パチッ

 

キラは微かな音に、不思議と目を覚ました。

辺りは静かな闇が支配していた。暗闇に慣れた目で辺りを見回してみると、中心に燃えていた火が今は赤く燻るだけとなり、煌々と照らしてくれていた明かりはすでに消えていた。

キラを起こしたのは、薪となっていた木が崩れ落ちる音だったのだろう。

ふと、キラは正面に座っている少年に目を留めた。

イザークも今は眠っているらしく、片膝に腕と額を預けながらうつむいていた。

火が消えてからずいぶんたつのか、空気はいやに冷えている。

キラもまとっている毛布があるからいいものの、さすがに寒い。

そこではっとキラはイザークを見た。

この毛布をキラが使っているからなのか、イザークは何もかけ布らしきものを身に着けていない。

動きやすいようにとパイロットスーツは薄手の生地でできているため、イザークの方がキラよりも寒いはずなのに・・・。


返したほうが、いいよね・・・・

キラはイザークを起こさないようにそっと立ち上がると、その近くまで音を立てないように慎重に近づいた。

キラが近くによっても起きるような気配はなく、知らずにほっとする。

とてもよく眠っているところを見ると、やはり疲れているのだろうか。


当たり前、か。


彼はずっとあのデュエルのパイロットとして、激しい戦争の中を駆け巡っているのだから。

キラとは、敵になるものとして。

キラは自分の体を包み込んでいた毛布をはずすと、そっとイザークの体にかけようとした。

が・・・・。
その瞬間。


「っ!?」


いきなり目を覚ましたイザークに襟を捕まれ、地面へとたたきつけられる。

「貴様、何をしているっ」

驚いたのはイザークも同じなのか、キラを掴む手の力とは反対に表情は困惑している。

事実、イザークはキラが近づいてきたから目を覚ましたのではなく、兵士として眠っているときに近づいてくる誰かに対する反射神経だったのだ。

「いた・・・・っ・・・」

「何をしようとした、と聞いたのだが?」

「も・・・・・・ふ・・・・・・」

「なに?」

首を絞められているためにうまく話すことができないが、キラは空いている手でイザークの膝にかけられている、正確には飛び起きたときに落ちてしまった毛布を指差した。

「これを、俺にかけようとしたのか?」

「・・・ん・・・・・」

今度はあっけにとられたような表情で、イザークはキラを掴んでいる手を離した。

途端空気が逆流してきたように肺に入り込み、キラは激しく咳き込んだ。

イザークはキラの体を起こし、背中をさするようにして支える。

「悪い、とっさのことで手加減ができなかった」

「ん・・、大丈夫、だから」

肩で息をしながらも、キラは微かな笑みをイザークに向けた。

それを見てほっとしたのか、イザークはまた同じ場所に座りなおすと自分の膝に掛けられている毛布をまたキラの体へと掛けた。

「ちょ、これは・・」

「着ていろ。この辺りは昼とは違い夜は格段に冷え込む。風邪を引きたいのならば、別にかまわんが?」

「だめだよ。これはあなたのなんだから、あなたのほうこそ風邪を引いてしまう」

「俺はそんに柔な体の鍛え方なんてしていない。それに、コーディネーターが病気になるわけがないだろうが」

だからといって、イザークはキラに毛布を押し付ける。

それを反射的に受け取ってしまったキラだったが、まだ表情は納得してはいないようだ。

素直に受け取ることもせず、けれどもどうしていいか分からないという風なキラを見て、イザークは一つため息をつくとぐいっとキラの体を引き寄せた。

「・・・?」

「ほら、もっとこっちに来い」

イザークに引き寄せられるままにぴったりとくっついてしまう。

どういう意図なのかまったく分からないキラは、反射的にイザークから体を離そうとするが、それをイザークの力強い腕が許すはずもない。

「あの・・・?」

「これならば、文句ないだろう?」

そういって、イザークは自分とキラの体をぐるりと毛布で大きく包み込んだ。

少々大きめの毛布だったのが幸いしたのか、二人を包み込んでもまだ多少の余裕があるぐらいだった。

「まだ日が昇るまで時間がある。寝ろ」

「あ、うん・・・」

そう言うだけ言うと、イザークからは静かな寝息が聞こえてきた。

先ほどまであんなに厳しい表情でこっちをにらんできたというのに、今は自分を抱きしめたまま眠ってしまっている。

どうにか腕の中から抜け出そうとしても、それは適わない。

あまり派手に動いてしまえば、眠りを妨げてしまうような気がしたから。

仕方なく、キラは流されるままにイザークに体を預けた。

とくん、とくんと、イザークの胸から規則正しい鼓動が聞こえてくる。

こうして人に抱きしめられて、聞こえてくるリズムに安心して眠るなんて一体どれぐらいぶりだろうか。

キラはイザークの鼓動に誘われるようにして目を閉じると、そのまま眠りへと引き込まれた。

 

 

 

 

 

ピーっ  ピーっ  ピーっ

 

イザークはデュエルの方から聞こえてくる音にはっと目を覚ました。

すぐに立ち上がってコックピットに向かう。

「こちらデュエル、イザーク。ディアッカか?」

『イザーク、無事だったか』

「ああ。遅いぞ」

『しかたないだろ、この辺磁場が複雑になっちまってるんだからよ。それより、こちらで居場所は確認した。今から迎えに行く』

「分かった」

ディアッカとの交信をきった後、ようやくイザークは深くため息をつく。

これでようやくザフトの軍基地へと移動することができる。

「あの・・・・?」

下から聞こえてきた声に、イザークははっとして身を乗り出した。

案の定、そこには毛布を体に纏ったままののキラが心配そうな表情でこちらを見上げていた。

イザークはそのままデュエルのコックピットから飛び降りると、キラへと近寄る。

「仲間と交信が取れた。今からこちらに来るそうだ」

「そう・・・ですか」

「ああ。・・・・・・だから、お前も俺とともに来い」

「え・・・・?」

信じられない、耳を疑うような言葉にキラは目を見張った。

昨日は敵同士としてあんなに張り詰めた空気を纏い、自分にナイフを向けてきた人物の言葉とは到底思えなかった。

「なぜ?」

「お前は、コーディネーターなのだろう?」

「・・・・・・っ!?」

驚きのあまり、キラは声を出すことはできなかった。

どうしてばれた。

何か、気づかれるようなことがあったのだろうか。

自分が、裏切り者のコーディネーターだということを知られてしまったっ。

震える体を隠すようにキラは少しずつ後ろに下がった。

が、それをイザークが許すはずもなく、震える手をイザークの腕が捕まえる。

「は、はな・・・・・」

「なぜ分かったのか。そう言いたそうだな」

イザークは一歩前に踏み出すと、キラとの距離を縮める。

「これでも、観察力は人一倍自信がある。昨日のお前の身のこなしは、たとえ軍人であってもこのぐらいの歳のナチュラルでは不可能に近い。しかも、お前はとても軍人には見えないしな」

昨日からイザークが薄々感じていた疑問は、キラの態度によって答えを得ることができた。

コーディネーターでなければ、これほど動揺するとも思えない。

「お前がなぜ地球軍にいるのかは、俺は知らんし、無理に教えろとも言わない。だが、お前の居場所はそこではないだろう?」

「・・・・・・・・・」

「だから、俺と共に来い」

「・・・・・ダメ、なんだ・・・・・」

「何?」

ダメ、と答えたキラの顔を上げさせれば、その頬をいく度も涙が伝い透明な筋を作っていた。

その表情に思わず息を呑みながら、イザークはキラの次の言葉を待った。

「僕は、今あの船を離れるわけには行かない。僕が、ザフトに行けば・・・たくさんの人が死ぬことになってしまう。今まで一緒にいたみんなが、全員死んでしまう・・・・」

「そいつらは、全員ナチュラルなのだろう?」

コクリとうなづく。

「ナチュラルとコーディネーターが、真の意味で分かり合えるなど本当に思っているのか?」

「それは・・・」

「今は戦争中だ、ナチュラルがコーディネーターを妬み、コーディネーターはナチュラルを見下す。それが今現在の状態だ。それを、俺はけしていいとは思ってはいない。だからこそ、それを正すために俺達は戦っているのだと信じている」

初めて、聞いた。

なぜ彼が、彼らコーディネーターが戦争をしているのかということを。

すべてのコーディネーターがイザークのように思って戦っているわけではけしてないのだろう。けれど、確かにイザークの志は、ただの醜い戦争だけではないのだ。

「すべてのナチュラルがコーディネーターを憎んでいるとは、俺も思ってはいない。だが、お前が乗っているのは地球軍の船なのだろう?危険じゃないのか?」

イザークがキラの身を案じて一緒に来いといってくれているのだと、キラにはわかった。

だが、今の状態で。

おそらくは彼がいるクルーゼ隊に追われている今の状態では、キラがイザークと共に行くことはマリューやフラガを始め、アークエンジェルに乗っているすべての人の命を見捨てることになる。

「大丈・・・夫。危なくは、ないよ?」

「それも、いつ変わるか分からない。戦状によっては、人質として扱われるかも知れない」

「艦長は、そんな人じゃない」

きっぱりと言い放ったキラを、イザークは不思議そうに見つめた。

アークエンジェルの中の人々は、ナチュラルだけれどちゃんとキラを受け入れてくれていた。

だからこそ、キラは今までずっとあの船で戦い続けることができたのだから。

「そうか」

納得したようなしないような、複雑な表情でイザークはキラの腕を放した。

と、そこでデュエルのコックピットからまたピーっという音がした。

イザークはデュエルのコックピットに入ったかと思うと、すぐに姿を現した。

「対岸に、地球軍の物らしい機体の接近を確認した」

「え?」

「おそらくは、お前の迎えなのだろうな」

そういうと、イザークはポケットから取り出した紙をキラに押し付けた。

そこにはイザークの名前とメールアドレスが記載されていた。

「俺のプライベートアドレスだ。何かあったらそこに連絡して来い。どこにいても、必ず迎えにいってやる」

「どうして?」

「なに?」

「どうして、あなたはここまでしてくれるんですか?昨日、会ったばかりなのに・・・」

「それは・・・だな」

イザークは何か考え事をするように腕を組む。

じっとキラを見ていたかと思うと、ぐいっとキラの体を引き寄せた。

 

ちゅっ

 

その反動で、イザークはキラの頬に口付ける。

いきなりのことに何がなにやら分からなかったが、不意に自分がキスされたのだと分かり頬に手を当てて赤くなる。

「どうやら、俺はお前に惚れたようだ。だから、お前のことは何が何でも手に入れるから。助けがほしいときは、必ず俺のことを呼べ」

それだけ言うと、イザークは行けというようにキラの体を押した。

少し離れたところからイザークのことをちらりと見たキラだったが、そのまま対岸に向かって走り出した。

 

惚れたって・・・?

でも、だからって・・・・何?

 

初めてかもしれない男性からの告白で、キラもかなり混乱していた。

だが、イザークからのキスは少しもいやじゃなかったことにも、キラは気づいていた。

初めてあったときから、彼の存在にキラもずっと惹かれていたのだから。

対岸の壊れた機体が見えてくると、そのすぐ横にフラガの姿を確認することができる。

「フラガ少佐!」

駆け寄りながら、キラはイザークからもらった紙を大切に服の隠しポケットに忍ばせた。

彼と自分をつなぐ、唯一のものとして・・・・。