あれは…恋だと思っていたあれは違ったのかな…?








「おはようイザーク。」

低血圧のイザークはボーッとしていた。

すぐ横に寝ていたはずのキラはすでに起きていてエプロン姿で立っていた。

「朝食作ったんだけど食べない?」

首を傾げて可愛く聞いてくるキラを手招きして呼び、近づいてきたところを抱き寄せた。

「うわっ。イザーク、ちゃんと起きてる?」

「ああ…朝食だろう?食べる…。」

せっかく作ってくれたというのだ、断るはずがない。

ましてやキラの手作りなのだから尚更だ。

眠気覚ましとイザークはキラをベッドへと倒し深く口付けた。

「んっ…ふっ…。」

舌を絡めとり角度を変えながら何度も唇を重ねる。

口付けがこんなに気持ちのいいものだとは知らなかった。

たっぷりとキラの唇を堪能したイザークは唇を離し口元に笑みを浮かべる。

肩で息をしているキラの額へと口付けてから上着を羽織り部屋の出口へと向かう。

「お前はその顔の火照りをおさえてから来い。」

「え…?」

イザークは勝ち誇ったように言うと部屋を出て行った。

キラは頬をおさえて顔が熱くなっていることに気が付く。

「……意地悪。」


だけど好き。


キラはシーツにくるまって火照りがおさまるのを待つことにした。

(イザークの匂いだ…。)

逆効果かもと更にキラはシーツにくるまって身を委ねた。









「キラ、こんな所で寝たらダメだよ。ちゃんとベッドに行かないと。」

「眠いからここでいい。」

「ダメだよ。ただでさえ身体が弱いんだ。こんなところで寝ると余計に悪くなるよ?」

「いい…。」

「キラ!!」

「いいの。」

「……しょうがない。」

「っ!?うわっ、ちょっと何!?」

「キラが言うこときかないから強行手段だよ。」

「だからってお姫様抱っこしなくても…!」

「お姫様を運ぶのは王子様の役目だからねv」

「誰が姫なのさ…。」








どうしてるかな…。

まだ帰ってきてないはずだから僕が家を出たことを知らないよね…。

僕は君が好きだった…恋してるんだと思ってた…。

けど、君の婚約を聞いたとき驚くほど冷静な僕がいた。

あれは…恋だと思っていたあれは違ったのかな…?


















「イザーク、出掛けるんだ?」

「ああ、母上と食事だ。」

普段から綺麗な服を着ているが、今日は更に綺麗だった。

キラは思わず見とれている。

紳士というべきなのだろうか、動作の一つ一つが上品に思われる。

「何時くらいに帰ってくるの?」

「さあな、もしかすると今日は戻れないかもしれん。」

その言葉を聞き、そっか…と俯くキラの頭を軽く撫でる。

キラは子供扱いする―と頬を膨らませた。

イザークはそんなキラに他人にはけして見せない笑みを浮かべると額へと口付ける。

「イザーク様、お時間です。」

もう慣れてしまった使用人は冷静に物事を伝える。

「ああ。」

仕方がないとキラに背を向け出口へと向かう。

キラはあっ、とあわててイザークを呼び止めた。

「イザーク、あの……いってらっしゃい。」

笑顔で見送るキラに目を見開く。

いつも使用人達に言われる言葉がやけに嬉しく響く。

イザークはキラの前へと戻ると首から提げていた指輪付のネックレスを外すとキラの首へとかけた。

そしていつも言われるが返したことのない言葉を耳元で囁く。

「行ってくる…。」

「……うん。」

優しく微笑むキラを見てからイザークは今度こそ家を出て行った。













残りは4つ。

僕がこの家にいられる期間はあと2日。

この家を死に場所になんて出来ないからなくなる前に出ていかなきゃ。

優しいイザークのことだから止めるよね。

だけど、ここにはもう少ししかいられないんだ…。

せめて恩返しが出来ればいいんだけど…。

あとね…あの人には言えなかったから…。

言いたくても言えなかったから…君には言いたいんだ…。








おかえりなさい……って…。

 

 

 

すごく好きになった。




いってらっしゃい。

おかえりなさい。

面倒だからって言わない時がある言葉。

見送って

出迎えて

それがしたいのにいつも一方通行で…。








残り1日…。


明日には出て行かなければならない。

イザークはもしかしたらと言っていたとおり帰ってこなかった。

電話もない。

寂しく思えたキラだったが母と楽しく過しているのだろうと羨ましく思っていた。

自分の両親はすごく小さい時に死んでしまった。

だから前にいた家に引き取られたのである。

(今日も帰ってこないのかな…。)

キラは使用人達に頼み込んで外へと出してもらった。

夕食にはイザークの好きなものをと、自分でいい食材を選ぶためだ。

せめてもの恩返しとお金は両親の形見を売ってつくった。

大したお金ではなかったが…。

(夕食より何か残るものの方がいいかな?)

外は雪が少しだけ積もっている。

はぁーと息をはくと白くなる。

キラはどうしようかと考えているとふとあるものが目に入った。

店の外からガラス越しに見えるそれは『星の砂』というものだ。

それを売っている店の外装は特に目立つものでもなくシンプルな感じだったがどこか温かい雰囲気を持っている。

めずらしいなとドアを開けて入るとほわんとした熱が伝わってくる。

「いらっしゃい。」

中も外装同様シンプルだった。

しかし、温かく感じられる。

店主はどうやら優しく迎えてくれたおばあさん1人のようだ。

「おばあさん、あれ…『星の砂』が欲しいんですけど。」

「ああ。あれね、はいはい。」

よぼよぼと危なっかしい足つきで商品のところまで行くと手に取りキラへと差し出した。

「最後の1個なのよ。大事にしてね。」

と渡された『星の砂』が入ったビンは温かかった。

キラはお金を手渡し店内をぐるっと見渡す。

「お嬢ちゃん。この砂はね祈りを捧げると願いを叶えてくれるんだよ。」

「え?この砂がですか?」

「正確に言うと中に入っているガラスの星がだけどね。」

ガラスの星…。

キラは少し斜めにしたりしてガラスの星を探そうとした。

だがそれらしいものはない。

「うふふふ、入ってないものもあるからねぇ。お嬢ちゃんのには入ってるといいねぇ。」

キラはジッと砂を眺めていた。

祈りを捧げると叶えてくれるというガラスの星。

入っていたらいいなと呟くとポケットへとしまった。

そしてキラは出口へと向かう。

「じゃあねお嬢ちゃん、また来てね。」

「ありがとうおばあさん。けど僕は男ですよ。」

おやまぁと驚く声が聞こえたが、キラはすっと外へと出た。


イザークにあげよう。


そう思って急いで帰路についたのだった。

















「ねぇ、流れ星にお願いすると叶えてくれるって知ってる。」

「ああ、知らない方がめずらしいよ。」

「今まで何回もお願いして一回も叶ったことないけど、つい願っちゃうんだよね。」

「キラらしいね。それで?何をお願いしたいの?」

「秘密だよ。お願い事って他の人に聞かせると効きめ薄れるって言うからね。」

「へぇ、それは知らなかったな。」

「うん。あ、見て流れ星。」

「綺麗だね。」

「………。」

「キラ?またお願いごと?」

「うん。ついやっちゃうんだ。」

「くすっ…さ、中に入ろう。冷えてきたよ。」

「あ、うん。」








皆が幸せに…。












「え、今日も帰ってこないんですか?」

もう帰ってきているだろうと心を弾ませて帰ってきたキラに使用人が残念そうに告げた。

最後の1日だったのに…。

思えばイザークと出会ってからまだ3日。

そのうち一緒に過せたのは1日とちょっと。

たったそれだけの時間なのにとても長くいたように感じる。

すごく好きになった。

「ええ、明日の夜にはお戻りになられるそうです。」

「明日の夜…。」

朝には出て行こうと思っていたので最後に会えないのを残念に思う。

俯いているキラに使用人は悲しそうな顔を向けた。

「キラ様…?」

「……あ、すみません。大丈夫ですよ。」

ほわんと笑うとキラは用意された部屋へと戻っていった。

もう会えないのなら今日でても同じかな…そう思っていた。

部屋に戻ると用意したのは紙とペンそしてプレゼント。

(何て書こうかな―。)

長々と書くのもなんだし…かと言って短すぎるのもダメかな―と考えていた。

そして決まったのかスラスラと書き終えるとプレゼントと共に手紙をベッドの上へと置いてコートを羽織り部屋を出る。

玄関の所へ行くと使用人がまたお出かけですか、いってらっしゃいませと見送ってくれたがキラはニコッと笑うだけで何も

言わず出て行った。

もう戻ってこないのだから『いってきます』という言葉はいらない。

言ってしまったらまた『ただいま』って戻ってこなくてはいけないから。





そしてその日、いつまでたってもキラは戻ってこなかった。









『Dear イザーク

 おかえりなさい

 これはプレゼント。ガラスの星が入っているといいね。けどいらないなら捨ててもいいよ。

 短い間だったけど楽しかったよありがとう。

                                             From キラ』