次の日、キラは一睡もできないまま朝を迎えた。 これ以上地球軍に協力するのは嫌なのに、両親のことを考えてしまうと完全に抵抗もできない。 『キラ、起きてる?』 ベッドサイドの通信機にアスランの顔が浮かぶ。 それを見て、キラはなぜか自分がひどくホッとしているのに気がついた。 『キラ?』 いつまでも返事を返さないキラを不振に思ったのか、アスランが再度声をかけてくる。 「おはようアスラン、早いね」 キラはにっこりと笑って画面を覗きこみ、自分の姿が相手にも確認できるようにした。 『少しね。それよりキラ、なんか顔色悪いみたいだけど・・・、大丈夫?』 「え、大丈夫だけど」 『でもなんかおかしいよ・・・。もしかして、寝てないの?』 いきなり図星をさされ、キラはうっとひるんでしまう。 どうやってごまかそうか・・・。 でも、そんなキラの反応で、アスランは自分の言葉が正しかったことを知る。 『寝てないんだね。だめじゃないか、ちゃんと体調を整えないと』 「別にそんなんじゃないよ。ちょっと仕事していて・・・」 『なんの?』 「それは・・・・」 なんとかごまかそうとしているキラにアスランはふっとため息をついて、言った。 『まぁ一日ぐらいは大丈夫だろうけど。それよりもうそろそろ朝食の時間だから、ちゃんと着替えて来るんだよ。いいね』 「わかってるよぉ」 そこで切れた通信に、キラはは〜と息を吐き出した。 本当は、全部話してしまいたい。 でも、自分は彼に対して、いや、みんなに対して裏切りの行為を働いているのに、相談するなんてことできるわけがない。 それは、自分がよくわかっているはずなのに。
「キラ、遅いよ」 そういい、自分の隣へと手招いてくれるアスラン。 「キラさん、まだ眠そうですね」 そういってくすくすと笑っているニコル。 「昨日ちゃんと寝なかったのか?」 怒ったような顔をしても、自分を心配してくれているイザーク。 「ちゃんと体調管理しないと途中持たなくなるぞ」 にやっと笑いながら行ってくれるディアッカ。 みんなキラの大切な、大切な仲間。 自分を心から信頼してくれている人たち。 なのに、自分のしていること、それから今からしようとしていることは彼らに対する完全な裏切りだ。 もし、両親を選んで彼らと対決することになったら、彼らはどう思うだろうか。 いつも地球軍にしているように、自分にも銃を向けるのだろう。 それが、一番いいのかもしれない。 彼らを裏切った報いは、彼らから与えられたほうがいいのかもしれない。 だが、もしキラが彼らの制裁を受けたとしても、ストライクという強力な武器は地球軍の元へ落ちてしまうのだ。 キラとともに破壊されたとしても、データは必ず残ってしまう。 そうすれば、地球軍はそのデータを元に同じような武器を製造するだろう。
同じ日の真夜中。 キラはまた同じように部屋を抜け出した。 あれから一日中考えていて、ようやく思いついたのだ。 彼らを不利にすることなく、両親を解放する方法を。 約束の場所に着くと、すでにいつもの3人がその場にいた。 「キラ・ヤマト。返事を聞かせてもらおうか」 「僕は、地球軍へ行く気はありません」 キラはきっぱりと答えた。 真ん中の人物は表情をまったく変えなかったが、後ろに控えた2人はまさか断られるとは思っていなかったという顔だ。 キラが地球軍に付くことに疑いを持っていなかったという感じだ。 「ほう。ではご両親の命は惜しくないということかね?」 「いえ、両親は解放していただきます」 「我々が、そんなことをするとでも思っているのか?」 キラの両親を捕らえていることによって、キラからもたらされる情報は重要なものばかりだ。 キラを今まで裏切り行為をさせていたのは、両親のことがあったからだ。 「解放していただきますよ」 そういって、キラはポケットから拳銃を取り出した。 今まで表情を一切変えなかった男も、ようやく眉を寄せる。 「それで、我々を殺す気かね?我々が戻らなければ君のご両親は自動的に殺されるよ」 「だれもあなた達を殺すなんて言ってませんよ」 そういうと、キラは自分の頭に銃口を押し付けた。 「!何をするつもりだね?」 「僕がいるから、両親は捕まっているんです。そして、ザフトも僕がいるからあなたたちに情報が漏れる。ならば僕がいなくなるのが一番いいんですよ」 両親だって、キラがザフト兵になんてならなかったら、キラなんていう子供がいなかったらこんなことにならなかった。 ザフトだって、キラがいなければ会議で話されている重要機密を地球軍に知られることもなかった。 だから、自分が消えるのが、一番いい。 キラが銃の引き金を引こうとした瞬間・・・・。
バーン!
辺り一面に大きな銃声がとどろいた。 その弾はキラが持っていた拳銃を弾き飛ばし、見事に壊してしまった。 驚いたキラが後ろを振り向くと、そこには拳銃を構えたままのアスランの姿があった。 「アス・・・ラン・・・」 どうして彼がここにいるのか。 キラは目を見開いた。 アスランは銃を構えたまま、一歩ずつ確実にキラの方へと歩み寄ってくる。 アスランがキラの方へ手を伸ばすと、キラはびくっと体を竦めた。 殴られる!! だが、アスランはそのままキラの体を自分の後ろにかばうように引き寄せると、そのまま地球軍兵の方へ向き直った。 「地球軍第3機動艦隊少佐、セルト・ハズマン氏とお見受けする」 「確かに」 「ここはザフトの領地である。よって進入されているあなた達にはこれからザフト本部へとご同行願う」 「聞いていたのではないのか?私達が戻らなければ、彼の両親は殺される」 「そんな言葉を真に受けるザフトだと思うか?連行しろ」 どこから集まったのか、数人の銃を構えたザフト兵が3人を連行していった。 そして、その場に残されたのはアスランとキラだけになった。 アスランは、一言も話さずにキラを見ていた。 キラはうつむいてアスランを見ようとはしない。その手は白くなるほど握り締められている。 そのアスランの沈黙が怖かった。 どんな言葉で怒鳴られるのか、なじられるのか。 アスランに軽蔑される。 そのことだけが、キラの頭の中をぐるぐると回っていた。 「キラ・・・」 名前を呼ばれたと思ったら、次の瞬間にはアスランに抱きこまれていた。 「アスラ・・・」 「つらかったね、キラ。ごめんね、もう少し早く気づいて上げられればよかったね」 そういってキラの体をぎゅっと抱きしめてくれた。 そのアスランのぬくもりがとても優しくて。 気づいたら、キラはアスランにすがりつき大声で泣いていた。
「落ち着いた?」 「うん」 アスランはキラが泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。 ようやく泣き止むと、涙でぐちゃぐちゃになっている顔をぬぐってくれて、そのままゆっくりとキラの手を引いてザフト本部へと歩いていった。 「怒らないの?」 「なにを?」 「僕が、地球軍へ情報を流していたことを」 知っているんでしょ?と尋ねれば、まぁねと返してくる。 「だったら、どうして僕も捕まえなかったの?僕は、罪を犯したのに」 「もちろん、罰は下されるよ。俺はそれを伝えるように言われている」 アスランは足を止めてキラを見た。 キラは戸惑ったような、けれどきちんと償うという意志をこめた瞳でアスランを見た。 「キラは今日を持ってMSの整備責任者の任を解かれることになった」 「うん・・・」 覚悟はしていたつもりだったが、そうなればアスラン達と接する機会も極端に減ることになる。 寂しいが、これが自分に対する罰だと自分に言い聞かせる。 「そして、明日を持ってキラはX-105ストライクのパイロットとして登録される。なお、これに関する拒否は絶対に認められないのでそのつもりで」 「え・・・・」 ストライクの、パイロット? なん・・・で? 僕はザフトの裏切り者だよ?それなのに、なんでそんな役目が与えられるの? 今MSのパイロットといえば、実質ザフトの中心戦力だ。 「ザフトはね、キラの力が必要なんだよ。ううん、ザフトだけじゃない。僕やニコル、イザークやディアッカにだってとっても大切な存在なんだ。だから、もうあんなまねはしないでくれ」 「アスラン・・・・。分かった、ストライクのパイロット、受けるよ」 「ありがとう、キラ」 にっこりとアスランは微笑んでくれた。 キラは、またアスランの笑顔が自分に向けられたことに幸せを感じた。 本部に着いたアスランは部屋に戻ろうとはせずに、キラを連れて応接室へと足を向けた。 「アスラン、どこに行くの?」 「すぐに分かるよ。ああ、もうすぐだ」 アスランが目指しているだろう場所から楽しげな笑い声が聞こえてくる。 「ほら、中へ」 アスランが開けてくれた扉を覗きこんだとき、キラの目に飛び込んできたのは・・・・。 「とう、さん・・・・、かあさん・・・・・」 信じられないという顔でキラはドアのところに立ちすくんだ。 「キラ!!」 キラたちに気づいた部屋の中の人物、イザーク、ニコル、ディアッカのほかの二人。
キラが駆け寄り抱きつくと、確かなぬくもりがキラを抱きしめてくれた。 そんな3人をみて、アスラン達は満足そうに微笑んだ。
キラの裏切りは早いうちからザフト軍に知れていた。 普通の裏切りであったならば即キラを捕らえることもしたのだろうが、理由が理由だけにザフトはキラを裏切り者としては扱わなかった。 だが、このままザフトの情報を漏らし続けるわけにも行かない。 だからキラに嘘の情報を教え、それを地球軍に伝えるようにしていた。 もちろん、キラはそんなことは知らない。 今日、アスランが地球軍の3名を拘束しているときイザーク、ニコル、ディアッカ率いるザフト兵数名が地球軍基地へ潜入。見事にヤマト夫妻を助け出した、というわけだ。
次の日から、キラはストライクのパイロットとしてクルーゼ隊で活躍することとなる。 その実力はみんなの想像以上で、エースパイロットであったアスランに匹敵するほどの腕前を披露する。 その後、ヤマト夫妻はザフト管理区域の中で生活をし、安全を約束された。
〜あとがき〜 書きあがりました。白羅絆さまからのリクエスト、「キラスパイ」! |