「あぶないっ」 「え?」
事件は、いきなり起こった。
『失明』
「何事だ?」
イザークが執務室に戻ろうとしたとき、ふと科学室の辺りで人だかりができているのが見えた。 どうにも何かが起きているらしく、慌てた数人が飛び出してくる。
「何があった?」
走ってくる一人を捕まえて聞き出すと、慌てた様子でこういった。
「キラ・ヤマトが試作品の薬品を被ってっ!」 「なんだと!?」
集まっているのを書き分けるように人ごみの中を突き進むと、確かにその騒ぎの中心にはキラが顔を押さえたまま座り込んでいた。 かかったのは運悪く顔の部分だったらしく、それ以外の部分は制服が若干濡れている程度だった。
「キラ、大丈夫か?」
そっと肩に触れると、びくっと大きく震えるのがわかる。 それを押さえるかのように両肩に手を置くと、キラの顔を覗き込んだ。
「イザ・・・・たいちょ・・・?」 「そうだ。キラ、顔にかかったのか?ちょっと見せてみろ」 「たいちょう・・・、なんか、怖い・・・」 「大丈夫だ」
顔を押さえている両手を取ってみる。 劇薬ではなかったらしく、皮膚に影響はないようだ。 取り出したハンカチで、キラの顔をふき取る。 だが、薬品が目に入ったらしくキラはずっと目を閉じたまま開けないようだ。
「痛むか?」 「わかり・・ません。でも、なんか変な感じで・・・」 「立てるか?」
そう尋ねても、キラは首を小さく横に振っただけ。 イザークはキラの体を抱き上げる。 驚いたように抵抗するキラの体を強く抱きしめることで押さえ、耳元で囁いた。
「大丈夫だ。ここには俺が居る。何も心配することはない」
その一言でキラはほっとしたのか、体の力を抜きイザークの肩に顔を寄せた。 キラが落ち着いたことを確認して、振動を与えないようにしながらも早足で医務室へと向かった。
「なんだと?もう一度言ってみろ」 「ですから。キラ・ヤマトは失明しています」
失明・・・? している・・だと? 目が、見えなくなってしまった・・・・のか?
「ですが、それは一時的なものです。彼女がかかった薬品を調べた結果、長くても1週間程度でその効力はなくなるでしょう。しばらく軍務を離れてしっかり休ませて上げれば、じき視力も回復します」 「そうか」
その言葉に、ほっとした。 失明したことは確かに重要なことだが、1週間もすれば回復するならそれまで休暇を取らせればいい。 イザークはベッドにぼんやりと腰掛けるキラの元へ近づいた。
「キラ、詳しいことは聞いたとおりだ。しばらくは我慢しろ」 「・・・わかりました」
キラの目は先程と違って開いている。 だが、その瞳は光を宿しておらず焦点もどこかぼんやりとしていた。
「部屋に戻してもかまわないか?」 「ええ。ですが、念のために一日に一度は検診を受けてください。なにぶん、開発中の物なので結果が不安定ですから」 「わかった」
それだけ告げると、医師は医務室を出て行ってしまった。 立てるか?と尋ねれば、キラは自分に触れているイザークの腕を掴むと、その腕をさぐってイザークの体に触れる。 そして、ゆっくりとイザークの首に絡めてきた。 突然のキラのその行動に驚いたが、キラの体が震えていることに気付いてそのまましばらく抱きしめていた。 目が見えないということは、キラにとってどれぐらいの恐怖となるだろう。
「イザーク・・・」 「大丈夫だ。すぐに元にもどると言っていただろう?」 「でも、真っ暗で何も見えない。怖い・・・。イザークが、見えない」 「俺はここにいる。キラに触れているだろう?」 「うん」
キラはただイザークにすがっていた。 真っ暗で、何も見えなくて。 目が見えないということが、こんなに怖いことだとは思わなかった。 小さな音にも、それが大きく聞こえてくる。 自分が立っているのか、座っているのか。 前を向いているのか、後ろを向いているのか。 目を開いているのか、いないのか。 だんだん、自分がわからなくなる。 ただわかるのは、暖かなぬくもりだけ。
「着いたぞ」
そんなことを考えていたらいつの間にか部屋に到着したらしい。 キラはベッドの上に下ろされたが、ふとそれに違和感を感じる。 なんとなく、自分の部屋じゃないような・・・。
「イザーク、ここ・・・」 「ああ、気付いたか?ここは俺の部屋だ。今のお前は一人では無理だろう?シホに任せたほうがいいのかもしれないが、あいつは今居ないしな。しばらくはここで我慢してくれ」 「・・・ごめんなさい」 「?なぜお前が謝る?」
だって、こんなことにならなければイザークに迷惑かけなくて済んだのに。 側にいられてとても嬉しい・・・。 けど、こんな状態じゃ、迷惑かけるだけじゃないか・・・。 面倒だって、きっと思ってる。 今度こそ、嫌われてしまう・・・・。
「また変なこと考えてるだろう、お前」
そういわれて、ぐしゃぐしゃと髪をかき回された。 驚いたように顔を上げたけれど、やはり真っ暗で。 でも、頭に掛けられている手は暖かくて、イザークがすぐ近くに居てくれることを感じることができた。
「俺は迷惑だなんて思ってないし、こんなことでお前を嫌いになったりしない。ついでにいうと、今回は全面的にキラが被害者であって、何も悪いことなんてしてないんだから今後このことで謝るんじゃないぞ」
思っていたことをすべていいあてられて、キラは何も言い返せない。 それでも、イザークの言葉は嬉しかった。
「わかった・・・。それじゃ、ありがとう」 「ああ。今日は疲れただろう?先に休め。今座っているのはベッドだってことはわかるな?」 「うん」 「なら体を左に倒せ。枕はそっちだ」
言われたとおりに手を突きながら体を横にする。 目がみえないと本当にいろいろなことを手探りでしなければならない。 キラが枕の位置を確認して落ち着くと、その体にシーツをかける。
「ゆっくり休めよ」 「イザークは?」 「仕事が残っている。先に寝ていてくれ」
そういってイザークの気配が離れていくのがわかる。 扉が開く音がしないから多分この部屋の中に居てくれるのだろう。 しばらくするとキーボードを叩く音が聞こえる。 その音にまるで誘われるようにキラは眠りに落ちていった・・・。
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