「たくさん人がいるねぇ」

アマルフィ家についてのキラの第一声。

こういう正式なパーティーに出席するのが初めてのキラは、周りをキョロキョロと見回しながら言った。

それを見たエザリアが微笑みながら言う。

「アマルフィ家は名家ですからね。それなりに人も集まるわ。今日は少ないぐらいよ」

「これでですか?」

「ええ」

ざっと見ただけでも、百人以上はいるだろう人ごみを見て、キラは驚いた。

 

今日のキラはイザークとエザリアが選んだ淡い紫のスーツを着ている。

対するイザークはキラと色違いで同じデザインのスーツを着ており、エザリアはシンプルなワインドレスを身に着けている。

広間に入った瞬間、人々の目は3人に注がれる。

それもそのはずだ。

名門ジュール家の人間ということもあるが、イザークとエザリアの容姿は他のコーディネーターよりも飛び出ている。

「やっぱりイザークってかっこいいからみんなから注目されるよね」

キラの言っていることもあながち間違ってはいない。

だが、それだけではないことはイザークには十分分かっていた。

いつもなら、数分もすれば皆の視線から外れるのに、今日はずっと見られている。

皆の注目しているのは、イザークとエザリアの間にいる、キラ。

自覚がない分やっかいだと、イザークはこっそりとため息をついた。

「キラ、懐中時計は持ってきているな?」

「あ、うん。以前もらったやつだよね。持ってきているよ」

キラが胸ポケットから出したのは銀の懐中時計。

表面にはジュール家の紋章が刻まれており、これを持つことができるのはイザークとエザリア、そして、二人選ばれた存在でないと持つことが許されない。

今、その権利を持っているのはキラだけなのだ。

「もし、何かあったら・・・」

「これを人に見せて、イザークの名前を言うんでしょ?何度も聞いたよ」

「何度言っても心配なんだよ」

「もう・・・」

「イザーク、キラ、早くいらっしゃい」

二人が立ち止まっているうちに、エザリアはこのパーティーの主役であるロミナ・アマルフィの元へといっていた。

キラは慌てて、イザークはゆっくりとロミナのところへ近づく。

「イザーク君、お久しぶりですね。お元気でしたか?」

「はい。このたびはお誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。そちらがキラ・ヤマトさんね?」

「あ、はい。えっと、あの・・・、おめでとうございます・・・」

そういってキラは今まで手に持っていた花束をロミナに渡した。3人からの誕生日プレゼントだ。

「まぁ、ありがとう。あなたのことはエザリアからよく聞いています。今日は楽しんでいってくださいね」

「ありがとうございます」

ペコリと頭を下げるキラににっこりと微笑んで、ロミナはエザリアとともにパーティー会場の中心へと進んでいく。

そこで、イザークとキラはふ〜と息を吐き出した。

ようやく一仕事終えたという感じだ。

あとは、適当に時間を過ごして家に帰ればいい。

キラも少し緊張していたのか、息を吐き出してからまた回りをキョロキョロと見回した。

よほど、会場の中の様子がめずらしいみたいだ。

嬉しそうな、楽しそうな様子のキラを見て、やはり連れてきてよかったと思う。

少しの不安はあったが、キラの笑顔を見れれば、それでいい。

「少しのどが渇いたな。何か飲み物を取ってくる。キラはここを動くなよ」

「あ、うん。分かった」

そういって、イザークは人ごみの中へと入っていってしまった。

キラは一人、壁に寄りかかって会場の中を眺めながらイザークが戻ってくるのを待っていた。

 

 

 

「ねぇ、あんた一人?」

どれくらいたっただろうか。

イザークを待っているキラの元へ、3人ほどの男連れが声をかけてきた。

なんとなく、このパーティーには不似合いな感じの3人だ。

「暇なら俺らと一緒に遊ばない?」

「なんだよ、クロト。こんなところでナンパか?」

「うざ〜い・・・・」

「うっせ〜よ!」

クロトと呼ばれる青年が後ろの二人の怒鳴りつけると、そのままキラの方へと向き直った。

「さっきから見てるけど、一人なんだろ?なら別にいいじゃん?」

「あの・・、僕は人を待っていて・・・」

「誰をさ。戻ってこないんだからいいじゃん」

そういって、クロトはキラの腕を乱暴に掴んだ。

「いたっ。いや・・・、離して下さい!」

クロトの腕を振り切ると、キラはそのまま逃げるようにその場を離れた。

立ち止まってはすぐにつかまってしまうと思い、キラはわけも分からずに会場から飛び出してしまった。

 

 

 

 

 

 

「ここ・・・・どこ?」

ようやく立ち止まったキラが周りを見渡したが、一切どこだか分からない。

人があまり来ない場所へ入り込んでしまったらしく、周りには誰もいなかった。

しばらく続く廊下を歩いていくが、誰にも人に会わない。

これでは、道を聞くことすらできないではないか。

「どうしよう・・・、イザーク、怒っている・・・かな」

あの場から離れるなといわれていたのに。

「どうしよう・・・」

一度立ち止まってしまうと、もうここがどこなのか、どっちの方向から来たのかも分からなくなってしまう。

それだけ、同じ部屋がいくつも並んでいるのだ。

イザークの家も大きいが、この家も負けずと大きい。

「イザーク・・・」

ポツリと、今は隣にいない人の名をつぶやいてしまう。

いつも一緒だったから、こんなときは不安になる。

もう、二度と会えないのではないかと、怖くなる。

「おい、何やってんだ?こんなとこで」

後ろから聞こえてきた声に、はっと振り向く。

近くの部屋から出てきたらしい二人に、キラは戸惑いを感じる。

「何やってるって聞いてるんだけど?」

「あの・・・、えっと」

「ディアッカ、そんな言い方したらおびえてしまうじゃないですか。まったく」

「でもなぁニコル。ここはパーティー招待客も立ち入りは断ってんだろ?だったらなんでこんなところにいるのか気になるじゃねぇか」

「そりゃそうですけど・・・」

二人の視線が、またキラへと向く。

大体年は自分と変わらないぐらいだろうか。

でも、なんとなくディアッカと呼ばれていた少年に敵視されているような気がする。

警戒しているのかもしれないが、じっと睨まれているのだ。

まぁ立ち入り禁止の場所に入ってしまっていたのだから、しかたのないことかもしれないが。

「どうなさいました?こんなところで。一応、ここには入れないようにしておいたはずなんですけど・・・」

「あの、道に迷って・・・、気がついたらここに来ちゃっていて・・・・・」

どうやって会場に戻ったらいいか分からない・・・・。

そうつぶやいて、キラは俯いてしまった。

ここにイザークがいたらまだまともな答えが返せたのかも知れないが。

今は自分ひとりしかいない。

どうしたらいいのだろう。

「なんだ、お前迷子か?」

先ほどとは違う陽気な声でディアッカはキラの顔を上げさせた。

もう、先ほどのような警戒したような目ではなく、優しい瞳に変わっていた。

その変わりように一瞬目を見張ったものの、キラはコクリとうなづいた。

「それでしたら、僕達も今から会場へ戻ります。一緒に行きましょうか」

「いいの?」

「もちろんですよ」

こちらです、とキラを促して一緒に歩き始めた。

ニコルとディアッカの間に挟まれる形で今来た道を戻りはじめたキラだったが、ふと、横にいるディアッカがキラの胸ポケットに入っているものを見つけた。

「おい、それって・・・」

「え?」

キラが反応するより早く、ディアッカはそれを取り上げてしまった。

ジュール家の家紋が入った、懐中時計を。

それを見たディアッカの目が驚いたように開かれる。

「あ・・・・」

「おまえ、これどうしたんだ?」

「見せてください、ディアッカ」

ディアッカから受け取った懐中時計を見て、ニコルも同様に驚いたようだ。