アスランがクルーゼ隊に所属されて、早1ヶ月。 トップでアカデミーを卒業したアスランを始め、ニコル、イザーク、ディアッカ、ラスティは日々厳しい訓練にたえ、一日も早く戦場で活躍できるように努力を怠らなかった。
そんなある日、なぜかクルーゼ隊の艦、ヴェサリウスの中があわただしかった。 アスラン達新人兵以外は、皆浮き足立っている様子だ。 それはミゲルとて例外ではない。 いつもは軍服を着崩している彼だが、今日は襟元まできっちりと止めて仲間達と食事を取っていた。 「ミゲル、今日は何かあるのか?」 同じく食事を持ったラスティがミゲルに話しかけながら隣に座る。 それに習ってアスラン達も一緒の席に着いた。 「おう、お前ら。喜べよ、クルーゼ隊の副官が、今日の1500にこの艦に戻ってくるらしいんだ。今日のクルーゼ隊長の外出もそれが目的らしいぞ」 「え、でもクルーゼ隊長は評議会の方へ行かれたのでは・・・」 「まぁな。でも、あくまでそれはついで。クルーゼ隊長は副長を迎えに行ったんだよ」 ミゲルが嬉しそうに言う。 普通、副官が帰ってくるということは、監視役が増えるということで下っ端の兵士にしてみればいやなのではないだろうか。 だがこの反応はミゲルだけではなく、他の先輩の兵士も同様のようで、皆顔がにやけている。 そのくせ、服装などはきっちりとしているのだから、不思議だ。 「何がそんなに嬉しいんだ、副官が帰ってくるというだけだろう?」 「ああ、お前らはまだ会ってないからそう言えるんだよ。ま、今日のうちに会うことができるだろう。なんせ、入った新人全員が赤なんだからな」 「はぁ・・・・」 「そうそう、忠告しておくが、副官を見た目で判断するなよ。線は細いが、そんじょそこらのやつとはわけが違う。特にパイロットの才能は格別だ。なめてかかると痛い目にあう」 「それは一度手合わせ願いたいね」 「やめとけよ。今のお前じゃ、まず返り討ちだね。まぁイザーク・アスラン辺りがまだいい勝負ができるってぐらいだな」 俺なんか、10分ともたなかったんだぜ〜。 そういうだけ言うと、ミゲルは食器を戻して食堂を出て行ってしまった。 あれでも、ミゲルは一般兵の中ではかなりの優秀なパイロットだ。 自分達のように赤を着ていないのが不思議なくらいに。 その彼が、10分と持たなかった? どれほどすごい男なのか、想像もつかなかった。 「今日中に会えるらしいから、一度見てみたいな」 「そうですね」
ミゲルの言葉どおり、副官とやらはクルーゼ隊長がつれて戻ってきたそうだ。 だが、2人が帰還したとき、入り口は兵士の人だかりができており、アスラン達には副官の姿を捉えることができなかった。 どうにかしてみようとしているうちに、クルーゼ隊長と副官は部屋の中に入ってしまったようだ。 残念、とばかりにしているアスラン達の前を、副官を見れたという兵士が話しながら通っていった。 「おい、俺見たぜ!あいかわらずかわいかった〜」 「ほんとかよ。俺なんか、背中見えただけだぜ?」 「日ごろの行いかな。いや、あいかわらずというより、以前より美人になっていたな、絶対!」 「マジかよ。見たかったなぁ」 そういいながら話していく兵士をアスラン達は聞き耳を立てながら見送った。 そして周りから人がいなくなってから、ようやく口を開いた。 「なんか、かわいい人・・・のようですね」 「みたいだな」 「というより、あの人だかりはなんなんだ?」 「先輩達の態度、なんか異常じゃね?」 「それに、美人って・・・。軍人だろう?」 アスラン達は妙なひっかかりを抱えたまま、仕事へと向かうことになった。
「おい、お前ら今すぐブリッチに来い。急げ!」 格納庫で作業をしていたアスラン達をミゲルが慌しく呼びにきた。 何かあったのではないかと、自分のしていた作業を一時中断してミゲルの後に続いた。 「おい、ミゲル。何があったんだ?」 詳しい説明をしてくれないミゲルにラスティは痺れを切らして問いかける。 「副長がお前らに会うからブリッチに連れてきてくれとじきじきに頼んでくれたんだ!あ〜、副官と直接話ができるなんて、今日はなんてついてるんだ!」 と、興奮しきっているミゲルを横目に、アスラン達は方をすくませる。 副官と話をしただけでどうしてこんなに感動できるんだ? とどうこうしているうちに、ブリッチについてしまった。 まだクルーゼ隊長と噂の副官は来ていないらしく、中にはオペレーターが何人かいるだけだった。 「まだのようだな」 「たりまえだろう?どうして一般兵の俺達が隊長と副官を待たせるなんてことできるんだよ」 「確かに、それはそうですね」 「いいかお前ら。くれぐれも!副官に失礼がないようにな」 念を押すようにミゲルがいう。 そうしている間に、クルーゼがブリッチに到着したようだ。 ミゲルを初め、アスラン達は敬礼をして迎えた。 「私の留守中に何か問題はなかったか?アスラン」 「はっ、万事ぬかりなく。問題ありません」 「そうか。イザークの方はどうだ?」 「はっ、こちらも問題なく、任務についております」 「ちょっとラウ!そんなとこに立ってたら私が見えないじゃないか」 とイザークが答えるのと同時に、クルーゼを前に押し出すようにして、一人の兵士がブリッチへと入ってきた。 その兵士を見て、イザークたちは唖然とした。 なぜか? それは、自分達とさして代わりのない年のはずの人間が、クルーゼと同じ隊長服を着ていたからだ。 それに今の言葉は・・・。 隊長にこんな言葉を使う兵士など、この艦にはいないはずなのだ。 「ああ、すまないなキラ」 「まったく。あ、ミゲル新人連れてきてくれたんだね、ありがとう」 クルーゼの隣に当然というように立ち並んだその人物はミゲルに向けてにっこりと微笑んだ。 「はっ、もったいないお言葉です」 「そう堅苦しい言葉使わなくてもいいのに」 ぷ〜と膨れたような顔をして、今度はアスラン達、新人の兵士をゆっくりと眺めていった。 「本当に今年の新人は赤だらけなんだ・・・。なんか新鮮だね」 「そういう君も、以前は同じだったんだがね」 「ま、そりゃそうだけどさ」 キラは面白そうにアスラン達を眺める。 イザークたちといえば、穴が開くほどキラのことを見つめていた。 敬礼をしたままで、固まっていた、というのが本当なのだが。 だが一人だけ、その人物を見て違う反応を示しているものがいた。
アスランだ。
「キラ・・・」 「アスラン?」 ポツリとつぶやいたアスランに気づいたニコルが声をかける。 だが、アスランはそんなことには気づかないでその人物へと手を伸ばした。 「キラ!」 「え、ちょ・・・、何?」 いきなり肩を掴まれて、驚いたようにアスランに向き直る。 「キラ・・、キラ・ヤマトだろう?なぜお前がこんなところにいるんだ!」 「ちょ、何を言っているんだよ。確かに私はキラだけど」 「おい、アスラン!副官になんてことを!」 副官! ミゲルの言葉に、アスランだけでなくイザークたちも驚いた。 では、この人物が、ミゲルや他の兵士を魅了しているあの噂の副官なのか! ミゲルに引き離されたアスランは呆然と見つめる。 その人物は掴まれて乱れた軍服を調えていた。 「自己紹介が遅れたね。私はキラ・ヤマト。クルーゼ隊の副隊長をしている。昨日まで特務で隊を離れていたけれど、今日からまた戦場に復帰した」 よろしく、というようにキラはアスラン達に向けて敬礼をした。 それにつられるようにして、自分たちも敬礼をあわてて返した。 だが、アスランだけはまだ納得がいかないような顔をしている。 「アスラン・ザラ。おそらく君の知っているキラ・ヤマトと私は別人だよ?」 「嘘だ!名前が同じで、顔が一緒で!そんな偶然・・・っ」 「あるんじゃないの?だって実際に私は君のことを資料でしか知らない」 「おいアスラン。お前が言っているキラっていうのは以前話してくれた幼馴染のことだろう?」 「あ、ああ」 ミゲルが捕まえていたアスランの腕を解いて聞いた。 「お前、そいつ男だって言っていたよな。副長の姿、みてみろよ」 ミゲルに言われて初めて気がついた。 『キラ』副長が身に着けていた軍服は女物。 「女・・・・性?」 「そういうことだ」 「じゃ・・・、本当にキラじゃないのか?」 「だからそういってるじゃないか。でも・・・、幼馴染なんだね、そのキラという子」 『キラ』副長はもう怒っていないというようにふっと笑うとアスランに問いかけた。 「その子と、会ってないの?」 「月の幼年学校時代の幼馴染で・・・。私がプラントに移って以来、会うどころかお互いの連絡さえとれていません」 「そっか・・・・。でも、大丈夫。多分、元気にしているよ、その子」 「ありがとうございます。失礼をして申し訳ありませんでした」 「いいって。じゃ、ラウ僕もう自室に戻るから、ここよろしく」 「ああ」 それだけ言うと、『キラ』副長はブリッジを出て行ってしまった。
「どういうつもりなのさ!」 クルーゼが部屋に戻ると同時に、キラはクルーゼに向かって叫んだ。 一緒に投げてきた枕を片手で受け止めながら、クルーゼはキラの側に近寄った。 「どうとは、なんだね?」 「アスランだよ!なんで彼が隊に所属されたことを黙っていた?アスランが僕と幼馴染なの、ラウも知っているでしょ!」 「ああ、そのことか」 キラの隣に腰掛ける。 「正直、見てみたいと思ってね、君とアスランがどういう風に再会するのかを」 「悪趣味」 キラはクルーゼに寄りかかった。 ふっと笑うとクルーゼはキラの髪を梳くようにして撫でる。 そのままゆっくりと顔を近づけてキスをしようとするが・・・。 「やだ」 といって、拒否されてしまった。 「なぜ?」 「僕の恋人は、ラウだもん。だから、『クルーゼ隊長』とはキスしない」 キラが言っているのは仮面のこと。 クルーゼは絶対にこの仮面を外さない。 なぜ、どうしてということは絶対に答えてはくれない。 彼の素顔を知っているのはただ一人。キラだけなのだ。 仮面を外してコトリと机に置くと同時に、キラの方からキスをした。 「ん・・・・・」 「久しぶりだな、キラの唇は」 「僕も・・・。やっぱり、1ヶ月は長いな・・・」 「そうだな。私もキラが側にいないのはこれ以上我慢できなかっただろう」 「本当?」 「ああ。なんせ、私はキラなしでは生きていけないからな。キラを手放すぐらいなら、宇宙中を敵に回したほうがましだ」 「大げさだよ」 と口ではそういってみても、キラは嬉しそうにクルーゼの首に腕を巻きつけて抱きついた。 クルーゼもそれを当然とばかりに抱き返す。 しばらくの間、じっと互いの呼吸と体温だけを感じていた。 軍に身を置いている2人には数少ない、安心と安堵のできる時間だ。 「どうして、アスランにあんなことを?」 「ん?ああ、あれね・・・」 アスランの言う『キラ・ヤマト』とキラは確かに同一人物だ。 でも、決してそれを気づかれるわけには行かない。 「知っているでしょ?僕は軍に入ると決めたときに、以前の『キラ・ヤマト』を棄てたんだ。だから、アスランの言う『キラ』は僕じゃない」 「そうか」 戦争や争いごとが大嫌いだったキラは、軍に、そしてクルーゼ隊副隊長に選ばれたとき、戦争嫌いの自分を棄てた。 それしか、強くなる方法がなかったんだ。 「以前の弱虫、泣き虫じゃ、戦争なんてできないもの」 「分かっている。だが、覚えておいてくれ。私はどんなお前でも愛せる。たとえ、戦争ができない甘えた考えのお前でも。戦わなければならないと決意を固めているお前でも」 「ラウ・・・」 クルーゼはキラを強く抱きしめると・・・
長い、長いキスを落とした。
あとがき まずはじめに。 |