「キラ。よかった、目が覚めたんだな」 「僕、眠ってたの?」 側に駆け寄ると、キラはまっすぐにイザークを見つめてきた。 意識はかなりはっきりしているらしく、そのことにただほっとする。 「倒れたんだ。すぐに軍医を・・・・」 「やだ・・・」 軍医を呼ぶためにベッドを離れようとしたイザークの軍服の裾を、キラが力の入らない手でぎゅっと握り締めた。 「キラ?」 「いかないで・・。どうせ、これ夢だから・・・・・」 「夢?」 「隊長が、僕のところに来てくれるなんて、ありえないもん。だから、夢でもいいから、ここにいて・・・・」 これは夢ではない、と否定することは簡単だ。 だが今のキラではそんなことを判断できるとは思えずに、イザークは仕方なく先程まで座っていた椅子に再び腰掛けた。 「どうして夢だなんて思う?」 「隊長、僕のこと嫌いだもん。僕が昔隊長を傷つけて、みんなを裏切ってたから、だから・・・」 嫌いなんでしょ? そう問われて、イザークは目を見開いた。 俺がキラを嫌う? そんなこと、あるわけがない。 「なんでそんな風に思うんだ?」 「だって、いつも側にいさせてもらえない・・。ディアッカやシホちゃんばっかり・・・ずるいよね、二人とも。隊長の側に、ずっと入れて・・・・」 疲れたように目を閉じるキラに、イザークはキラの呟きを頭の中で繰り返した。 側にいさせてもらえない? 誰が側に置かないって? ディアッカやシホがずるい? 俺の側にいれるから? 「俺はキラを嫌ってなんかいない。むしろ・・・・」 むしろ、側においておかないと気になってしかたがない・・・。 「・・・お世辞でもうれしいや・・・・」 そう言って力なく笑うキラは、イザークの言葉をまるで信じようとはしていなかった。 ただ、微笑むだけで。 なぜそんなことを思うんだろうか、キラは。 しばらく、キラは目を閉じたまま何も言わなかった。 少し話して体力を消耗したのか、浅く早い呼吸を繰り返しているが、先程死んだように眠っていたときよりは顔色がよさそうだ。 眠ってしまったのかと顔を見つめていると、キラは再び瞳を開いた。 「夢の中でだけでいいから、我がまま言ってもいい?」 「なんだ?」 こんなときだからというわけではないけど。 今のキラは、話していないと消えてしまいそうな気がして、正直怖かった。
「名前・・・・イザークって呼んでもいい?」
乞われたのはなんでもないこと。 名前? そんなの、いくらでも・・・ 「ああ。呼んでくれ、俺の名を・・・」 「イザーク」 「ああ」 「イザーク」 「うん」 「・・・・イザーク・・・・・」 次第に涙声になってくるキラの頬に触れれば、キラもその手に擦り寄るようにして顔を傾ける。 昔、初めて会った頃はキラはイザークと呼んでいたはずだ。 だが、ジュール隊に入ってきたときはすでにキラからは「隊長」と呼ばれるようになっていた。 「昔は、そうやって呼んでいたな」 「ん」 「どうして、隊長と呼ぶようになった?」 「・・・イザーク、嫌がるかなって。公私混同しない人だってアスランたちから聞いてて・・。名前、ずっと呼びたかったけど、イザークって呼んで嫌われるの・・・」
正直、怖かっただけ。 「そうか・・・」 「うん」 いまなら、キラの本音が聞けるかもしれない。 夢だと思っている、今なら・・・。 「なぁ、キラ?」 「なぁに?」 閉じていた瞳をうっすらひらいて、キラはイザークを見た。 「キラはなぜ、ジュール隊に入った?」 「・・・え?」 「なぜ、オーブという平和な国にいたのに、戦争の最中に舞い戻ったんだ?」 「・・・・やくに、立ちたかったから」 「世界平和のため、か?」 「違うよ。イザークの役に立ちたかったの」 「・・・・・なぜ?」 キラとは、ほとんど話したことはないはずだ。 それに、戦後直後はしばらく共にいることがあったが、イザークがプラントに戻って以来この間入隊するために姿を現すまで会うことはなかった。 それなのに、なぜキラは自分の役に立ちたいというのか。 「イザーク、覚えてる?初めてあったとき、イザークが僕に言ってくれたこと・・・」 「俺が?」 何か言っただろうか。 「『よくがんばった』」 「え?」 「そういったくれたんだよ、イザーク」
『なんのようだ』 『あ、あの・・・。僕、あなたに謝りたくて・・・』 『なにをだ?』 『僕は、あなたに傷を負わせてしまった。それに、ぼくは・・・』 『コーディネーターだったらしいな』 『・・・・っ。・・・うん』 『まったく、俺たちが墜とせないわけだ。なぜナチュラルが、と何度も思ったが』 『ごめ・・・なさ・・・・・』 『お前は後悔しているのか?』 『え?』 『ナチュラルたちの味方をしたことを、お前は後悔しているのかと聞いている』 『後悔なんて、しない。僕は、守りたい人を守ったんだ。それにナチュラルも、コーディネーターも関係ないと思うから』 『なら、お前は俺に謝る必要なんてないさ』
『よく、がんばったな』 『え?』 『ナチュラルたちの中でたった一人で仲間を守って。一人でよくがんばったな』
「そう言って、イザーク、頭撫でてくれたよね」 覚えてる?と問われて、イザークはうなづくしかできなかった。 覚えている。 忘れたことなどなかった。 あのときのキラが、とても脆くて、儚く見えたから。 あの時ほど、この世を平和な世界にしていきたいと願ったことはなかった。 「あのとき、うれしかったんだ。ずっと、ずっと戦い続けて、これでつらい戦いが終わったってみんな言ってたけど、僕にはそんな実感なかった・・」 ずっと戦い続けたてきたからだろう。 そんな気持ちが、わからないでもなかった。 「だから、イザークにあのとき、がんばったなって言われたとき、僕の中で本当に戦争が終わったように感じた。それで、そのとき思ったんだ。いつか、この人の役に立とうって。力に、なりたいって」 だから、ジュール隊が発足するとカガリから聞いたとき、迷うことなくザフトに志願した。 以前からキラに接触を図ろうとしていた評議会議長に連絡して計らってもらって。 イザークの側にいられるってわかったとき、本当に嬉しかった。 「でも、イザークは迷惑だったみたいだね・・・。イザークにとって僕は、信頼してもらえるような人間じゃなかったから」 自分の行いを考えれば、当然のことだったとすぐにわかるようなものなのに。 優しい言葉をくれたイザークの元に行けば、きっと自分を必要としてくれるという思いあがった気持ちがあったのかもしれない。 「そんなことはない。ただ、な?」 「ただ・・・?」 「俺は、お前に幸せになったほしいんだよ」 「幸せ、に?」 「争いも、苦しみもない場所で、ただ幸せに毎日を送ってもらいたいだけだ。評議会へ連れて行かないのだって、もしブルーコスモスに狙われでもしてキラに怪我をさせるのが怖かったからだ」 隊に残して、そしてその司令官を任せておけばキラが戦場にでることはない。 ディアッカやシホは、必ずキラを守ってくれるだろう。 「僕は、そんなに弱くないよ?」 「だが、強くもないだろう。人を傷つけた以上の傷を、お前は心に負ってしまう。俺はな・・、お前を、守りたいんだ」 お前を、お前だけを・・・。 「なそれら、側において・・・。一人だけ、おいていかないで・・・。一緒に、つれてって・・・・」 「キラはそのほうが幸せなのか?」 「イザークといられるのが、僕にとってすごい幸せだよ」 だから、側にいてと涙を流す。 イザークは椅子からたちあがると、そっとその目元にキスを落として涙を拭った。 「わかった。・・・ほら、もう寝ろ。少し熱が上がってきている」 「・・・・ん・・・・・・」 イザークの手のひらが目にかざされる。 温かなぬくもりに、キラの口からは安らかな寝息が聞こえてきた。
キラが目覚めたとき、そこには誰もいなかった。 どうやら医務室らしく、たくさんの医療機器が目に入った。 体を起こすと、その物音に気付いたらしい軍医が来てキラの体調を調べた結果、全快しているとのお墨付きをもらって医務室を後にした。 「あの・・、僕が眠っている間、誰か来ましたか?」 「シホさんとディアッカさんが入れ替わりで来ていたよ。君が起きないからずいぶん不安そうな顔をしていたから、元気になった姿を早く見せてやるといい」 「わかり・・・ました。ありがとうございます」 二人だけ。 では、やはり・・・。 「隊長が側にいてくれたのは、夢だったんだ・・・・」 ほんのちょっとだけ残念で。 ほんのちょっとだけほっとした。 だって、夢で隊長に話したことはすべて本心だけれど、それはきっとあの人を困らせるだけだから。 夢でよかったんだ。 あの優しい言葉が、自分がただ望んでいるだけの偽者だったとしても。 キラはとにかく元気になったことを報告するために隊長室へ向かった。 おそらく、シホとディアッカはそこにいるだろうし、帰ってきているだろうイザークの姿を一目見たかった。
「キラ・ヤマトです」 『医務室から連絡は受けているわ。入って来ていいわよ』 応対してくれたのはやはりこの部屋の中にいたシホ。 だが扉を開いた途端にキラを出迎えたのは・・・・・、
「だからなぜそれを先程済ませなかったのかと聞いているんだ!」
という、イザークの怒鳴り声。 「ひぁ・・」 驚いて思わず耳をふさいでしまったキラを入り口近くにいたシホが引き寄せる。 「もう大丈夫?」 「うん、大丈夫。元気だよ。・・・・・だけど、あれは?」 「ああ、あれね;」 ちらりと視線を送った先には未だに通信相手に怒鳴り続けているイザークの姿があった。 そのすぐ横にはディアッカも控えているのだが、どうにもイザークを制御することができずにほとほと困り果てている様子だ。 キラの入室に気付いたディアッカはそろそろと側を離れてキラのところに来た。 「よし、顔色もずいぶんよくなったな」 「うん、心配掛けてごめんね」 「それはいいけど、ちゃんと寝ろよ?今回のは睡眠不足と軽い栄養失調なんだって?」 「う〜ん、そうみたい。それで、隊長一体どうしたの?」 「あ〜・・・。なんでも今日行って帰ってきたばっかりだってのに、再度プラントからの出頭要請が来てな」 つまり、またプラントに逆戻り、というわけだ。 「それで、なんでさっき行ったときにそれを言わなかったんだ!とイザークがキレてな。っと、終わったみたいだな」 ようやく通信を終えた(というより、相手から切られた)イザークが通信機を押しのけるように手を振り払った。 いらいらと髪をかきあげるイザークに、ディアッカたちはそろそろと近づいていく。 「で、なんだって?」 「明日、もう一度プラントだ。今度は2・3日滞在になる。そう頻繁に呼び出されても面倒だ、ある程度の用事をすべて片付けてくる。その間手が空く奴いるか?」 そう視線を向けてくるが、ディアッカとシホはそろって首を振る。 「俺は無理。明日から艦内すべての機体のオールチェックだ。お前がいないなら俺がするしかないし」 「申し訳ありませんが、私も無理です。明日だけならば平気なのですが、機体のオールチェックが終わり次第、プログラミングに入らなければいけないので」 つまり、シホとディアッカは今回は同行できない。 ということは、イザークは一人で行ってしまうのだろうか。 キラは基本的にイザークが連れて行かないから論外だ。
と、そう思っていたのに・・・
「キラ、お前はどうなんだ?」 「僕、ですか?特別に何も予定はないので、二人のサポートに入る予定ですが・・・」 「ならば、問題ないな。今回はキラを連れて行く。ディアッカ、シホ、キラの分のサポートはお互いでしておけ」 『『了解』』
今、彼はなんといった? 連れて行く、と言ったの? プラントに、一緒に行ってもいいの?
「あ、あの!」 「なんだ?」 「ほんと・・に?」 「・・・不満でもあるのか?」 「あ、ありません。不満なんて、絶対!」 「なら、問題ないだろう」 当然のようにそう言うイザークに、キラはぽかん、とただ見つめるしかできなかった。 後ろでディアッカとシホがこっそり手を打ち合わせていることにも気付かず。 「ディアッカとシホは戻っていい。キラは明日の打ち合わせだ」 「は、はいっ」 「それじゃ、俺は格納庫のほうへ行くわ」 「あ、私もご一緒します」 二人はキラによかったな、という目配せだけして隊長室から出て行った。
えっと・・・
一方残されたキラはというと、どうしていいのかわからずただおろおろするしかない。 ずっと望んでいたことだけれど、それがいきなりであれば驚くしかできないではないか。 そんなキラの様子を尻目に、イザークは送られてきたデータになにやら書き込みをしてキラへと差し出した。 「明日からの予定表だ。一応仮定のものだが頭にいれておけ」 「わかりました」 そこには明日から3日間のびっしりとしたスケジュールが書き記されていた。 そしてわかりにくいだろう場所にはイザークの簡単なメモが書き込まれている。 「あの・・」 「どこかわからないか?」 「い、いえ。そうじゃなくて・・・。どうしてって、聞いてもいいですか?」 「何がだ?」 「どうして急に、連れて行って下さる気になったんですか?」 恐る恐る訪ねるキラに、イザークは人の悪い笑みを浮かべて言った。
「俺といる方が幸せだといわれれば、おいて行く訳にはいくまい?」
「!?」 「それと、あの時だけじゃなくても、二人きりのときは名前で呼んで構わない」 「ゆ、夢じゃ・・・・」 「なんだ、夢だと思ってたのか?」 くくっと笑いながら席を立ったイザークはキラのすぐ側に来た。 「『夢の中』でも言ったが、俺はお前を守りたい。常に幸せであってほしいんだ。だから、キラ自身が俺と共に来ることを望むなら、俺はお前を何者からも守ると誓おう」 「それじゃ僕は、常に幸せであることを目標にがんばるよ。ここで・・・」 キラは一歩、イザークに向かって歩を進めた。 「イザークの、側でね」 「ああ」
<END?>
<あとがき> 初めて挑戦のイザキラ、キラinジュール隊、いかがでしたか? この時点ではまだイザキラというよりもイザ→←キラという感じでしょうか。 特にイザークの取っている行動のすべてはほとんど無意識で、キラに対する鮮明な感情がなんなのか、それすらはっきりしていない状態です。 キラのほうも、それはまた同じということで。
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