ふと、キラは目を覚ました。
だが意識は覚醒しているのに目の前は暗いまま。
「あ、そっか・・・」
自分は今失明しているんだということを思い出す。
だがこの状態では今何時なのかもわからない。
そういえばここがイザークの部屋だったということを思い出す。
何も音が聞こえないから、もう執務は終わっているのだろうか。自分の周りをポンポンと叩いて確認するが、当然のごとくそこにイザークの姿はない。
「イザーク・・・?」
小さな声で名前を呼んでも何も返って来ない。
彼は今、ここにいるのだろうか。
そう考えると、急に自分が一人担ったような気がして怖くなる。
誰も、側に居てくれない。
それが、こんなに心細いなんて・・・。
「キラ?」
呼ばれた自分の名に、はっと顔を上げる。
「イザーク?」
声のした方向に体を傾けると同時に、体が落下するような感覚のあと鈍い痛みがぶつけたところに走る。
「キラ!?・・・・大丈夫か?」
「うん、平気・・・」
どうやら、ベッドから落ちてしまったようだ。
ぶつけたところをさすってくれる手をそのままに、キラは顔を上げた。
恐らくそこにあるだろうイザークの顔をじっとみるが、やはり・・・視えない。
その存在を確かめるように伸ばした手を取られると、その手はイザークの頬へと導かれた。
「ほら、俺ならここだ」
「・・・うん。よかった・・・・」
「何がだ?」
「・・・イザークが、いなくなっちゃったかと思って」
「そんなに不安にならなくても、俺はここから消えたりしない」
「うん。そうだよね」
「もう一度寝ていろ。まだ夜中だ」
「もう十分寝たよ?」
「だったら横になっていろ。一応、お前は病人だからな」
「病気じゃないもん」
「似たようなものだ」
反論したかったが、それでもイザークに言われていることは事実だから反論しようがない。
キラはふわりとした浮遊感を味わうと、そのまま再びベッドの中へと押し入られた。
眠くない、と抗議したところでイザークは許してはくれないだろう。
今もじっとこっちを見ているような気がする。
しかたなくそのまま眠るように努力はするのだが、どうしても寝付けない。
しばらくコロコロと寝返りを繰り返していると、どこからかため息が聞こえてきた。
ぽすん、と近くに座る感じがしてなんとなくそちらの方に顔を向けるとすっと髪をなでられた。
黙ったまま、静かに繰り返される。
「ねぇ、イザーク・・・」
「なんだ?」
「このままなんてこと・・・ないよね?」
「・・・あたりまえだ」
「そうだよね」
「すぐによくなる。ドクターもそういっていただろう?」
「うん」
でも、不安は胸によぎる。
もし、このままずっと暗闇が続いたら・・・・?
『失明』 2
それから1週間後。
まるでキラの不安が現実になったかのように、キラの目の前は相変わらず暗闇に包まれていた。
「一体どういうことなんだ!?」
検診を受けたあと、イザークは座っているキラの横に立って軍医に噛み付いている。
「原因は、わかりかねます・・。あの薬品の成分を分析した結果は、確かに1週間もすれば効力がなくなるはずなんです」
「では、なぜキラの視力は元に戻らないんだ!」
「ですから、もう一度こちらでも調査して・・・」
軍医とイザークが言い合いをしている間、同席していたシホがキラの手を取った。
「キラ、ここは騒がしいですから。一度部屋に戻りましょう」
「でも・・・」
「診断は終わりましたから。・・・よろしいですね?」
イザークと言い争っている軍医とは別の医者に確認を取って、シホはキラの手を取って部屋を出た。
原因がわからない、という言葉にキラはひどくショックを受けているように見える。
あたりまえだ、当初、1週間もすれば治るといわれていたのだから。
「キラ、大丈夫?」
「うん」
「長い検査で疲れたわね。部屋に戻ってゆっくりやすみましょう」
「うん」
「そうだ、とてもおいしい紅茶をいただいたの。キラも飲むでしょう?」
「うん」
一定の返事しか返してこないキラは、ぼんやりとしている。
部屋に戻ってキラをベッドに座らせると、シホは近くのティーセットを準備し始めた。
「ねぇ、シホちゃん」
「なに?」
「やっぱり僕、軍をやめることになるのかな」
「キラ?」
「こんなんじゃ、何の役にも立たないし。これ以上ここにいても、みんなに迷惑かけるだけだもん」
「ちょっとまって。私たちは迷惑だなんて考えてないわ。むしろ、キラはあんな薬をかけられて被害者なのよ?そんなことを気にしないで」
慌てた様子でキラの元に戻ったシホはすぐにキラの手を握る。
だが、キラはまるですべてをあきらめてしまったように微笑んでいた。
「でも、このままじゃ、だめなの。僕はイザークの役に立ちたいって思ってる。でも、このままじゃ彼の負担にしかならない」
「キラっ」
「・・・・怖いんだ、あの人が、僕をいらないって言うのが。僕を、邪魔だって思われることが」
「隊長はそんなこと絶対に思わないわ。だから自信を持って?大丈夫、きっとすぐに元通りになるわ」
両手で耳をふさいで、外の音を遮断してキラは震えている。
おびえているのだ、ただ、あの人に嫌われることを。
コツ
すぐ近くから聞こえた足音に、シホははっと振り返る。
閉めておいたはずの扉がいつのまにか開かれており、そこにはイザークの姿があった。
「た・・・」
イザークの名前を呼ぼうとしたら、とっさイザークが唇に人差し指を当てて黙るように指示してきた。
シホはすぐそれに従い、そのまま立ち上がるとイザークと交代で部屋を出た。
きっと、キラのことはイザークが何とかしてくれる。
そう、信じて。
シホと入れ替わってベッドに座っているキラの足元に膝を付き、その表情を見上げる。
だが、うつむいて耳をふさぐキラの髪がその表情をかくしてしまう。
「イザークはきっと、やさしいから何も言わない。けど、怖いんだ・・・」
まるで吐き出すようにそういうキラの髪をかきあげる。
「シホ・・ちゃん?」
触れた手で、目の前にいるのがシホではないことに気づいたのだろう。
不思議そうな声を出すキラの手をぎゅっと握る。
「何が怖い?何を胸の中にためているんだ?なんでもいい、すべて口にだしてしまえ」
「イザ・・」
「俺はやさしいんだろう?だったら、なんでも言ってみろ」
キラは逆にイザークの手を両手で握り締めてそれを額に当てた。
「怖いんだ」
「何が怖い?」
「このまま、目が見えなかったらと思うと、怖くてしかたない」
「時間はかかるかもしれないが、きっと治るさ。大丈夫だ」
「でも、もしもって思うと、怖い。このまま何もみえなくて、それで・・・」
「それで?」
「みんなの姿を、もう二度と見られないんじゃないかって・・・」
いつも何気なく見ていたものが、もう二度と見えなくて。
シホの笑顔や。
ディアッカのいたずらな顔や。
イザークの、しかたないなって、自分にだけ向けてくれるやさしい瞳を。
二度と・・・
この目にすることは、・・・・ない・・・・・・。
「やだ・・・」
「キラ」
「やだ、やだ、やだっ。見えないのは嫌っ。暗いばっかりで自分がどこにいるのかもわからなくて、手の届くところにいる人のことがわからなくて。・・・・もうやだっ」
泣き叫ぶキラを、イザークは横に座って胸の中に閉じ込めた。
思えば、キラの目が見えなくなってからキラは決して泣かなかった。
それどころか、不安で、怖くてしかたないだろうに、そんなことは一言も言わなくて。
少しでも心配をかけまいと、必死で平気な振りを続けて。
それが、どんなにつらいことだっただろう。
「みんなの顔、見たいよぉ・・。暗いの、もうやだ・・・」
「そうだな」
キラの嗚咽がやみ、そのまま泣き疲れて眠りにつくまで、イザークはずっとキラを抱きしめていた。
「んみゅ・・・・」
目が覚めたキラは、そのまま体を起こした。
寝起きにぼーっとなるのはいつものことだが、今日は輪にかけて頭が重い気がする。
それに、目元が熱をもっているみたいだ。
「キラ、起きたのか?」
声がした方を見ると、そこには心配顔にイザークがいた。
「ああ、やっぱり腫れてしまったな。一応眠っている間に冷やしたんだが。念のためもう少しタオルを当てておいたほうがいいか」
このままじゃシホたちに心配をかけるぞ、と苦笑されて、ようやく昨日寝る前に思っていることをすべて泣き叫んだことを思い出した。
タオルを用意しようとしているイザークを見て、キラはぼんやりと思った。
「イザークの髪、こんな色だったよね・・・」
「キラ?」
キラはベッドから立ち上がると、そのままブーツも履かずにぺたぺたと裸足でイザークに近づいた。
「きれいな、お星様みたいな銀色。瞳は地球の海みたいな、きれいな青・・・・」
「キラ、おまえ・・・」
「ずっと、ずっと見たかった・・」
「目が、見えるのか・・・?」
コクっとうなづいたとたん、キラはイザークにきつく抱きしめられた。
「イザーク?」
「よかった・・・、本当に。よかった・・・・・」
「・・・うん」
よかった。
また、あなたの色を、見ることができて。
キラはイザークの背中に腕を回して、静かに瞳を閉じた。
その後の軍医の診断で、キラは以前と同じ視力を取り戻していることがわかった。
「詳しいことはわかりかねますが、どうやら昨日泣いたことがよかったみたいですね。目の中に残っていた薬品がそれによって外に流れ出た可能性があります。でも、他にどんな副作用があるかわかりませんから、少しでも痛みを感じたら擦らないでこちらに来てくださいね」
「わかりました」
念のためにと目薬をもらってキラとイザークは医務室を出た。
外にはシホとディアッカがまっていてくれた。
いつのまにかイザークが二人に連絡を入れていたようだ。
「シホちゃん、ディアッカ」
「キラ、私のこと、見える?」
「・・・うん。ちゃんと見えるよ」
そう言えばシホは目元に涙をためて喜んでくれた。
「よかったな、ほんと。一時はどうなることかと思ったぜ」
ぐちゃぐちゃと髪をかき回して、せっかくイザークが整えてくれた髪をあっというまに鳥の巣のようにしてしまう。
「もう、やめてよディアッカ!」
口ではそういっても、本気で拒絶なんてしない。
彼も本当に心配をかけてしまったから。
でも、本当に・・・・。
「また、みんなに会えて、本当にうれしい」
みんなの笑顔を見ることができて、本当にうれしい。
願わくば、これからもたくさんの笑顔を見ることができますように。
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