この日、アスランはいつもより早めに起きて食堂へと向かった。

なぜなら、今日はGパイロットの招集がかけられているからだ。

普通の仕事ならばともかく、隊長の前にでるのであれば、きっちりとした格好でいなければならない。

眠気まなこなどはもってのほかだ。

ということで、いつもより人の通りの少ない廊下を一人食堂へと進む。

 


食堂には思ったとおり、他のGパイロットであるイザーク、ディアッカ、ニコルがそろっていた。

Gパイロットである以上は軍きってのエリートであり、その服装は一般兵とは違うダークレッド。

すぐに見分けがつく。

そちらに合流しようとして近づいても、3人は自分に気づく様子もない。

イザークたちだけならただ無視をしているだけだとも解釈できたが、ニコルまでこちらに気づかないのはおかしい。

「どうしたんだ?」

声をかけたことでようやくアスランの存在に気づいたのか、3人がいっせいにアスランのほうに振り向く。

「あ、アスラン。おはようございます」

「遅い登場だな」

「ま、今から食事でも十分間に合うから、いいんじゃないの?」

そういうと、3人は中断していた食事を続けた。

アスランが朝食を手にして席に戻ると、食事はしているものの、やはりなにかを気にしている素振りを見せる3人に眉をひそめた。

「一体どうしたっていうんだ?」

「周りの観察力がないな、アスラン」

「なんだと?」

「まぁまぁイザーク。アスラン、あの端に座っている人を見てください」

「端?」

ニコルが指し示す先には確かに一人の私服姿の兵士がいた。

だが、兵士というには程遠い華奢な体だ。それに、今まで見たこともない兵士だ。

「誰もあの人のことを知らないようだから、最近乗ってきたらしいんですけど。どう見ても、僕たちとそう変わらないですよね」

このヴェサリウスの中では一番年齢の幼いニコルに比べても、まだ幼いように感じる。

まぁ、後姿だけなのでどうともいえないのだが。

「それに、あれは絶対女だね」

「女?」

「そうさ、あんな体格の男がいるもんなら見てみたいね。俺が言うんだから間違いない」

この中で一番女性関係に経験があるであろうディアッカの言葉は、なぜか重みがあった。

そうこうと言い合っているうちに、その人物は食事を終えたらしく、食器を持って立ち上がった。

見られていることを気づかれまいと、すぐに視線をそらす。

近くを通りすぎる人物の顔を4人はこっそりとのぞく。

(ほら見ろ、やっぱり女じゃないか)

(・・・・・・・・)

(ザフトに女性の兵士がいるなんて聞いたことないですけどね。しかも、あんな幼い)

(・・・・・・・・)

(おそらく志願兵だろうが、女がこんな戦場で何ができるというんだ)

(・・・・・・・・)

(アスラン?)

一人黙りこくっているアスランを見ると、アスランはその人物を凝視したまま固まっていた。

「ちょっと、アスラン。どうしたんですか?」

「・・・・・・キラ」

「え?」

ニコルには答えず、そのまま席を立つとその人物に近づき、肩をつかむと自分の方へと向かせた。

「やっぱり、キラ・・・だよね」

「アスラン!」

キラと呼ばれた人物はすぐに笑顔に変わるとそのままアスランへと抱きついた。

「久しぶりだね、元気だった?」

「キラ、なんでこの艦にいるの?」

「なぜって、僕も今日づけでクルーゼ隊に入ったんだ。これからはずっと一緒だよ、アスラン」

抱きついた状態のままでにっこりと微笑む。

だが、抱きつかれたままのアスランはキラの言葉に呆然としていた。

キラがクルーゼ隊に入った?

確かにキラと別れてから6年間、一度も会っていなかった。しかし、あの争いごとが一番嫌いで泣き虫だったはずのキラが、どうしてザフトなんかに入っているのか。

「あの〜、お二人は知り合いなんですか?」

側で成り行きを見守っていたニコルがおずおずと聞いてくる。

いまだに固まったままのアスランに変わって、キラがにっこりと笑いながら答えた。

「そう。アスランとは月の幼年学校の時の友達なんだ。アスランがプラントに行く時に別れたきりだから、6年ぶりかな」

「そうなんですか・・・」

ようやくアスランから離れたキラは、側に置いておいた食器を片付けるために側を離れた。

「ちょっとアスラン、どうなってるんですか?」

「それはこっちが聞きたい。まったく、何を考えているんだ、あいつは」

「女性の方、ですよね」

「ああ。昔は男の格好ばかりしていたがな。確かに女だった」

いらいらと髪を掻きあげる。

いつも冷静沈着で、何事にも動じないアスランにしてはめずらしい行動だ。

「どうでもいいが、お前の知り合いなら話は早い。さっさと軍を辞めるように説得して本土へと送り返すんだな。女など、戦場では邪魔になるだけだ」

「あ、ああ・・・」

明らかに女性を見下した言い方をするイザークに批判はあったものの、キラをこのまま軍においておくわけにはいかない。

戦場では多くの人々が戦死し、あるいは犠牲となっていくのだ。

そんな消えていく命の炎の数々を、あの優しいキラが受け入れられるわけがない。

「女というだけで無能と判断する男はただの馬鹿だよ、イザーク・ジュール」

いつの間にか戻ってきていたキラが言った。

「馬鹿だと?」

「そう、馬鹿」

明らかに機嫌を悪くしたイザークを前にしても、何も気にしないという風にそういってのけるキラ。

横ではニコルとアスランが顔を青くしていた。

「女が戦場でなんの役にたつというんだ?ナチュラル共であるまいし、ザフトに女は要らない」

「性別で物事を判断するなんて、人間が小さい証拠だよ。ザフト軍のエリートパイロットっていうぐらいだから、もうちょっと考える頭があると思ったんだけどな」

「きさまっ!」

イザークはキラにつかみかかると、そのまま壁へと押し付けた。

「・・・・・っ」

「イザークやめないか!」

アスランとニコルが停めようとするが、それをも振り払いキラの首元を締めている手に力を込める。

ディアッカはというと、おもしろそうに少し離れたところで傍観していた。

 



「何をしている」

ちょうどいいタイミングと言っていいのか。

食堂の入り口にはクルーゼ隊長が立っていた。

そばに兵士がいるところを見ると、見るに見かねた一般兵が自分たちで止めるのを無理だと判断し、クルーゼを呼びに行ったらしい。

さすがのイザークもクルーゼの前で醜態をさらし続けることはできなかったらしく、すぐにキラにかけていた手を離した。

急に入りこんできた空気に、キラは咳き込んで座り込んだ。

その横に心配そうな顔をしてニコルとアスランが膝をつく。

「キラ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、これぐらい」

「イザーク、謝ったらどうですか?」

ニコルが言ってもイザークは相手にしようとはせずにそっぽを向いてしまう。

「もうすぐ召集の時間だ、全員身なりを整え格納庫へ集合」

「格納庫、ですか?」

「そうだ」

昨日受けた連絡では、ブリッジに集合せよとのことだったが、変更があったのだろうか。

「了解しました」

イザークとディアッカはクルーゼに敬礼を返すと、すぐに食堂を出て行った。

「キラ、君は制服に着替えてからだ」

「は〜い」

「ちょ、キラ」

上官に対する口の聞き方とは思えないキラの返事に、アスランは思わずたしなめた。

過去、上官への態度が悪いという理由で辺境の軍へ飛ばされた兵がいたという実例がある。

「なに?アスラン」

「いや、なにって・・・・」

「そんなことより、集合まであと10分だ。遅れないように」

そういうと、クルーゼは食堂を後にした。

下官の上官に対する口の聞き方では、クルーゼは厳しいほうだったと記憶していたのだが。

「じゃ、僕も着替えてから行くね」

そういってキラも食堂から出て行った。

残されたアスランとニコルは、不思議に思いながら顔を見合わせる。

といっても、集合に遅れるわけにも行かないので、二人もそうそうに食堂を後にした。