もう少しだけ命が続きますように。










                           祈り1





めずらしく雪の降る日だった。

散歩も悪くないとたまたま外へ出た。

そして偶然見つけた。



「お前は何をしている?」

路地で膝を抱えて座っている少年。

「……ただ、ボーッとしてる。」

薄い服を着て、随分ここにいたのか雪が少し積もっていた。

「家は?」

顔も目線も下を向いたまま。

「………ここ。」

顔はよく見えないが、少しだけ見える瞳から相当の容貌の持ち主だとうかがえる。

「俺と一緒に来るか?」

思いがけない言葉が出た。

「………行っても…いいの?」

下を向いていた顔がやっとあがる。

「俺はイザーク・ジュール。お前は?」

自分を見た少年はふわっと笑顔を見せ、遠慮がちに言った。




「キラ・ヤマト。」



と…。








屋敷に戻ったイザークを使用人達は驚いた顔で迎えた。

散歩に行くと出て行って20分。

すぐ戻ったかと思えばみすぼらしい格好をした少年を連れている。

イザークは下級の者を嘲笑い、汚らわしいものを嫌う。

そんなイザークが見ず知らずで薄汚れた少年を連れてきたのだ驚くなという方が無理な話だろう。

使用人達は最初こそ汚らわしいと思っていたもののきちんと身なりを整えたキラに言葉を失った。

「どう…かな?」

それはもう一言で言い表すのなら可憐だろう。

とても男とは思えなかった。

「綺麗だ。」

呆然としていたイザークはぽそっと呟いた。

使用人達はめずらしくほめるイザークにもはや驚きもせず無言で頷いている。

唯一キラだけがそうかなーと正気だった。

きちんとした服を着せてもらえてキラはご機嫌だったがはっと気付いたように向き直った。

「あ、ありがとうございます!見ず知らずの僕なんかに…あの、僕は何をすればいいのですか?」

「……使用人にするために連れてきたわけじゃない。」

「けど…。」

「キラ様、イザーク様がこうおっしゃっているのですから。」

執事にそう言われてもキラはでも…と浮かない顔だ。

何かお返しでもできればと。

イザークはすっと立ち上がるとキラの手を引いた。

「部屋へ案内する。」

「え、え?」

そう言うとキラを連れて廊下へと出る。

2人が部屋を出たあと使用人達はこれからずっとイザーク様のめずらしい一面が見られるかもしれないと囁きあったという。







「この部屋を使うといい。」

普段は客人用に使う部屋らしく通された部屋はシンプルだった。

壁もベッドもほとんどが白で統一されている。

それにとにかく広かった。

「俺の部屋はここから2つ先にある。用がある時はそこに来い。」

「あ、うん。ありがとう。」

前にいた家も広かった。

そう、路地に居座る前の話である。

あの家もよかった。

嫌いになったわけじゃない、いられなくなったのだ。

「ねぇ…僕の事聞かないの?」

「聞かれたくないこともあるだろう?」

「……うん…ありがとう。」

イザークが部屋を出るとキラはごろんとベッドへ横になった。


聞いてくれてもよかったんだ…。


けど、迷惑なだけだと思ったから言わなかった。













「キラくん。悪いんだが今日付けで出て行ってくれないかな?」

「え?」

「息子の婚約が正式に決まった。この家を2人に渡そうと思う。」

「は…はい。」

「息子には君が家を出たことは帰ってから伝えよう。」

「……わかりました。」

「急ですまんな。行く宛はあるかね?」

「大丈夫ですよ。今までありがとうございました。」

「交通費を出そう。せめてものわびだ。」

「い、いえ!大丈夫ですから、お金なんて受け取れません!」

「すまんな…。」

「いいんです、本当に。僕なんかを置いてくださってありがとうございました。」












はっ



「あれ…いつの間に寝て…。」

キラは起き上がる。

部屋の中は暗く月明かりが差し込んでいた。

「こんなに寝ちゃったんだ…。」

キラは立ち上がり、自分の着ていた上着を探る。

そして中から小さいケースを取り出した。

あと1週間分ってとこかな。

そのケースの中から1つカプセルを取り出し飲み込む。

この家には3日か4日しかいられないか…。

どうして最初に会った時に差し出された手をとってしまったのだろう。

そんなに寂しかったのかな。

ボーッとしていたらドアが開いたことに気付かなかった。

「暗い中で何をやっている、食事は食べるか?」

(あ、食事まだだっけ。どうしよう飲んじゃったし…。)

「ううん。今日はいいよ、ごめんね…。」

「いや、外食の予定だったが面倒だしな。ちょうどいい。」

部屋の灯りをつけイザークはキラの側へ近寄った。

「何をしていたんだ?」

「うん、ちょっとね…お祈りかな…?」

「祈り?」

もう少しだけ命が続きますように。

「イザークに出会えたことに感謝してますって。」

「俺に?」

「うん。」

それはこちらのセリフだとイザークは思っていた。

キラと出会えたことで変わっていけそうな気がする。

それにキラがいると落ち着くから。

今日が初対面とはとても思えなかった。

惹かれていた。

自分が人に興味を持つなど考えてもいなかった。

「イザーク…?」

だから、キラに唇を軽く重ねた時は不思議でたまらなかった。





わからない。

どうしてこんなに惹かれるのか。




「すまん…。」

「イザーク?」

イザークは踵を返すとすぐに部屋から出ていってしまった。

閉じられた扉を見てキラはそっと唇に触れた。

一瞬だけ触れた唇…。

今日初めてあった筈なのに…どうしてこんなに鼓動が早いのだろうか。

前の家にいた時もこんなふうに感じたことがあった。

「ダメ…。」

キラはぎゅっと自分を閉じ込めるように腕を胸の前でクロスさせる。

「あの人を好きになったら…ダメ…。」

おさまれと念じてもさっき重なった唇の感触を思い出して余計に鼓動が早くなる。

「っ……イザーク…。」











「じゃあ僕はあれをとってくるから1週間留守にするからね。」

「ごめんね…僕なんかのために。」

「キラのためならどんなことも苦労だとは思わないよ。」

「ありがとう…。」

「今回は色々忙しくてギリギリになっちゃったけど急いで行ってくるからね。」

「ううん、いいよ。本当は自分でなんとかしなくちゃならないのに…。」

「いいんだ。父上は知らないことだから。キラが毎月1週間いなくなると変に思うからね。」

「うん…本当にごめんね。」

「じゃあ行くよ。無理しちゃダメだよ?ちゃんとあれも飲むこと。」

「わかってるよ。いってらっしゃい。」

「行ってくる。」





ごめんね…もう会えないんだ…。

おかえりって言ってあげられなくてごめんね。









キラはすっと立ち上がると部屋を出て行った。

目的の人物を求めて足を運ぶ。

そしてドアの前に立つと軽くノックした。

「イザーク、いい?」

ノックをしてから返事が来るまで間もなかった。

そしてゆっくりと扉を開く。

「何だ。」

中へ入るとイザークは椅子へと腰掛けて本を見ている。

イザークの部屋も客室同様シンプルな部屋だった。

ただ違うのは色があるってことだけ。

「あの…ね、僕仕事したいんだ。」

「しなくていい。」

おずおずと言ったキラに顔を向けずイザークは答えた。

しなくていいとは最初に来た時に言われた。

けど、何かしていないと落ち着かない。

「え、と…料理くらいなら出来るけど…。」

イザークは読んでいた本を閉じるとキラの方へと足を向ける。

キラもそっとイザークの方へ進む。

「働きたくないとゆう奴は多いが、どうして働きたい?」

「……ぼーっとしていたくないんだ。」

「お前は会った時はぼーっとしていただろ?」

「そ、それとこれとは別だよ!」

イザークはフッと笑みを浮かべるとわかったと額に口付けた。

キラはくすぐったそうにクスクスと笑っている。

「お前の我儘ならいくらでもきいてやる。」

そう耳元で囁く。

「不思議だね。今日初めて会った筈なのに。」

キラはそっとイザークの背に手をまわして抱きついた。

イザークもそれを受け止めると優しく抱き返す。



僕が生きているうちに色んなこと教えて。



嬉しいことも哀しいことも全部。



最後くらい幸せになりたいんだ。



「………大好き。」

そう呟くと今度はキラからイザークへ唇を重ねた。





好きになっちゃダメだと思ったのに…。




どうして僕は弱いのかな…。




寂しさに耐えられないんだ…。




ねぇ、少しだけ…幸せな気持ちにさせて?




あと少しだけ…ほんの少しだけ…