手離したら狂ってしまいそうだ。







「おかえりなさいませ。」

ああ、とあいさつをしてから紺色の髪をした少年はコートを脱ぎ屋敷内を見渡す。

予定よりだいぶ早く帰ってこれたのでキラに早く渡そうと思ったのだ。

だがその探しているキラはいない。

「アスラン。」

名前を呼ばれて振り返るとそこには父のパトリック・ザラが階段を下りるところだった。

「父上、ただいま戻りました。」

「ああ。全く毎月どこへ行っているんだ。」

「いえ…それより、キラはどこにいるんですか?」

キラという言葉に使用人達は視線を外し顔を伏せる。

それにアスランは眉を顰めて父を見た。

そして、予想もしていなかったことを告げられた。

「キラくんには家を出てもらったよ。」

「!?…なん…だって…?」

どうして…そう呟く前に言葉を遮られる。

「近々我々も家をあけ、ここをお前とラクス嬢に譲る手筈になっている。」

婚約なんてどうでもいい。

キラがいない。

その事実にアスランは呆然とした。

いつもいつも帰ってくると『おかえり』と真っ先に出迎えてくれたキラがもういない。

両親が死んで、親戚もいなくて行く宛てがないキラがいきなり外に出されてどこに…。

アスランははっとしてカバンの中のある物を思い出す。

身体に病気をもつキラには絶対に必要な薬…。

親から受け継いでしまった病気は長年ずっとキラを侵してきた。

めったにない病気なので薬もかなり特殊だった。

そこでアスランは薬を入手するべく毎月遠出していたのだ。

父に言わなかったのは迷惑をかけたくないとキラが言ったからだ。

今思えばなぜキラの言葉を受け入れて言わなかったのだろうと悔やむがキラがいなくなった今、もう遅い。

「キラはどこに?」

「さぁな…行く宛てはあるかと訊ねたが大丈夫だと言っていた。」

大丈夫なはずがない。

キラの薬はあと2つか3つしか残っていないはずだ。

何とかして2日以内に探し出さないと危ない。

「どこへ行く、アスラン!」

「キラを探してきます!このままだとアイツは…あと少ししか…。」

全てを言う前にアスランは家を飛び出した。

そう遠くには行ってないはずだ。

一番大切な存在を失わないためにアスランは必死だった。













「ケホケホッ…。」

「キラ、苦しいの?」

「起こしちゃった…?ごめんね、大丈夫だから…ケホケホッ…。」

「布団かぶっても聞こえるよ、キラ。薬はちゃんと飲んだ?」

「ん…まだ…。」

「ちゃんと飲まなきゃダメだろ。ほら、口開けて。」

「だって…あと7個しかないから…。」

「明日から僕が取りに行ってくるから大丈夫だよ。」

「だって…。」

「キラ!もし悪化したらどうするんだ?」

「…アスランに会えなくなる…?」

「ああ、だから飲まなかったの?大丈夫、すぐ帰って来るから飲んで。ね?」

「本当にすぐ帰ってくる?」

「帰ってくるよ。だからキラは『おかえり』って迎えてくれる?」

「……うん。」












遅くなったな。

ちっと舌打ちしてイザークは屋敷の戸を開けた。

何やら屋敷内があわただしい。

「イザーク様!?」

「どうした、何かあったのか?」

「いえ…その…。」

視線を彷徨わせている使用人にイライラする。

こっちは母の相手を2日間してキラとの貴重な時間を潰したのだ、イライラしたくはなるだろう。

使用人は少しためらい、イザークにある物を差し出した。

「何だ?」

「その…キラ様からです…。」

キラから?

イザークは差し出された紙を受け取り、見る。

そして目を見開いた。

「昨日、お出かけになられてお戻りにならなく…お部屋に行きますとそれが…。」

「…なぜ、許可なくキラを外へ出した!?」

イザークは使用人の胸倉を掴み睨みつける。

使用人はヒッという言葉をあげてガタガタと震えている。

「も。申し訳ございません!!」

くそっと使用人を乱暴に放すとイザークは踵を返した。

そこに先程の使用人があわててビンを差し出す。

「キラ様からです!どうぞ…!!」

すぐに飛び出したいという気持ちでいっぱいなのだがキラからと聞きビンを受け取るとポケットへとしまい、出て行った。


キラ…キラ…!!


唯一心許せる人が出来たと思った矢先消えてしまった。

焦る気持ちがおさえきれない。

手離したら狂ってしまいそうだ。

それくらいキラは大切な存在になっていた。

















「雪だ。また降ってきた…。」

嬉しいはずの雪が今は鬱陶しくてしょうがない。

外で寝るのだから当然だろう。

(凍死してませんように。)

冗談半分ながらもキラはどこかで流れているであろう星に願った。

今日の寝床は裏路へ通じている路に真ん中あたり。

他にも路上生活者がいて、そこしかあいていなかったのだ。


あと2つか…。


キラは薬を飲み、残りの数を確認した。

どう見ても2つだけ。

しょうがないかと座り込み壁に身体を預ける。

「ケホケホッ…。」

「!」

咳き込む声が聞こえて、そちらの方にふと目をやると女の子がぐったりとしていた。

どうやら路上生活者らしい。

キラはすっと立ち上がると女の子に近づいた。

「大丈夫?」

「うん…ケホケホッ…。」

熱はない。

風邪をひいたわけではなさそうだ。

「頭…痛い……。ぐるぐるする〜…。」

「え?あとは?」

「あと…あとね…胸が…痛いの…。」

まさかとキラは薬を取り出す。

薬を飲まなかった時の自分の症状とよく似ているからもしかしたら…。

「これ、飲んで。大丈夫だから…。」

「ん…。」

薬ケースから1つ取り出すとキラは女の子の口へと持っていった。

これでおさまれば自分と同じ病気なんだってことがわかる。

やがて女の子は薬が効いてきたのか表情を和らげて眠ってしまった。


この子も僕と同じ病気なんだ…。


けど生まれつきではなくて突然かかったもの…。


キラは安らかな顔で眠っている女の子に安堵して頭を撫でるとすっと立ち上がった。

女の子の手に最後の薬を残して街の方へと歩いていった。







僕は明日には消えてしまうのかな。


もう1度だけ会いたいよ…。


アスラン…。









イザーク…。








あの時、あの場所で一緒に見た多くの星…太陽…。






「ケホッケホッ……頭…痛…。」

人込みから外れてキラは壁にもたれ掛かった。

予想より早く発作が起こる。

外で寝たのがダメだったのかな―?と呑気に呟いてみる。

(死ぬってわかってると何も感じないんだ…不思議…。)

うっすらと明るくなってきた空を見上げてキラは綺麗だと思った。





「ちょっと待ってよ―!」

「?」


子供?こんな時間に…。


遠くから走ってくる2つの小さな影。

「早く早く!早くしないと明るくなっちゃうよ!」

なにがあるんだろ。

普段ならそうめずらしくない光景だが小さい子の一生懸命な姿を見るとホワンと温かい気持ちになる。

ああ…そうか。

それを見てキラはふと昔のことを思い出した。













「待ってよキラ!」

「早く早くアスラン。すごく綺麗なんだよ!」

「綺麗って…いつでも見られるだろ?」

「ダメ!今日見るの!」

「全く…。」

「あ、ほらほらあそこ、あの場所。」

「はぁ…こんな早くから元気だね。キラは…。」

「ね、見て見て綺麗だよね?」

「ああ…。」

「雪も陽の光で星みたいに輝いてるよ。」

「よく見つけたねキラ。」

「うん。たまたま散歩してた時にね。」

「それで、何で今日じゃなきゃダメなんだい?」

「え…だって…アスランとしばらくお別れだし…。」

「大丈夫。ほんの2週間だけだから。けど、ありがとうキラ。」

「えへへ…。また見にこようねアスラン。」










あの時、あの場所で一緒に見た多くの星…太陽…。

あの子達もあの場所を見つけたのかな。

もう一度…見たいかも…。

「っ!!ゲホゲホッ…。はぁ…はぁ…。」

やば…もう限…界…。

薄く積もる雪の上に滴る鮮血。

意識が朦朧としてきてキラは雪の上に倒れこんだ。


こんな所じゃ…。


必死に意識を保とうと頑張ってみるが闇に覆われてくる。

「危ないよ!」

「大丈夫だってば、それより急がなきゃ!」

近づいてきた子供の声でなんとか意識を繋ぎとめる。

そして、キラは遠くからせまる車を見た。

どうやら運転手の目に小さい子供は入ってないようだ。


危ない!!


わずかな気力を振り絞ってキラは子供を助けようと動く。


間に合って…!






「「キラッ!!」」






「っ…!」

名前を呼ばれた瞬間キラは周りの世界が止まったかに感じた。





アス…ラン…?




イザー…ク?




そして、子供を助けるために手を伸ばして全ては闇に包まれた。









優しい温もり…。





ただそれだけが欲しかった。





だから手を取ったんだ。





小さい時にアスランが差し出してくれた手を…。





そしてあの時イザークが差し出してくれた手をとった…。





僕は温もりが欲しかったんだ……温かい所が…。