久々の休日、イザークは特にすることもなくふらふらと街を歩いていた。 本当は母からの用事を頼まれていたのだが、先方の都合で先延ばしになってしまったのだ。 やることがないのなら家に帰って本でも読んでいればいいのだが、今日は雲ひとつない晴天だ。 出かけるのをめんどくさがるイザークでも、こんな日に家にいてはもったいないと思ってしまう。 ふと、前方を見ると、ぼんやりとショーウィンドウを眺めているキラの姿が目に入った。 キラか? だが、あいつは今日アスランとデートのはずではなかったか? 昨日の昼食の時、アスランは嬉しそうにキラとデートするのだと自慢していたはずだ。 それを聞いて、自分を含め、ディアッカ、ニコルも内心で嫉妬をしていた。 それなのに、今キラの側にアスランの姿はない。 「キラ?」 「え・・・?あ、イザーク!」 いきなり声をかけられて驚いたものの、すぐにイザークだと気づき笑顔を向ける。 それにつられて、イザークも知らずに微笑み返してしまう。 「こんなところでどうした?今日はアスランとデートなんだろう?」 「それが・・・」 一転して、キラの表情が曇る。 何か悪いことを聞いたのかと、イザークは内心ひやひやした。 「アスラン、家の用事で今日一緒に出かけられなくなっちゃって。でも、みんな用事あるみたいだったし、家に一人でいるのもなんか嫌だったんだけど」 一人で出かけていても、楽しくないね。 そういうと、キラはまたショーウィンドウの方を見た。 そこには2体のかわいいぬいぐるみが並んで座っている。 「欲しいのか?」 「え?」 いつの間にか横に並んでいたイザークが一緒にウィンドウ内を見ながら言った。 「さっきから熱心にみているが、欲しいのか?」 「あ、うん・・・。かわいいなと思って」 えへへ・・・・と笑いながら照れているキラがとてもかわいくて、気がつくとイザークはキラの手をとって店の中へと入っていった。 「ちょ、イザーク?」 「あのディスプレイされている2体のぬいぐるみが欲しいのだが・・・」 戸惑うキラをよそに、イザークは店員へと話を進めてしまう。 キラが口を挟むまもなく、2体のぬいぐるみはウィンドウ内からキラの手元へと移動された。 さして大きくもなかった2体は、すっぽりとキラの腕の中に入ってしまう。 「あの・・・、本当によかったの?」 「気に入ったか?」 「もちろん。えっと、ありがとう」 「どういたしまして、だな。どうせ俺も今日は暇なんだ。なんなら、これから食事にでも行くか?」 「え、でもイザーク用事があるって・・・」 「相手側の都合でな、延期になったんだ」 「じゃあ、イザークも今日は暇なんだね」 「そういうことだ」 お互いに暇をもてあましている、ということにホッとしたのか、キラは同意の意味をこめてにっこりと微笑んだ。
イザークがキラを家に送り届けるころにはすっかり当たりは薄暗くなってきていた。 「じゃあな、キラ」 「あ、まってイザーク」 キラを家に送り届けたらすぐに帰ろうとするイザークをキラは止める。 「どうした?」 「今日、夜まで誰も家にいないんだ。よかったら、上がっていかない?」 いきなりのキラの申し出に、イザークは内心あせる。 いくら親しい間柄とはいえ、キラは女性だ。 それなのに、誰もいない家に男を上げることに違和感はないのだろうか。 「駄目、かな」 「いや・・・。なんなら、家の人が帰ってくるまでいてやろうか?」 「いいの?」 「ああ。女性の一人は無用心だしな」 いいのだろうかと思いつつも、イザークにキラの申し出を断ることはできなかった。
イザークが通された部屋はキラの部屋だった。 初めて足を踏み入れる部屋は綺麗に整頓されていて、部屋の一角には数々のぬいぐるみが置かれていた。 キラは部屋に入ってすぐにそこに向かうと、イザークに買ってもらったぬいぐるみを嬉しそうに並べる。 「気に入ったみたいだな」 「うん。これ、前から欲しかったんだ。ありがとう」 「いや」 素直に礼を言って笑うキラに、イザークは照れたように目線を外して部屋の中を見渡した。 そのとき、ふいに廊下から電話のベルが鳴り響いた。 「誰だろう。ちょっと行ってくるね」 キラが部屋から出て行ったあと、イザークはへやの中をもう一度見回してから近くにあったベッドに腰掛けた。 何気にそのまま体を倒す。 すると、ベッドからはふんわりとやさしい匂いがした。 ああ、キラの匂いだな・・・・。 心が安らぐような、そんな気がして、イザークは目を閉じた。 しばらくすると、部屋の外から足音が聞こえてきた。 キラが帰ってきたのだと分かり、イザークはあわてて体を起こす。 「ごめん、おまたせ」 そういって微笑むキラの顔が、どことなく悲しそうに見えた。 「どうした?」 「え?」 「電話、悪い知らせだったのか?」 自分の隣をポンポンと叩いて呼び寄せ、尋ねる。 キラも、イザークの言うがままに座る。 「電話、誰からだったんだ?」 「・・・・・アスラン」 アスラン、という名前を聞いて、イザークの顔が一気に険しくなる。 だが、約束を破ったとはいえ、恋人からの電話にしては表情が優れない。 「今日は遅くなるから、会えないって。本当は夕食までに帰るって言っていたけど、相手の人と食べることになっちゃったみたいで。だから、ごめんって・・・・」 「アスランは誰と一緒にいるんだ?」 「お父さんと・・・・、シーゲルさんとその娘のラクスさん」 この辺りの名門、クライン家の人間か。 この辺りの名門家は、アスランのザラ家、ラクスのクライン家、イザークのジュール家の3つだ。 イザークも付き合いとして、ラクスの顔をみたことは何度かある。 が、さして親しい中でもなく、お互いに知り合いという程度だ。 アスランにしても、それは同様だと記憶していたが。 「アスランね、ラクスさんと婚約が決まったんだって」 「え・・・・」 「以前から、お父さん同士で決めていたことだったんだって。でも、今日それが本決まりしたみたい。後日、婚約発表が行われるって言ってた」 「婚約・・・、だと?しかし、アスランはお前と」 「うん。でも・・・・」 キラは黙り込むと、膝を抱えてうつむいてしまう。 そんなキラの頭を撫でながら、イザークはさらに尋ねた。 「それで、アスランはなんと言っているんだ?」 「自分には、婚約の意志はないって。今は親の言うなりになるしかないけど、絶対に婚約は解消してみせるって」 そんなの、無理に決まっているのにね。 泣きそうな顔でイザークに笑いかけるキラが痛々しく、気づいたらイザークはキラを抱きしめていた。 どうして、こんなことになってしまっているんだ。 アスランの側にいるキラが、一番幸せそうだったから俺は・・・、俺達はアスランにキラをゆだねることにしたんだ。 それなのに、なぜあいつがキラを苦しめる。 どうして、あいつがキラを悲しませるんだ。 「・・・・イザーク?」 いきなり痛いぐらいに抱きしめられて、キラは顔をイザークの胸に押し付けられた。 イザークの表情を読み取ろうにも、顔を上げることができない。 「キラ、俺を選べ」 「え?」 「お前は、アスランの隣で幸せそうに笑っていた。だから、俺はお前をあきらめたんだ。だが今のお前は、つらそうで見てられない。だから、俺を選んでくれ。俺は、お前を裏切らない・・・」 「イザーク・・・・」 「あいつの側にいることでお前が傷つくなんて、許せない。だから・・・・」 「ごめん、イザーク・・・・」 キラは抱かれている腕にそっと手をかけると、ゆっくりと顔を上げてイザークを見つめる。 キラの見たイザークの顔は、キラ以上に傷ついているような、そんな表情をしていた。 「僕は、アスランを裏切ることはできないよ・・・」 「だが、あいつはお前を裏切るんだぞ」 ビクンとキラの体が揺れた。 「あいつがどういおうと、婚約発表さえしてしまえばあのパトリック・ザラが必ずラクス嬢との縁談を実現させる。名門の家には政略結婚はあたり前なんだ。愛がなくたってな」 「でも・・・、アスランは・・・」 「アスランの意志など、大人の事情の前には些細なものだ。お前がアスランを思ったところで、アスランはお前だけのものにはならない」 「それは・・・・、でも・・・・・」 アスランのことは信じたい。 でも、イザークが言っていることもまた、事実なのだ。 アスランは名門で、自分は庶民。 しょせん、違う人種なのだ。 「だからキラ、俺のもとへ来い」 「イザーク・・・」 「俺は絶対にお前を裏切らない。お前を大切にする」 「でも・・・僕は・・・」 イザークはまた力強くキラを抱きしめた。 自分の想いが少しでもキラに届くように・・・。 しばらくすると、腕の中に抱きしめているキラから嗚咽が聞こえてきた。 「キラ?」 腕の力を弱めキラの顔をのぞくと、やはりキラは泣いていた。 「ご・・・め、ごめん、イザーク。気持ちは嬉しい・・・、でも・・・・っ」 キラはイザークにごめんなさい、と繰り返した。 何度も、何度も。 涙が後から後から零れてくる。 とっさに涙をぬぐおうと手を伸ばす。 だが、イザークはキラを慰めようとして伸ばした手をぎゅっと握り締めた。 今の自分は、キラに触れることはできないから。 気持ちを伝えた以上、今までのようにはいかないだろう。 イザークはベッドから立ち上がり、そのまま部屋を出ようとした。 「イザ・・・・ク」 「悪い、お前を泣かせるつもりはなかったんだがな」 キラに背を向けたまま、そうつぶやく。 「だが、あれが俺の本当の気持ちだ。覚えておいて、欲しい」 それだけ言うと、イザークはそのままキラの家を出て行ってしまった。 「ごめ・・・んなさ・・・、イザー・・・ク」 イザークの姿が見えなくなっても、キラの涙がとまることは泣く、ずっと「ごめんなさい」と繰り返した。
「キラ、どうしたの?具合でも悪いの?」 キラの両親が帰ってきても、キラは部屋から一向に出てこようとはしなかった。 さすがにお腹がすけば出てくると思っていたが、夕食の時間はとっくに過ぎてしまっている。 「キラ、ここを開けて?お母さんとお話しましょ?」 キラの母親がノックを繰り返してみても、返事はない。 部屋の中にいることは、確かなのに。 一方のキラはといえば、枕に顔をうずめて泣いていた。 少し前までは泣きつかれて眠っていた。だが、外からの母の声で目を覚ましてしまったのだ。 涙はまだ乾くことはなく、一時収まってもイザークとアスランのことを考えるとまたあふれてくる。 イザークは僕を好きだと言ってくれた。 でも、僕はアスランと付き合っていて。 アスランを裏切ることができなくて。 でも、アスランはラクスさんとの婚約が決まってしまって。 「本当に、どうしたらいいのか、分からない」 アスランが婚約してしまって、確かに悲しいし、苦しい。 でも、一番胸を痛めているのはイザークの気持ちに応えることができないこと。 どうしてなのか。 付き合っているのはアスランで。一番好きなのもアスランのはずなのに。 今自分の中で一番大きな存在はイザークなのだ。 ふと顔を上げれば、イザークに買ってもらったぬいぐるみが目に入る。 キラは体を起こして、それを手に取り抱きしめた。 イザークはこれにあまり触れていないはずなのに。 なぜかこのぬいぐるみからはイザークの香りがするような気がした。 「僕・・・は、イザークの、こと・・・・・」 好き・・・・、なのかもしなれない。 じゃあ、アスランのことは? 「キラ?」 いきなり聞こえてきたアスランの声に、びくりと体が反応する。 どうやら自分を心配した母が、帰ってきたばかりのアスランを呼び出したらしい。 「キラ。ねぇ、今日のこと怒っているの?だからすねてるの?」 どうしたらいい・・・。 アスランになんていえば・・・ 「キラ、ここを開けてよ。顔を見せて」 今の自分をアスランに見せるわけにはいかない。 しらず、イザークのぬいぐるみを抱きしめる腕に力を込める。 どうすればいい。 僕はどうしたらいいのだろうか。
わからない。
あとがき 玖月佐保さまからいただいたリクエスト、「アスキラ前提イザキラ」です。 玖月佐保さまのみお持ち帰りOKです。 |