シモンと出かけたキラは、ジュール家御用達のガーデニングショップへと足を向けた。 季節に合わせた色とりどりの花や樹がところ狭しと並べてある。 ジュール家の庭にもたくさんの草木が存在するが、ここにはまだ見たこともないようなものがたくさんあり、自然とキラの瞳も輝く。 「キラ様はどれがよろしいですか?」 「え?」 「今度新しい品種を庭に入れようと思うのですが、キラ様はどれがよろしいですか?」 「僕が選んでもいいんですか?」 「もちろんです」 シモンの言葉ににっこりと微笑むと、キラは数々の植木の様子を見て回った。 赤・黄色・オレンジ。 色とりどりの花がキラを迎える中、キラはふと一つの植木の前で足を止めた。 「白い、薔薇?」 「どうかされましたか?」 キラが立ち止まったところにシモンも寄ってくる。その場所は綺麗な薔薇の咲き乱れる植木の前だった。 数々の色や形があるにもかかわらず、キラは白い薔薇の前で立ち止まった。 「白い薔薇なんてあるんですね」 「ああ。今は品種改良によってさまざまな形の薔薇が存在しますよ」 「でも、ジュール家の庭にはないですよね?」 「そういえば、そうですね。実は、ジュール家の庭に植えられている薔薇は私があの屋敷に来たときに持ち込んだ植木でして。いわば、私とともにあの庭を見守ってきたといっていいでしょうか」 ジュール家の一角にある薔薇はとても綺麗な赤い色だったことを覚えている。 たくさんの花が咲き乱れる季節、そこだけが別世界のように思えるときでさえある。 普段そういうものに関心がないイザークでも、その薔薇だけは気に入っているようで時々切花にして部屋に飾っているようだ。 「キラ様はこちらがお気に召しましたか?」 「・・・なんていうか、イザークみたいだなって・・・」 「イザーク様のよう?」 「凛とした雰囲気がなんとなくなんですけど。誇り高いっていうか、そんなところが似ているかなって」 「そうですか」 じっと白い薔薇を見ているキラの側を離れ、シモンは母屋へと向かった。 それにも気づくことなく、キラはじっと薔薇を見つめた。 今頃、仕事で忙しく書類を見ているのだろうか。時折渋い顔をしながらも丁寧に仕事をこなしていくイザークの姿が見えるようだ。 帰ったら庭の花を一つ、持って行ってあげようかな。 そんなことを考えながら、そっと顔を薔薇に近づける。 強くもなく弱くもない。淡い薔薇の香りが心地よかった。 「キラ様」 「え?あ、シモンさん」 「手続きが終わりました。遅くならないうちに屋敷へ戻りましょう」 「はい」 キラは名残惜しそうに薔薇を見つめながらシモンの近くへと戻った。 「あの薔薇は明日、屋敷の方へ届けてくれるそうです。となると、植え込みは明後日ということになりますね」 「あの薔薇、買ったんですか?」 「ええ。キラ様もお気に召されたようなので」 驚きのあまり、シモンの顔を薔薇を交互に何度も見つめる。 「どうせですから、キラ様が自分で世話をなさってみますか?薔薇は手間がかかるものですが、それだけに綺麗に咲いたときはとてもうれしいですよ」 「いいんですか!?でも・・・僕じゃ綺麗に咲かせられないだろうし」 「私もお手伝いいたしますよ。大切なのは綺麗に咲かせようとがんばる心です」 「はい」 にっこりと笑顔で答えながら、シモンとキラはガーデニングショップを後にした。
キラとシモンは帰り、近くの公園へと差し掛かった。 迎えの車を呼ぼうとしたシモンを止めて、キラが歩いて帰ると言い出したからだ。 確かにジュール家と歩くのが無理なほど離れているわけではないし、時間さえ考えなければ十分帰れる道のりだ。 「どうせですから、お散歩しましょうよ」 そういって、キラはシモンをつれて公園の中へと入っていった。 「ここは本当に静かな公園ですよね」 「ええ。私がこちらに来てから何も変わらない。いいところですよ」 「シモンさんがジュール家に来たのは、いつなんですか?」 「3年前の春に。エザリアさまが訪れになった屋敷で、屋敷の庭師の助手をしていました。そのとき、私が作ったあの薔薇を大層お気に召していただいて、私をジュール家の庭師にと誘ってくださったんです」 「エザリアさんが。それじゃ、あの薔薇がきっかけだったんですね?」 「そうです。あの薔薇は僕が庭師見習いになったころから育てていたものでしたから、すごくうれしかったですよ」 「だからあの薔薇は、あんなにも綺麗なんですよね」 「花は敏感な植物です。きちんと気持ちを込めて育ててやらなければあっという間に枯れてしまいますから。大切なのは慈しむ心ですよ」 「はい」
「ねぇ、あんたキラ・ヤマト?」 公園の出口に差し掛かったときに、そう声をかけられた。 振り向くとそこには見知らぬ三人組が立っていた。 どこかで会ったことがあるような・・・・。 「何か、御用でしょうか?」 シモンがキラをかばうようにして半歩前に出ながら、冷静に訪ねる。だが、その目はけして笑ってはいなかった。 見知らぬ男たちを、鋭く警戒している。 「あんたは関係ないよ。俺たちはキラ・ヤマトに用があるだけ」 「さっさとそこ通せよ」 「・・・うざ〜い・・」 「申し訳ありませんが、先を急ぎますので。さぁ、キラ様」 「あ、はい・・・」 キラの方を抱いてシモンがその場を離れようとした・・・そのとき。
ドンッ
何かが、キラの後ろに居るシモンにぶつかった。 それと同時に、シモンの体が動かなくなってしまった。 「シモン・・・・さん?」 「キ、ラさ・・ま・・・、お逃げ・・・くだ・・・・・」 「シモンさん!?」 ずるずると、シモンの体が倒れる。 キラの力では一回り以上違うシモンの身体は支えられるわけもなく。 「シモンさん、シモンさん!!」 呼びかけても、シモンから返事はない。 シモンの身体をゆすっているうちに、キラの手に生暖かい赤いものが触れる。 「・・・なに・・これ・・・・」 金臭い匂いが辺りに広がる。それと一緒に、シモンの着ているモスグリーンのシャツがどんどん薄黒く染まっていった。 「抵抗するからじゃん」 その声に上をはっと振り向けば、先ほど声をかけてきた一人が血まみれのナイフを一つ、手にもてあそんでいた。 「ほら、立てよ」 「抵抗しないようが、いいよ」 残った二人が左右からキラの腕を掴んで高速する。 「いや・・、シモンさん!・・・イザーク!!」 「・・・・・うざーい・・・」 「っ!?」 腹部に激痛が走ったかと思えば、だんだん意識が遠くなる・・・。
イザーク・・・、たす・・・けて・・・・・・・・
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