 「和解だと?」 「ああ、それならこの間聞いたな。確か、対立が激しかったレジスタンスだったが、交渉を重ねて和解を成立させたって」 アスランとニコルの説明によると、最近その隊に異動になった人物がそれを成し遂げたという。 その身に纏うは、エリートの印である『紅』 「その人、名前は?」 めずらしくキラが反応を示すが、アスランはわからない、という首を振る。 「それが、名前だけは伝わってこないんだ。結構若いとかってのも聞くし、エース級の実力を持つってのも聞くんだけど、なぜか名前だけ伝わってこない」 「ふ〜ん」 「だが、なぜそれほどの実力者が地球にいる?しかも紅で若いなら俺たちのようにパイロットであるはずだろう」 「そうなんですよね。それに、最近赤の人間が地球に下りたって話も聞きませんし」 やはり噂はただの噂なのだろうか、と思い始めたところで、先ほどクルーゼに呼ばれて席を外していたハイネが戻ってきた。 「ん?なんの話してんだ?」 「ハイネ。実はですね・・・」 ことのなりを話すと、ハイネはああ、と納得したかのようにうなづいた。 「あいつのことね」 「知ってる奴なのか?」 「まぁね。地球に飛ばされたってのに、やることやってるらしい」 「では、そいつは紅なのか?」 「おう。・・と、そうだ。キラとイザーク、隊長が呼んでたぜ」 「隊長が?」 「なんだろ」 いきなりの呼び出しに首をかしげながらも、キラとイザークはその場を後にして隊長室へと向かった。 そんな二人を見送った後、アスランはハイネに向き直って尋ねた。 「その人物の名前を教えてくれるか?」 「・・・・・名前、ね」 「?名前ぐらいあるでしょう?」 「キラには、絶対に言わないって約束できるか?」 「「?」」 なぜ内緒にする必要があるのかわからないが、ハイネの真剣な顔に二人は反射的にうなづいた。 「奴の名は・・・、ディアッカ・エルスマン。地球に逃げた、バカな男だよ」 |