「君も一緒に来るんだ!」 そう言われて伸ばされた手を、どうして拒めなかったんだろう。 『明日』 ここはとある部屋の一室。 レイはベッドに横たわったまま、ぼんやりと窓の外に広がる空を見ていた。 戦争は終わった。 けれど、自分は生きている。 大切な人を・・・・この手にかけて。 わからない何かを、守るために。 「あ、起きた?」 そういって入ってきたのは、レイが誰よりも恨み、妬み、そして・・・どこかうらやんでいた人。 キラはにっこりと微笑むと、レイが見上げていた窓を大きく開け放った。 冷たくて気持ちいい風が部屋の中へと入ってくる。 海の近くだからだろうか、かすかに潮の香りがするような気がする。 「気分はどう?怪我は痛まない?」 そういって覗き込んでくる。 レイはそれに答えるでもなく、視線を再び窓の外へと向けた。 戦後、連れ帰ったレイの帰還をシンやルナマリアはとても喜んでいた。 けれど、レイ自身まだ生きていることへの実感もなく、ただただ促されるままにぼんやりと手当てを受けていた。 ほとんど生きる気力をなくしていたレイを、キラは退院とともに引き取った。 退院した、といってもまだ完治にはほどとおく、ほとんどがベッドに横になるだけの日々。 体の傷は、もうほとんど回復している。 だが、心に負った傷はそう簡単には癒えてはくれない。 「あなたは・・・」 「なに?」 「どうして、俺を助けたんですか・・?あなたが手を差し伸べなければ・・・」 俺は、ギルとともに・・・。 「そうするべきだと思ったからだよ」 「なぜ?」 「だって、君は生きているもの。生きて、これからも生きていく人間でしょう?」 「俺には生きる理由なんて、もうない。俺のすべてだったあの人は、俺が・・この手で・・・」 あの銃を撃った感触がまだ手に残っている。 どうして、あんなことをしてしまったのか。 ずっと、あの人がいうことだけが正しいのだと信じていたのに。 あの人がすべてだったのに。 どうして、彼の明日を望んでしまったのだろう。 「謝らないからね」 「何をですか?」 「君を助けたことを」 「・・・俺が、生きることを望んでいなくても?」 「助けるよ。だって、君はまだほとんど生きていない、たったの十数年しか世界を見ていない。君は、まだ生きることができるから」 生きることができる? そんなことは無理だ。 この命があとどのくらいもつのかなんて、俺にもわからない。 それでもやっぱり、時間とはすごいものだ。 戦争が終わって1ヶ月がたつころには、レイの傷は完全に癒えて起き上がれるようになった。 けれど特に何かする、何かしたいわけでもなくただ海を眺めて毎日を過ごす。 ここが孤児院だってことは、ちょっと前に聞いた。 みんな戦争孤児だろうが、いつも笑っている。 「レイ、散歩いかない?ラクスや子供たちはもう行ったんだ」 ふとそう言われて、断る理由もなくキラについて行った。 海辺への散歩は時々キラやラクスに誘われるままに出てくる。 この広大なだけの海。 けれど、それを不思議と嫌いだとは感じなかった。 「いい天気だね」 「そうですね」 「明日あたり海岸でバーベキューでもしようか、アスランたちも呼んでさ」 「そうですね」 「ああ、でも日光がきついからテントとかも張らないとね」 「そうですね」 「・・・・・レイ、君、僕の話きいてる?」 「一応は」 あいかわらずな反応にキラはため息をついた。 「・・・・まだ、わからない?君の生きる意味が」 まっすぐに自分を見るキラの瞳を、レイが見返した。 わからない。 自分が生み出された意味は、彼が誕生するための布石だった。 望まれた生命ではない。 望んだ生命ではない。 今まで、ギルが言うことが、行動が、彼のすべてが正しいと思い、それに従って生きてきた。 それが、自分が生きる意味だと思っていたから。 「キラ〜!こっち、こっち来て!」 二人の沈黙を破るかのように、幼い声がキラを呼ぶ。 キラはそっちに手を振ると、再びレイを見た。 「ゆっくり考えようよ。君には『明日』があるんだから」 そういって、キラは行ってしまった。 レイはその後姿を見送ると、近くの木陰に腰掛けた。 『明日』なんて、いつまであるかわからないのに。 なんだ? やさしい声が聞こえる・・・。 これは・・・ 歌声・・・・? 何かに導かれるようにレイは目を覚ました。 さっきまであんなに高いところにあった太陽が真っ赤にそまり、海に消えようとしていた。 きれいだと思う。 何度見ても。 美しいけれど、なんとなく物悲しくもあるような気がする。 「お目覚めになりましたか?」 ふと耳元で聞こえた声に、レイははっとして体を起こした。 「し、静かに。みなさん、まだ眠っていますから」 人差し指を唇にあわせてささやく彼女は、やわらかく微笑んで膝にもたれて眠っている子供の髪をすいていた。 どうやら、知らない間に眠っていて、ラクスの肩を借りていたらしい。 よく見たら、自分の膝を枕に眠っている子供もいるし、レイとは逆側にキラが今も静かに寝息を立てている。 「みなさん、お昼から元気に遊んでいたので疲れたんですね。たまにはこういうのもいいですわ」 「俺は、いつから・・・」 「みつけたのはその子ですわ」 レイの膝にもたれて眠っている子供を示す。 その小さな手は今もレイの手をぎゅっと握っている。 「よく眠っているので起こしてはいけないといったのですが、どうしてもこの子があなたの側を離れないと言い出して。それで、みなさんでここでお昼寝です」 「もう、夕方のようですが」 「あら、そうですわね」 ふふっと微笑む彼女は本当にきれいだと思う。 今なら、彼女が平和の象徴となっていた理由がわかる気がする。 それにひきかえ、自分は・・・。 「明日がわかりませんか?」 「っ!?」 「それとも、明日が怖いですか?」 「何を・・・」 「明日を生きることが不安ですか?」 この人は、一体何を・・・ 驚くレイをよそに、ラクスは微笑んでこういった。 「明日が正確にわかっている人なんて、この世にいませんわ。明日がわからないから今日を生きる。そして、明日があるから人は生きていけるのだと、私は思います」 「今日を、生きる・・」 「楽しいことばかりではありません。いやなこと、怖いこと、悲しいこと、つらいこと、たくさんあります。でもそれをそうだと感じるのは、私たちが生きているからではないでしょうか。明日に向けて、生きているから」 「でも、俺はもうそれほど生きてはいません。そのうち、俺の命は尽きる。もともと、望まれたものじゃない命だ。生まれてくる意味事態、俺にはなかったはず」 まして、今俺のことを望んでくれる人なんて・・・ 「たしかに、生まれてくる意味はないのかもしれませんね」 「・・・・」 目を閉じたレイの頬にやさしい手が触れた。 「でも、あなたには生まれた意味があるはずですわ」 「・・・・ありませんよ、そんなの」 「いいえ、必ずありますわ。生まれてくる意味なんてほとんどの人間が持っていないはずですわ。生まれた瞬間、その身がこの世に生み出された瞬間に意味を成すのですわ。それは本当にそれぞれ違うでしょう。あなたの場合は少々複雑ですが、必ずその生命に意味があります。もしわからないのならばそれを一緒に探していきましょう」 「無理ですよ、俺にはもうほとんど時間は残されていない・・・」 「あら、大丈夫ですわ」 ラクスはポケットから何かを取り出すとそれをレイに差し出した。 「それは・・・」 ギルにいつももらっていた薬。 彼がいなくなった以上、それももう作られることはないはずなのに。 「あなたの手元にあった薬をキラとアスランが改良して作りましたの」 「作った・・!?だけど、キラはいつもこっちにいって・・・それに、なぜそんなことを・・・」 「もちろん、あなたの『明日』のために、ですわ」 「っ!!」 レイは手渡された薬をじっと見つめた。 「キラもアスランも、あなたに生きていてほしいんです。もちろん、私も。それに、シンやルナマリアもきっとそれを望んでいますよ」 「・・・・・・」 「もっと、自分を信じなさい。ほかの誰でもない、レイ・ザ・バレルという存在を」 「俺を・・・」 「そう、あなたを。あなた自身を」 信じる。 俺の生きる意味を。 俺の、明日を。 未来を・・・・・・・。 |