勝負だ、アスラン!」 「またか、イザーク」 食事中に乱入してきたイザークに、アスランは大きくため息をついた。 その後ろにはいつものようにディアッカがいるのが見えたのだが、巻き込まれるのはごめんだとばかりにカウンターへ食事を取りに向かってしまった。 まったく、食事中くらいは静かにしてほしいものだ。 昨日もイザークに根負けしてチェスの勝負をしたのだが、結局僅差でアスランの勝利。 それがまたイザークの不機嫌に拍車を掛ける羽目になっている。 だからといってわざと負けてはアスランのプライドに傷がつくし、なによりもそれではイザークが怒り狂いなおさら迷惑をこうむることになる。 一体、アスランにどうしろというのだろうか。 「なんだ、またやっているのか?」 「イザーク、食堂では静かにね?」 仕事を無事終わらせたらしいラスティとミゲルが食堂へと姿を見せる。 その後ろには同じ場所にいたらしいキラとニコルが続いている。 そのときアスランはあることを思いつく。 「よし、いいよイザーク。勝負をしよう」 「は?」 以外にもあっさりと引き受けるアスランに、思わずイザークは問い直してしまった。それを見ていたミゲルたちも一体どうしたんだ?という風にアスランを見る。 「ただ勝負するだけじゃ面白くない。賭けないか?」 「何を賭けるつもりだ?」 ようやく冷静になったらしいイザークは、アスランの向かいの席に腰を下ろす。 そこへようやく落ち着いたと判断したディアッカがイザーク用に運んできた食事を彼の前に差し出す。それを、イザークは当然のように受け取った。 なにやら面白そうだと思ったらしいミゲルがアスランの隣の空いている席に座り、巻き込まれそうな予感を感じながらもラスティがそれに続き、キラとニコルも腰を下ろした。 「明日から3大コロニーで行われる会議のことは知っているだろう?」 「ああ。プラントの中でも3大コロニーでのそれぞれの代表者の会議が衛星映像を通じてリアルタイムで行われる会議のことでしょう?」 ニコルの言葉に、アスランはうなづく。 「そのとおり。実はさっきクルーゼ隊長から呼び出されてね。その3大コロニーにクルーゼ隊の赤、つまり俺達が二人ずつ配置されることになった」 プラント内の会議なので別に軍が警戒するようなことはないはずなのだが、この会議で3大コロニーには多くの議員や権力者が終結することになる。そうなれば、地球軍の格好の餌食となりやすいのだ。 各コロニーには当然警備に当たる軍も多数あるのだが、その戦力強化としてクルーゼ隊の赤が配置されることが決定した。 「にしても、ずいぶん急な話だね」 キラが食事を口に運びながらう〜むとうなる。 そういう重大な任務の時はたいてい遅くてもその1週間前にはキラたちには知らされる。 一般兵には知らされないようなことであっても、キラたちにはきちんとその細部に渡るまでの情報を得る権利がある。 例外があるとすれば、アスランの父、パトリック・ザラの立場である評議会議長と各隊クラスでの極秘情報のみ。 「詳しいことは俺も知らされていない。ただ、何かの情報が上に入ったのは確かなようだ」 キラの頬に付いたソースをナプキンでふき取ってやりながらいう。 「それで、賭けというのはどういうものなんだ?」 「隊長は配置は俺達で決めるようにといってくださったからな」 「なるほど。それでそのペアを賭けるってわけか。でもそうなるとお前ら二人だけでやるわけにもいかねぇんじゃないのか?」 ミゲルの意見ももっともだ。 この話を考えてみれば、各コロニーに配置されるのは計6人。ということは1人は必然的に艦内待機ということになるだろう。 それ以前に、アスランとイザークが勝手に決めて相性が悪い奴とペアになってしまってはいざというときに最善の行動がとれなくなる可能性もある。 となれば、この勝負、ただ傍観するわけにはいかない。 「もちろん、みんなも参加してくれてかまわない。いいよな、イザーク」 「ああ。だが、何で勝負をつけるつもりだ?複数人ならばチェスというわけにもいかんだろう。トーナメントでもするのか?」 「そうだなぁ・・、何がいい?」 恐らくは全員が参加するだろうから、アスランはみんなを見回す。 こうなれば、何を勝負にしても一番有利なのはやはりアスランだろうか。 一応、彼はクルーゼ隊のエースなわけで、多少他人に引けをとる部分があるとしても、必ず2位には自分の位置を保っている。 となれば、少しでも自分が有利なものをと考えるのが普通だろう。 「射撃でいいんじゃない?ちょうど、この後午後から僕が使用許可とっているから使えるよ」 「射撃ねぇ」 まぁ、悩むよりも簡単に決まるか。 勝ち負けがはっきりしていたほうが、あとあとすっきりしてすむ。 これといった反対意見もなかったので、アスラン達は食事を片付けた後各々準備を整えるために部屋へと戻り、1時間後、射撃場へ集合ということになった。
「それじゃ、ルールの再確認ね。持ち弾は一人10発。多くのポイントを上げたものが勝ち。ただ、成績を元にするハンデとしてアスラン・イザーク・ミゲルは僕達よりも+1mね」 ラスティが中心となって今回の射撃勝負の説明をする。 それぞれ持ってきているのは自分が普段使い慣れている銃。 射撃場に備え付けられているものでもいいのだが、こういった勝負ではやはり使い慣れたものに限るから。 「順番はどうするんだ?」 「あ、ぼくそうなると思って、くじをつくって来ましたよ」 用意周到というかなんというか、ニコルが鉛筆立てのようなものに7本棒が入っているものをみんなに差し出した。 それを一斉に引くと、その先には番号が書かれていた。
ディアッカ・1 ニコル・2 ラスティ・3 キラ・4 イザーク・5 ミゲル・6 そして、ラストがアスランという結果になった。
「俺が最初かよ・・・」 やりにくいんだよなぁ・・とぶつぶつ言いながら、ディアッカはイヤホンと持ち弾をもってシューティングルームへと入っていった。 他のメンバーは防音・防弾ガラスが隔てた控え室から結果を見つめる。
さすがというべきか、ディアッカのポイントは100ポイント満点中90ポイント。 普通の兵士ならばこれで十分上位を狙える成績なのだろうが、赤のメンバーの中では中の上といったところか。
おつかれさま、と声をかけてニコルが入れ替わりにシューティングルームへと入っていった。 ニコルがあまり射撃を得意としないのは周知の事実で、結果はディアッカのそれを下回る85ポイント。 本人としてはそれでも十分だったのか、納得したような表情で次のラスティと入れ替わった。
ゆっくりとしたモーションで銃を構えるラスティ。 何事にも冷静沈着である彼は、落ち着いた様子で目標物に銃を向けた。 結果はディアッカと同じく90ポイント。
次に入ったキラは、女性用としてザフトが開発した普通の物よりも軽い銃を構える。 普通の銃も扱うことができるのだが、これの方がキラの手にはよくなじむ。 最終的なポイントは、93ポイント。 この時点ではトップだが、この後のメンバーはそれを大いに上回ってしまうだろう。
次に入ってくるイザークを含める3人はハンデのために目標物を1m後方に移す。 それにさして動揺するわけでもなく、イザークは銃を構える。 結果は100ポイント中98ポイント。 最後の一瞬、どうやら少し油断が生じたようだ。
悔しそうに顔をしかめているイザークとは入れ替わりに、ミゲルがシューティングルームに入る。 分かっているとはいえ、イザークの高成績の後にやるのはどうも苦手だ。 そのためミゲルの成績はイザークに劣る95ポイント。 これだけでもキラたちよりは上位なのだが、やはり納得はいかないようだ。
ラスト。 シューティングルームに入ったアスランは、今までと雰囲気ががらりと変わる。 普段から気を抜くことが少ないアスランだが、銃を構えるときはその雰囲気を一変させる。 無表情・無感情というのがふさわしいだろうか。 何も考えず、無心の心で銃を構える。 結果・・・。 アスランは当然のことといわんばかりに100ポイントをゲットした。
「結果。アスランの勝利だね」 完結にそう答えるラスティに、みんなはうなづくしかなかった。 イザークだけがその結果を受け入れがたいように顔をしかめるが、この際それは仕方がないことにして。 「それで、アスランは誰をパートナーに希望?」 「それはもちろん、ね?」 といいながら、キラに微笑みかける。 それにキラはとっさに頬を染めるが、すぐに気を引き締めてうなづく。 その後、成績順にパートナーを指名することになり、イザークはディアッカ、ミゲルはラスティを指名。残るニコルは艦内待機という立場にたった。 「それじゃ、さっそく行こうか、キラ」 「え?」 決まったのなら、といわんばかりにアスランはキラの手を取って部屋を出ようとする。 「ちょっとアスラン、さっそくいくって?」 「隊長から僕は父が出席するコロニーの護衛をするように指令を受けているからね。そのコロニーは移動するのにここから丸1日かかる。だから、お先に行かせてもらうよ」 そう言って、アスランはキラを伴って射撃場を出て行ってしまった。 残されたメンバーは、どこまでもアスランの思い通りに動いてしまったことに顔をしかめつつも、これがあのアスランの実力ゆえだということを受け入れざるを得なかった。
「本当に僕でよかったの?」 「何がだい?」 軍司令部の用意した小型船に乗り込み、アスランとキラはさっそく目的のコロニーに向かうため戦艦を後にした。 その中の個室で、キラはどこか嬉しそうなアスランに話しかけた。 「だって、アスランだったらラスティと組んだほうが行動しやすいんじゃないかなって」 二人のペアワークが息の合ったものだというのは、クルーゼ隊の人間ならば誰でも知っていることだ。それは幼馴染であるイザークとディアッカにも勝るとも劣らない。 それが分かっていても、アスランはキラをよくペアにと望んでくれる。 それが嬉しい反面、キラはアスランの足をひっぱっているのではないのかと不安になってしまう。 「キラは俺と組むのが嫌なのか?」 「っ、そんなこと、あるわけない!」 そう叫ぶと、アスランはふっと笑ってキラへと近づいた。 「アスラン?」 「俺がキラを選んだ理由はね・・・」 アスランが正面に立ったと認識したとたん、キラの視界90度変わってしまった。 「うわっ」 反射的に閉じてしまった瞳を開けば、座っていたベッドに押し倒されてアスランが上から自分の顔を覗いていた。 「アス・・・んん・・・っ・・・」 キラの唇が、アスランのそれにふさがれる。 久しぶりの口付けは、キラの思考を奪い何も考えられなくしてしまう。 深く長い口付けが終えたころには、キラの息はすっかり上がってしまっていた。 「少しでもキラといたかったんだ。二人きりでね」 「・・・・もう・・」 至近距離でにっこりと微笑まれては、照れずにはいれない。 キラがそっぽを向いてしまうと、アスランの細い指先がキラの上着の裾へと伸ばされた。 「アスラン!?」 「だめ?もう、長いことキラに触れてない」 「だ、だからってこれから任務が・・・っ」 仮にも仕事中だというのに、これはさすがにまずいっ。 「キラ、ねぇ、ダメかな?」 そうささやかれながら首筋に顔をうずめられる。意識をしなくても、不思議な感覚が体の中を駆け巡る。 「・・・っ・・・」 「キラ・・・」 「・・・・1回・・だけだから、ね」 「うん」 承諾したというように、アスランはもう一度キラにキスを落とした。
「嘘つき・・・・」 もうすぐコロニーに到着する、という時間帯になっても、キラはベッドの中に居た。 正確には、ベッドのなかからでられないというのが本当の話。 「キラ、大丈夫・・・なわけないよね?」 「っ・・、一回っていったじゃないか!アスランの嘘つき!」 「だって、あんなキラ見ていたら・・・。それに、キラだって十分感じ・・・っぶ」 キラは持っていた枕をアスランに向かって投げつけると、シーツの中にもぐってしまった。 かすかに見えるキラの肌は照れているのか赤く染まってしまっている。 「ごめんて、ね?キラ」 「・・・バカ・・・・」 「うん、俺が悪かったから。機嫌直してよ」 そう言って、髪を梳くとキラの顔が少しずつシーツの中から出てきた。 「つらいなら寝ていればいいよ。他の人には俺がうまく言っておくから」 「やだ。僕も行く」 「でも、体が・・・」 「僕が何かあったら、アスランがきっと助けてくれるでしょう?」 「もちろん」 「だから、行くよ。アスラン一人にするなんてこと、できるわけないじゃない。あぶなかったしいんだから」 キラに言われてしまってはしょうがない、とアスランはキラに見えないように苦笑する。 本当にあぶなかったしいのはどっちだろうか。 今も疲れきっているはずなのに。 これだから、キラからは目が離せないのだ。
「キラ・・・」 そっと抱きしめると、キラも安心したかのようにアスランの胸に体を預けてそっと背中に腕を回す。 「愛してる・・・」 そのささやきに、キラは幸せそうにそっと微笑んだ。
〜あとがき〜 蜜柑さまからのリクエスト、「アスキラ」「お持ち帰り」です。 当初、どうしようかさんざ悩んで、いっそキラとアスラン喧嘩させようかとも思いましたが、どうにもうまくいきませんでした; なので、かなりお待たせしてしまいました・・・、ごめんなさい、蜜柑様。 でも時間をかけただけに自分的に気に入る作品に仕上がりましたので、蜜柑様もぜひ気に入っていただけると嬉しいです。 それでは蜜柑様、感想よろしくお願いいたします |