イザークが部屋に駆け戻ったとき、ディアッカの言うとおりキラは部屋の中にいた。 ・・・・涙を流したまま、ディアッカのベッドに丸くうずくまって・・・・。 「・・っっ」 それを見たイザークが強制的に扉を閉めて、後から来るであろうアスランとニコルを遮断した。 アスランたちはその寸前で扉を閉められたことになる。 『ちょっとイザーク!なにやってるんですか、ここを開けてください!」 「うるさい!ここにはキラはいないから、お前たちは他を探せ!」 『はぁ?だってさっきディアッカはここに・・』 「いないといったらいない!」 そういって外部音声からも遮断すると、イザークはキラに近づいた。 キラは両手で顔を覆ったままイザークが近づいてくる気配に背を向ける。 先ほどまで聞こえていた嗚咽はもう無かったが、それでも向けられた背中や肩は震えていた。 イザークは無言のままベッドに腰掛けると、ベッドに散らばったままの髪を梳いた。 とたん、びくっとキラの身体が大きく震えるのは見て取れたが、それには何も言わずにそのまま髪を撫でた。 「・・・何があった?」 「・・・・・」 「言いたくないか?」 「・・・・・」 「そうか」 無言でしか帰ってこないキラに、それでもイザークは無理に聞き出そうとはしなかった。 キラのこんな泣き方を、イザークは知らない。 キラが泣き虫なのはよく知っている。 実際、キラは怖がりなのでよく目に涙をためるし、以前ディアッカにすがって大泣きしているのも見ている。 だが、こんな風なのは初めてで。 まるで、何かを押し殺したかのような、こんな泣き方・・・。 「怒らせ、た」 しばしの沈黙が流れた後、キラがぽつり、とつぶやいた。 「ディアッカか?」 コクリとうなづくことで、肯定が返される。 先ほどのディアッカは確かに様子は変だったが怒っている、という様子でもなかったような気がするが。 何があったのか、とりあえずは聞かないほうがいいだろうと、イザークはキラに気づかれないように小さくため息をついた。 それから数日が経ち。 イザークに、ディアッカには何も言わないで欲しいと言ったせいか、イザークから何かディアッカに怒ったりすることはないようだ。 ただ、イザークは時間さえあればキラの近くにいるようになった。 そして、ディアッカが近くにいるときは、鋭く彼を睨んでいる。 多分、イザークは心配してくれているのだろう。 今までこうしていつも何気なく傍にいてくれたのはディアッカだったのだと、キラは時々ぼんやりと思う。 あれから、ディアッカとはうまく話せていない。 別に喧嘩をしているわけでもなく、避けられているわけでもない。 ただ、なんとなく何を話していいのか分からない。 以前はどうやってディアッカの隣にいたのか。 何を話していたのか。 そんなことを、思い出そうと思っても、思い出せなかった。 そんなとき、クルーゼ隊の紅メンバーがクルーゼの執務室に召集された。 「なにかな」 「さぁな。そろそろ何かの命令が下ったと見て、まず間違いないんじゃないか?」 「そっか」 小さくため息をつく。 ディアッカと喧嘩したままで宇宙に出て、うまくいくのだろうか。 宇宙では、ちょっとしたほころびが大きな落とし穴となる。 そんなキラの心情に気づいたのか、イザークがキラの髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。 「あいつじゃなくても、お前のフォローぐらいできる」 「・・・・うん」 「それに、あいつもそこまで子供じゃない。そのうち、また戻れるさ」 「うん」 イザークは隊の誰よりもディアッカのことを知っていた。 その彼が言うのだから間違いはないと、半分、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 「クルーゼ隊、イザーク・ジュール、入ります」 「同じく、キラ・ヤマト、入ります」 二人で中に入ると、すでにアスランたちもそろっていた。 もちろん、ディアッカも。 「遅いぞ」 「調整の方、大丈夫でした?」 遅れてきたキラたちにアスランとニコルは声を掛けてくれたが、やはりディアッカだけは前を向いたまま、キラのほうをみようとはしなかった。 「全員集まったようだな。皆、分かっていると思うが、今日の召集は任務についてだ。明後日、我々は無人コロニーの調査へと向かう。以前は使われていたらしいが、これまで軍では確認していなかったものだ。調査のため、我々が派遣されることになった」 「ただの調査に、我々が?」 「そうだ。なにしろ、未知数なコロニーだからな。何が待ち受けているか分からん。詳しくはこの資料に目を通しておけ」 そういってアスラン・ニコル・イザーク・キラには数ページに渡る資料が手渡された。 だが・・・・ 「あの、ディアッカの分は?」 ディアッカの分の資料だけが用意されていなかったのだ。 だが、ディアッカもそれを気にした様子もなく、平然としている。 「ディアッカは別の任務があるため、今回の調査からは外れ、ここに残ることになる」 「えっ?」 驚きのあまり大声を上げてしまったキラは、急いで口をふさぐ。 「・・・・そのため、今回の調査は君達4人でやってもらうことになる。恐らくは2人組で調査になると思うが、その組み合わせは自分たちで決めるといい」 話は以上だ、とのクルーゼの言葉に、アスランたちは敬礼をして部屋から出て行った。 自分たちで決める、ということなのでとりあえずは場所を作戦会議室に移した。 「めずらしいですね、ディアッカが一人だけなんて」 「まぁな」 「なんの任務だ?」 「悪い。それ言えねぇんだわ」 おどけた様子のディアッカだが、黙っているということはそれなりに秘密事項が加わっていることになる。 ということは、危険な任務である可能性が高い。 「大丈夫なの?」 「平気だって。危険があるわけじゃないから安心しろよ」 そういってキラの頭をぐしゃぐしゃにかき回してくるディアッカ。 久しぶりに触れられたディアッカの手は、相変わらず大きくて暖かかった。 だが・・・。 なんだろう・・・。 ディアッカやアスランたちと話しながら、キラは違和感を感じていた。 やっと、久しぶりにディアッカと普通に話せてうれしいのに。 頭を少し乱暴にかき混ぜるのは、いつもと同じなのに。 なのに、違う。 何かが、違う。 なんだろう・・、胸が苦しい・・・。 何かが、キラの胸の奥で渦巻いていた。 そんなキラの不安もぬぐい取れないまま、無常にも時は過ぎていく。 あっというまにキラたちが調査へと向かう日が来てしまった。 あと数分もすれば、ヴェサリウスは調査対象のコロニーへと出発する。 「それじゃ、気を抜かずにちゃんとやれよ」 「おまえこそ、一人だからって気を抜くなよ」 「わかってるって」 挨拶もそこそこにヴェサリウスに乗り込むアスランたちの後に続こうとしたが、なぜかキラは立ち止まってもう一度ディアッカの元へと戻る。 「どうした?」 「・・・・この間のこと・・・・」 「もう気にしてねぇよ。ま、俺も多少はわるかったしな。キラも気にするな」 「・・・ん・・・・」 「ほらほら。任務前からそんなんでどうすんの。胸はって、ちゃんと仕事して来い」 「・・・わかった。ディアッカも、気をつけてね」 「ああ」 キラは後を惹かれる思いで、それでもヴェサリウスへと乗り込んでいった。 その様子を影で見ていたらしいクルーゼが、ディアッカの横へと立つ。 「本当に、君はそれでいいのか?」 「・・・・はい。それしか、もう方法ないっすから」 「君がそれでいいなら、私ももう、何も言うまい」 それだけ言うと、クルーゼもヴェサリウスへと足を進めた。 「あ、隊長!」 「なんだね?」 「俺が言えた義理じゃないのは分かってますけど・・・・キラのこと、よろしくお願いします」 「・・・・・・」 真摯な瞳で敬礼をするディアッカを無言で見た後、クルーゼは軽く片手を振ったまま再び歩き出した。 クルー全員が乗り込んだ後、ヴェサリウスは発信する。 「元気でな・・・・」 ディアッカの小さな呟きは。 キラたちに、届いたのだろうか。 |