「勝負だアスラン!」
「またか・・・」

部屋でマイクロユニットをいじっていた手が突然現れたイザークによって止められる。
まったく、勝負でかなわないからといってこういつも挑戦されていては身が持たない。
いい加減面倒くさくて無視しようとしても、こちらが受けるまでいつまででも引かないのだからたちが悪い。

「で、今日は何で勝負するんだ?」
「チェスだ!」
「はいはい」

言われたとおり、脇に片付けてあったチェスボードを取り出す。
今日はディアッカが一緒ではないようなので、ちょうど暇だったというニコルを立会人に勝負を始めた。

「珍しいですね、ディアッカが一緒じゃないなんて」
「・・・・あいつは今日は朝から姿がみえん・・・・・」

チェスボードを睨みながら答える。
そういえば、今日はディアッカの姿を見かけていない。
朝食の席でさえいなかったような気がする。

「そういえばキラさんの姿も見ませんね。一緒なんでしょうか」
「いや、キラなら朝隊長の部屋に・・・。ほら、次はイザークの番」
「やかましい!そのくらいわかっている!」

早くもアスランの優勢のようで、イザークはいらいらしながらもうなっている。
これはいつもより荒れるのも早いかもしれない、とニコルはそろそろとイザークの傍を移動し始めた。
・・・・そのとき。

「ディアッカいる!?」

と、いきなりキラがアスランの部屋に飛び込んできたのだ。

「キラ?」
「ねぇ、ディアッカ、ここにいない?」
「いや、ディアッカは来てないよ」

というアスランの言葉を聴いているのかいないのか、部屋の中をきょろきょろと見回している。
その様子に、勝負に熱中していたイザークも顔を上げてキラを見た。

「あいつなら朝から姿がないぞ。何かあいつに用事か?」
「用事・・・ていうか、なんか・・・いないなぁって・・・」

なんとなく探しているうちに、必死になっていたらしい。
確かに朝からまったく姿が見えないというのも変な話だ。
今はザフト本部にいるから、何か特別なことがあるわけでもない。
いわば、待機中のようなものだから。
クルーゼからも、何かあるとは聞いていない。

「僕、やっぱり探してくる!」
「キラ!?」

そんなことを話していると余計にいないことが不安になったのか、キラが再び部屋を飛び出して行ってしまった。
ともなれば、呑気にこのままチェスをしているのもどうかと思うが・・・。

「探しに行きます?」
「・・・・仕方ない」
「キラって、探し物苦手だしね」

ディアッカは別に物ではないのだけれど・・と心の中で思ったニコルだったが、別段それを口に出すこともせずにとりあえずはディアッカを探すべく部屋を後にした。








一方、キラはアスランの部屋を飛び出してから施設内をあちこち探し回ったのだが、どうしても彼の姿を見つけることができなかった。
食堂も探した。
会議室も。
訓練所も。
個人トレーニング用ジムも。
念のため整備中のヴェサリウスも。
なのに、ディアッカの姿はどこにもいなかった。

「どこ、いっちゃったのかなぁ・・・」

別段用事があるわけでもないのだからこんなに必死に探すことも無いのだが、なぜか不安になっていた。
ディアッカと、もう会えないような気がしてしまって・・・。
さすがにもうあきらめてしまい自室に戻ろうとして、ふとディアッカとイザークの部屋の扉が目に入った。
ここは一番最初に探しに来たのだがそこには誰もいなかった。
もしかして戻っているのかもしれないと思って部屋の中に連絡を入れる。

『はい』
「?ディアッカ?」
『ん、キラ?どうかしたか?』
「え・・と、別に用はないんだけど・・・・」
『そう?悪いけど俺、今取り込み中なんだ。用ないなら後でいいか?』
「あ、うん・・・」

忙しいなら、とその場を離れようとしたキラだったがそのディアッカとの通信から考えもしなかった声が聞こえてきた。

『ディアッカ、誰ですの?』

明らかに女の人の声。
その声に、キラは聞き覚えがあった。

「ディア・・カ、誰かと、一緒?」
『ああ、まぁな』
「誰と?」
『誰だっていいだろ。それじゃな』

ブツリと通信は途切れてしまったが、キラはなぜかその相手を確かめずにはいられなかった。
扉の開閉ボタンを押すが、パスワードがかかっていてそれは開いてはくれない。
教えられていたパスワードを入力してもダメで。
だが、キラにはこんなものを解除するのは朝飯前だった。
強制的にパスワードを打ち込んで入った部屋は暗く、ディアッカのベッドの上には重なり合った二人の影が浮かび上がっていた。

「・・・っっ」
「おまえねぇ・・・」

ショックを受けているキラをよそに、ディアッカはやっぱり入ってきたと言わんばかりに頭を掻きながらベッドから降りた。
その服は襟元が肌蹴ている意外は普通に着ていて、ちょっと安心した。
ディアッカが隠すように立ち上がった後ろで、ある女性が乱れた制服を着替えていた。




ケイト・ディラン




思ったとおり、彼女だった。
以前、キラがクルーゼ隊にいることは不愉快だとばかりに文句をつけてきた人たちのリーダーだった人。
昔、ディアッカと関係を持っていたことは後からイザークに聞かされていた。

「何、してたの?」
「何って、見てわかんない?」
「わからない・・・て・・・・」

襟を正そうともせずに椅子に座るディアッカ。
なんだか、普段のディアッカとは様子が違うように思って一歩引いてしまう。
が、それでは何の意味も無いと、キラは息を呑んでディアッカとケイトの二人を見た。
二人がやろうとしていたこと、そんなのいくら鈍いキラにだって分かる。
だけど、どうしても納得することができなかった。

「ディアッカ、これ以上ここにいても無駄なようですから私、帰りますわね」
「おう。また今度な」
「ええ、また」

ケイトが去り際、ディアッカの頬に口付ける。
それが嫌で、キラはケイトとディアッカの間に割り込んでディアッカの腕を取った。
ケイトはそれを見ると、勝ち誇ったかのように笑って部屋を後にした。
ケイトが出て行った後、無言の沈黙が二人の間に下りる。

「で、キラはなにがしたいわけ?」
「・・・・・・」
「お〜い、聞いてる?」
「・・・・・・」
「あのねぇ」

だんまりを続けているキラにディアッカも困っている。
それは分かっているのだけれど。
キラは、少し上にあるディアッカの顔を睨み上げるようにして、言った。

「もうあの人と会っちゃだめ!」
「はぁ?」
「だめ!絶対だめなんだから!」










「やだね」











「・・・え?」

キラの訴えをものともせずに、ディアッカはあきれた風に言った。

「なんだってキラの言うことを俺が聞かなきゃいけないわけ?」
「それは・・・っ」
「俺が誰と会って、何をしていようと、キラになんか関係あるの?」
「あ、あるよ!」
「へぇ、どんな?」

そういわれても、キラにはとっさに返す言葉が見つからない。
ただ、ディアッカがあんなふうに女性と一緒にいることがすごく嫌だったのだ。
そのことに理由なんて思い浮かばない。

「お、同じ隊の仲間だし」
「アスランやイザークたちだって同じ隊の仲間だけど、こんなときは知らない振りぐらいするぜ?イザークにいたっては同じ部屋だしな」

ディアッカがキラに一歩近づくたび、キラはわからない恐怖に一歩引いた。





なんだか、目の前にいる人が知らない人に思える。
ディアッカなのに。
いつも優しくて、頼りにできて・・。
なのに、今はこんなにも、怖いなんて・・・。






「ああ、それとも」
「え?・・・きゃっ」

いつの間にかキラはベッドにまで追い詰められていて、そのままの勢いでベッドに倒れこむ。
すぐに起き上がろうとするキラの上に、ディアッカが乗りあがる。
そのまま腕を押さえられて、キラは動きことすらできなくなってしまった。

「キラが相手してくれるって言うなら、話は別だけど?」
「・・・っ!?」









わからなかった。
どうしてディアッカがそんなことを言うのか。
いつものディアッカと、こんなにも違う。
ディアッカじゃない。
こんなの、ディアッカじゃない。









「泣くぐらいなら、こんなことするんじゃねぇよ」

ディアッカを見つめたまま涙を流しているキラを見て、ディアッカはため息をつきながらキラの上から起き上がった。

「今度は邪魔すんなよな」

そういい残すと、ディアッカは部屋を出て行ってしまった。

「・・・・ふ・・・・・ぇ・・・・・」

キラは先ほどまでつかまれていた腕を動かして顔を覆った。
強い力で掴まれた腕は、痺れたようにうまく動いてくれない。



怖かった。
すごく、怖かった。
でもそれ以上に、ディアッカにここにいて欲しかった。
なぜだか分からないけれど。
ここから、いなくならないで欲しかった。


「・・・め・・・なさ・・・・」



ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。


謝るから。
だから。
戻ってきて。





















「あ〜あ」

やってしまった。
ずっと抑えていたのに。
キラのあんな怯えた表情を見たくは無かった。

「もう、ダメか・・・」

すべてが、もう・・・・。




「あ、ディアッカ!」

名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアスランとイザーク、ニコルがいた。

「なんか用?」
「なんか用、じゃない。キラがずっと探していたぞ。何処に行っていたんだ」
「別に」
「別にって・・・」
「キラにならさっき会ったぜ」
「そうなのか?」

あえて平然に答えていたつもりだったのだが、ただ一人、イザークだけが鋭い視線でこちらを睨んできていた。
これは、何かに感づいたか。

「じゃ、俺行くとこあるから」
「待て、ディアッカ」

そういって立ち去ろうとした俺の襟を、イザークがぐいっと掴んだ。

「なんだよ」
「貴様・・・、キラに何をした?」
「別に何も。そんなに心配なら部屋行ってみれば?多分、まだ俺たちの部屋にいるんじゃねぇの?」
「ディアッカたちの部屋?」

その言葉にアスランたちは首をひねったが、逆にイザークはその意図を正確に感知したかのように身を翻して駆け出していった。
アスランとニコルもわけがわからないが、とりあえずディアッカを一瞥してからイザークの後を追った。

「あ〜あ、また殴られるのかな、俺」

そうであればいい。
誰かに罰してもらったほうが、ずっと気が楽だ。

それからディアッカはある部屋へと向かった。

「ディアッカ・エルスマンです。お話よろしいでしょうか?」
『入りたまえ』

中からのすぐの返答に、ディアッカはためらうこともなく開閉ボタンを押す。

「めずらしいな。何かあったのか?」

中にいたクルーゼは今まで処理していただろう書類を脇に寄せ、両手を組んでディアッカを見た。
だが、ディアッカはうつむいたまま、何も話そうとはしない。

「何かあったのか?と、聞いたんだが?」
「・・・・・・すいません・・・・・・」
「ん?」
「・・・・限界です・・・・」

ディアッカのその一言に、クルーゼは何もかも理解したかのようにそっとため息をついた。
座っている椅子を半回転させ、視界からディアッカの姿を消す。





「そうか」





重いその一言がディアッカの胸にのしかかる。







「すいません」







ディアッカは、ただその一言しか言うことはできなかった。