キラは自室の扉を静かにあけると、廊下をキョロキョロと見回した。

もうすぐ真夜中を迎える深夜、廊下を出歩くものは誰も居ない。

みんな眠りについている時間帯だが、誰かが起きているとも限らないのだ。

再度誰も居ないことをチェックしたキラは、もう一度左右を見回してから部屋の外へと出た。

それと同時に、トリィとコルも廊下へと飛び立つ。

「教えて、僕はどこへ行けばいいの?」

 

コル   コル 

 

コルは自分について来いとばかりに、廊下をすいっと飛ぶ。

それを見失わないように、キラは物音を立てないように足早についていく。

途中監視カメラに目をやったが、それがちゃんと止まっていることを確認してほっとする。

とりあえず、この施設の監視カメラすべてにダミー映像を流すようにプログラムを流しておいたので、監視員に見つかることはないだろうが用心に越したことはない。

途中何人かのオーブの人間とすれ違いそうなったが、キラが完全に気配を消して身を隠せばキラの存在に気づく人間は一人としていなかった。

そんな苦労の末、ようやくキラは施設の外へと出ることができた。

その世界を仕切るように、昼間キラとアスランを引き割くように存在したフェンスがまた再び立ちはだかる。

ここを出れば、アスランに会える。

手を伸ばすことが、できる・・・・。

フェンスに手を掛けるとき、ふと後ろの施設を振り返った。

あそこには、たくさんの仲間が居る。

ヘリオポリスを出たときからずっと一緒に居るアークエンジェルのみんな。地球に下りてから知り合ったこのオーブの姫であるカガリと、その仲間。

今自分がしようとしていることは、やはり彼らのことを裏切ることになるのだろうか。

身を引きそうになる気持ちを、頭を振り切ることによって心の中に押し込める。

アスランに会うということは、自分で決めたこと。

もう、後戻りはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コルに導かれたまま走るその先は、このオロゴロ島の海岸線付近らしい。

ちょうどオーブの基地がある場所とは正反対になるらしく、なんとなくあたりは暗く静かだった。

それからしばらく歩いたあと、キラは小さな密林の入り口にたどり着いた。

「ここに、入るの?」

たずねるようにささやくと、コルはそのとおりだとばかりにその密林の中に飛び込んでいってしまった。

それにつられるようにキラもまた、その密林の中へと足を踏み込んでいった。

しばらく歩くと、あまりに木が密集しているせいコルの姿を見失ってしまう。

「ど、どうしよう・・・」

思わず引き返そうかと後ろを振り返ったが、明かりはすでに遠くキラの周りを暗闇だけがただ支配するのみとなってしまった。

「うそ・・」

らしくもなくあわててしまったキラは、辺りを探るように歩いていくがそのうちに自分がどこから来たのかさえ分からなくなってきてしまった。

先ほどからかろうじて足元を照らしていてくれた月でさえ、今は雲で隠れてしまっている。

ようやくキラは立ち止まると、もう一度辺りをキョロキョロと見回した。

だが、結果は同じ。

周りは木しかなく、もうどちらの方向に進めばいいかさえわからなくなってしまった。

途端キラはどうしようもなく心細くなってくる。

もしかしたら、もうここから出ることができないのではないかと。

アスランにも、二度と会えなくなるのではないかと。

不意に風が吹いて辺りの木をさやさやと揺らす。

そんな微かな音でさえ、キラは怖くてどうしようもなくなった。

 

 

助けて・・・アスラン・・・・・。

 

 

ぎゅっと目をつぶって耳をふさいでいたキラの肩に、何かが触れた。

「っっ・・・・!?」

思わず逃げるように走り出そうとするキラの体を、それをとどめるように抱きしめる。

そしてその耳元には懐かしい、忘れるはずのない声が聞こえてきた。

 

 

「キラ・・・俺だよ」

「え・・・・・」

 

 

キラは強張っていた体の力を抜くと、ゆっくりと後ろを振り返った。

月が雲から現れるその光が、キラの背後の人物の顔を照らしてくれる。

「アス・・・ラン?」

「そうだよ、キラ」

「本当に、アスランなの?」

「うん。それ以外の何かに、キラは見えるの?」

そっと手を伸ばしてその頬に、その髪に触れる。

懐かしい、ずっと会いたかった人。

「・・・っ・・・・・・・」

キラの頬を涙が伝ったかと思うと、キラは思い切りアスランに抱きついた。

「アスラン!アスラン・・・アスラン、アスラン・・・・・」

「キラ・・・・」

その存在が本当であることを確かめるように、キラはアスランにまわす腕に力を込めその名を呼び続けた。

アスランも、それに答えるように力強くキラを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「うん。ごめんね、いきなり・・・」

「かまわないよ」

二人は海岸が見える場所まで移動し、その岩場に腰掛けた。

先ほどまでの天気がうそのように、今は雲に隠れることなく月がアスランとキラを照らしてくれる。

その月が海面に浮かぶのを眺めながら、二人は互いの手をぎゅっと握り締めていた。

 

 

今は言葉はいらない。

その存在が隣にあるだけでいい。

そう、思えたから・・・

 

 

二人の沈黙を破ったのは、二匹のロボット鳥であるトリィとコルだった。

「おいで、トリィ」

「コル、こい」

それぞれが伸ばした手に、コルとトリィは舞い降りた。

「それ・・・」

「うん?」

「やっぱりアスランが作ったものだったんだ」

「うん。プラントに移動してからなんとなく・・・ね。トリィと基本構造はほとんど変わらないから、トリィの兄弟分ってところかな」

「初めてあったはずなのに、こんなに仲がいいなんて。やっぱり、ロボットでも分かるものなのかな」

「どうだろうね」

アスランはコルを自分の肩に移動させると、また海面へと視線を戻した。

そんなアスランの横顔を、キラはじっと見つめる。

懐かしさと、うれしさと、恥ずかしさ・・・。

アスランに会えてとてもうれしいのに、なぜか・・・・・・さびしい・・・・悲しい。

このままこのときが止まってくれたら、どれだけ幸せだろうか。

今、この瞬間が・・・。

「キラ?」

「え?」

アスランの片手が、ゆっくりとキラの頬に触れる。

キラはようやく、また自分の頬に涙がこぼれていることを知った。

アスランの手が、ゆっくりと涙を拭い取る。

「相変わらずの泣き虫だな、キラは」

「違うもん・・・・」

急に恥ずかしくなって手でゴシゴシと目をこする。

「ダメだって、そんなにこすったら赤くなるだろう?」

ほら、という風にアスランはキラの手を掴み、ポケットから取り出したハンカチでキラの頬と目元をぬぐってくれる。

昔と変わらない、アスランのしぐさ。

「変わらないんだね、アスラン」

「ん?」

「アスランは、月で別れたときとまったく変わってない」

かわらず、優しくて、大きな存在。

「・・・・そうでもないよ。俺は変わったよ・・・、少なくとも変わらなければならないと思った」

「アスラン?」

「血のバレンタインデーのせいで、俺の一生は大きく変わった。あの事件がなければ・・・、母さんの死がなければ、俺は今頃ここにはいないだろうから」

血のバレンタインデー。

多くの死者を出したユニウスセブンへの、地球軍による核攻撃。

突然の、本当に突然のことだった。

農業プラントだったユニウスセブンには、アスランの母が仕事で行っていた。

そのときに起きた、あの悲惨な事件。

「あの事件以来、コーディネーター達の中で何かが変わってしまった。俺はもちろん、父も・・・・変わってしまった」

最愛の妻を亡くした彼の心情は、とても重かったのだろう。

あれ以来父であるパトリック・ザラは変わってしまった。

率先して戦争をしてナチュラルを滅ぼそうと、躍起になって動いている。

母を亡くしたアスランも、もう二度とそんなことを繰り返したくはないと軍に入ることを決意した。

すべてのきっかけは『血のバレンタインデー』。

あの事件だった。

「アスラン・・・・」

アスランの手を握っているキラの手に力が込められる。

目線をキラの方に移せば、今にも泣きだしそうなぐらい不安げな表情が浮かんでいる。

そんなキラに薄く微笑むと、アスランはキラの肩を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「キラ、君は一体、これからどうするんだい?」

「どう・・・・て?」

「このまま、あのAAで行動を共にするのか?あのナチュラルたちと」

ビクンっとキラの体が震えるのが分かったが、アスランはキラの手を離そうとはしなかった。

「今の状況からして、ザフトがAAを見逃す可能性はゼロに等しい。戦力はますます投入されているし、より激しい戦いになるだろう。それでも、キラはあそこにいるの?」

「それ・・・は・・・・・」

キラとて、これ以上戦いたいと思っているわけではない。

でも、今自分がAAを降りれば、あの船にはもうほとんど戦力がのこされていないことも確かなのだ。

これ以上戦いたくない。けれど、これまで一緒に居た人達を見捨てるようなこともキラにはできなかった。

「ザフトに、おいで?キラ。そうすれば、君はもう戦わなくても済むんだ」

二つの選択肢が、キラを苦しめる。

アスランと共に生きるか。

アスランに背を向けて、また刃を交えるか。

 

 

 

「だめ・・・、僕には選べないよ・・・」

 

 

アスランは大切な人。

だけど、今まで一緒に戦いを潜り抜けてきた人たちもそれがたとえナチュラルだからという理由だけで見捨てることなど、キラにはできなかった。

じっと見つめてくるアスランの視線が、痛い。

今キラが行っていることはただのわがままに過ぎないことはよく分かっている。

だけど、アスランはそんなキラの気持ちをはじめから理解していた。

「なら、これ以上あのAAをザフトが攻撃しないとなれば、キラはいいの?」

「え?」

「地球降下作戦の指揮は僕が取っている。僕なら、あの船をしばらくの間攻撃しないようにすることはできるよ?」

「そんなこと、本当にできるの?」

「うん。君が居なくなればストライクを操縦できるパイロットはいなくなるだろう?ならば、僕たちがAAを追う理由が少なからず減る。ずっと逃し続けるというのはさすがにできないだろうけど、しばらくの間攻撃の手を止めることならできる。その間に、AAはアラスカへと到着するだろう」

そうすれば、もうキラが戦うことをしなくてもAAは地球軍が守ってくれるはず。

コーディネーターであるキラが、アスランたちを裏切ってまでナチュラルのために戦うということもなくなる。

「本当に、そんなことできるの?」

「可能だよ。キラが僕のところに来てくれるなら、ね」

キラはしばし考えるようにうつむいたあと、ゆっくりとアスランの顔を見上げた。

ゆっくりと視線が絡み、じっとお互いを見詰め合う。

それでもどうすればいいのか不安の表情を見せるキラに、アスランは穏やかに安心させるように微笑む。

それは、キラの心の深くに絡みついたものを解く居てくれる。

「僕、本当にアスランと一緒にいてもいいの?」

「もちろん」

「僕がそっちに行くことで、アスランに迷惑はかからない?」

「たとえ誰が何を言おうと、僕は君をこれ以上離すつもりはないよ。きっと、何からだって守ってみせる」

「・・・・・うん」

アスランの言葉は、不思議とキラに安心感を与えてくれる。

本当に、彼さえ側に居てくれれば大丈夫のように思えてくる。

キラはアスランの両手をぎゅっと握り締めて、言った。

「いっぱい、迷惑掛けると思う。でも、僕もがんばるから。お荷物にならないように、ちゃんとやるから・・・だから・・・」

 

一緒に、居させて?

 

そうつぶやいたキラを、アスランは力強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

ようやくこの腕の中に戻ってきた大切な存在。

もう二度と、離さないよ・・・・・

 

 

 

 

〜 あとがき 〜

ひさしぶりに書きました、女神以外の小説。

あのフェンスをはさんだ二人の様子はアスキラファンならかなり萌えたはずv

その後を私なりに大きく飛躍して(飛躍しすぎて?)書いてみました。

蜜柑様、いかがでしたでしょうか?