キラが完全に寝たことを確認して、イザークはそっとキラの手を離した。 急に離れたぬくもりに微かに身じろぎするキラだったがよく眠っていて起きる気配はない。 それにほっとしつつも、イザークは立ち上がって部屋を出た。
「大丈夫かな、キラ」 「多分・・。イザークさんが来てくれたのにダメだったら、もう私たちじゃできることないじゃない・・・」 談話室にはカガリ、ミリアリア、マリュー、トノムラ達、キラをよく知っている人物が心配そうに集まっていた。 イザークがアークエンジェルに来てからはや2時間がたとうとしている。 当初、キラがあんなふうに拒絶するとは思っていなくて、側にいたカガリはかなり驚いた。 その話を聞いたミリアリアたちも驚いたが、その後部屋に残ったイザークが出てこないことからようやくキラも落ち着いてくれたのだろうと推測はできた。 だが、それはあくまで推測だ。 今部屋の中で二人が何をしているのか、知る術はない。
「おい」
なにやら重い空気が漂い始めた頃、談話室にイザークが現れた。 「イザーク君」 「キラの様子は?」 「何か話したか?」 「少しは落ち着いた?」 イザークの姿を見つけるなりまくし立てられる質問にため息をつき、イザークは近くのソファに腰を下ろした。 カガリたちも立ちあがった状態から再び座ると、イザークに落ち着かない視線を向けた。 「・・・・・キラなら今眠っている。大分落ち着いたから心配しなくていい」 「そっか、眠ったか・・・」 最近キラの眠りが浅いことを知っているカガリは安堵のため息を零す。 だが、次のイザークの発言に、カガリは驚きを隠せなかった。
「俺はキラを連れてプラントへ戻る」
それはあまりにも意外な言葉だった。 「お、お前それはどういうことだ!」 カガリが思わずイザークに飛びつき胸倉を掴み上げる。 その腕を煩わしそうに振り払うとイザークは乱れた襟元を正した。 その間にミリアリアがなんとかカガリを落ち着かせてイザークに続きを促す。 「これ以上、俺はキラを戦場においておくつもりはない。あれ以上傷つくあいつを見ていられないからな」 「それは、キラ君も承諾してのことなの?」 一人マリューが落ち着いた声でイザークに訪ねた。 だが、その心中は誰よりも穏やかではないことは、付き合いの長いミリアリアやトノムラには一様にして感じていた。 「話したが、恐らくあいつは覚えてないだろう。キラが目覚めてもう少し落ち着きを取り戻したら、もう一度話してみるつもりだ」
イザークの瞳に迷いはなかった。 キラを守ることへの絶対の自信。 キラの心を癒すことができる、唯一の人。
「だから、お前達にこれだけは言っておく」 一度全員を見回して、イザークははっきりと告げた。
「キラを引き止めるな」
と。 「え・・・?」 「どういう意味?」 「わかるだろう?キラは優しい・・・・優しすぎるんだ。もしお前達の誰か一人でも引き止めれば、キラはアークエンジェルを去ることを戸惑うだろう。たとえ心がこれ以上戦うことを拒んでも」 そう、キラは優しいのだ。 だからこそ、人一倍傷つき、人一倍苦しんでしまう。 もうこれ以上傷つかないように。 戦いのない、温かな場所で守ることができたら。 「だからこのことに関して、お前らはキラにはなにもいうな。俺が言いたいのはそれだけだ」 それだけ言うと、イザークは立ち上がって談話室を後にした。 そんなイザークに声を掛けることは、ここにいる人間誰一人としてできなかった。
ふと目を覚ますと、周りには誰もいなかった。 「イザーク?」 キョロキョロとキラは周りを見回すが、狭い部屋の中にイザークの姿はなかった・・・。 「・・・・夢、だったのかな・・・・」 イザークが側にいてくれたような気がしたのに・・・・。 抱きしめて、手を握っていてくれたように感じた。 「もっと、眠っていればよかった」 夢でも、イザークにあえたから。 偽りのぬくもりでも感じることができたから。 「イザーク・・・・」
「呼んだか?」
シュンっと音を立ててイザークが部屋の中に入ってきた。 いきなり部屋の中に入ってきたイザークを見て、キラは目を丸くした。 「どうして・・・・」 「なにがだ?」 「だってイザークがここにいるはずない」 「寝ぼけているのか?俺はここにいるんだよ、キラ」 くしゃりと髪を撫でてくれるのは自分より大きなイザークの手。 イザークがよくしてくれる、優しい癖。 「ほんとにイザークなんだ・・・」 「なんだ、そんなに信じられないのか?」 「うん・・・」 じ〜とイザークの顔を見つめるキラに苦笑しながら、その目の前に食事を差し出す。 「最近食ってないそうだな。以前よりやせているぞ」 「そうかな?」 「そうだ。ちゃんと食え」 「でも、僕おなかすいてないよ?」 言外に食べたくないといっているキラにため息をつくと、イザークはキラの横に座りその体をおもむろに膝の上に抱き上げた。 「え?」 驚いたのもつかの間、気が付けばキラはイザークの片腕にすっぽりと抱きこまれていた。 イザークはサイドテーブルを手元に持ってくると、少しだけすくって冷ましてからキラの口元へと差し出した。 「え、え?」 「ほら、早く口開けろ」 言われるままに口を開けば、そっと口の中に運ばれる。 ふわりと広がる味はキラの好み通りのあっさりとしたもので、意外にすんなりと喉を通ってくれた。 「うまいか?」 「うん、おいしい・・・」 「そうか」 その調子で少しずつキラの口に運んでいった。 急がずにゆっくりと、まるで雛鳥にえさを与えるように。
「ごめん、もう無理・・・」 中身を2/3ほど食べたところで限界を迎えたキラは満腹を示した。 正直いえばもう少し食べてほしいところだったが、急に食べる量を増やすのも悪いだろうとイザークはあっさり引いた。 キラを膝に乗せたままイザークは食器をまとめてサイドテーブルを元の位置まで動かしてからキラの方を見た。 「話をしようか」 「え?」 「なんでもいい。キラが俺と離れている間に何をしていたのか、どんなことがあったのか。メールやTELで聞けなかったことを話してくれ」 「うん!」
イザークと一緒に居ることができる。 キラには、これ以上に幸せなことなんてなかった・・・。
イザークがアークエンジェルに来て早日3日が経とうとしていた。 イザークが側にいることでキラはどんどん元気を取り戻し、すっかりいつもの明るいキラに戻っていた。 そのことにアークエンジェルのほかのメンバーも喜んでいたが、その中でもミリアリアとカガリは時折浮かない表情を見せていた。 「キ〜ラ、ちょっといい?」 「ミリー、どうしたの?」 部屋にいたキラとイザークの元にミリアリアとカガリが訪ねてきた。 「ちょっと見てほしいところがあるの。お願い、付き合って?」 「うん、いいよ」 立ちあがったキラに付き合ってイザークも立ち上がったのだが。 「あ、イザークはこっち頼めるか?」 「カガリ?」 イザークの腕を取って、カガリがキラとは別の方向へと連れて行こうとする。 「イザーク・・・・」 離れることに心配そうな表情を見せるキラに、イザークは髪をクシャリとかき混ぜて微笑んだ。 「また、後でな」 「・・・・うんっ」
少しだけ離れるだけ。 そう、少しだけ。
イザークの言葉に少しだけ勇気をもらって、キラはミリアリアと共に歩き出した。 「・・・・・話がある」 「だろうな」 キラがいなくなったことでカガリの表情は消え去り、冷め切った目でイザークを睨みつけていた。 |