「いい加減、こういった呼び出しは控えてもらいたいものだな」

「お疲れ様でした」

艦に戻ってくると同時に、イザークはふっとため息をついた。

自分が軍に戻ると決めたとき、その後処理にかなりの時間を要することは検討が付いていた。

だが、こうも頻繁に呼び出され、それがくだらない用件だった場合にこの苛立ちを果たしてどこにぶつけてやろうか。

今日も今日とて、イザークを待っていたのはどうでもいいような課題。

確かにジュール隊の発足は必要だったし、イザークもこの混乱寸前の世界に静寂をもたらせることを第一に考え軍に復帰した。

だが、評議会としてはイザーク・ジュールという人物の能力を未だに必要としていることもまた事実。

そのことをイザーク自身なんとなく悟っているから、何度となく評議会への出頭命令を受けている。

「すまなかったな、シホ。今日はゆっくり休んでくれ」

「いえ、私は大丈夫です。それより、隊長こそきちんとおやすみになってください。最近忙しくて、ろくに睡眠も取れていらっしゃらないでしょう?」

「そんなことはない、きちんと休んでいるさ。この程度で根を上げるようでは部下に示しが付かないからな」

















あなたの側で。(中篇)
















小型シャトルから降り立つと、そこにはいつもの風景が広がっていた。

が・・・。

(なんだ・・・・?)

何かがおかしい。

何かがいつもと違うような気がした。

だがその違和感を、イザークは即座に判断するには及ばなかった。

「あら?」

シホもその違和感に気付いたように、辺りをキョロキョロと見回している。

「どうした?」

「あ、いえ・・・」

なんでもない、と言う彼女だったがそれでも視線はくまなく周りを見回している。

「・・・・・何か、いつもと違わないか?こう、違和感があるというか・・・」

「あの、それは多分・・・」

「多分?」

「・・・・キラ・ヤマトの姿が、見当たりません」

シホに言われて、イザークははっと気付いた。

イザークが艦に戻ってくるとき、その視界には必ずキラの姿があったことを今頃になって気付いた。

ディアッカやシホが一緒の時には戸惑うことなく「おかえりなさい、ごくろうさまです」と微笑んでくれるキラ。

そうでないときでも、何かと理由をつけてこの場にいたことを思い出した。

それがどんなに遅い時間であっても。

「・・・・・ディアッカの姿も見えんな」

ちょっとした心の動揺をシホに知られないように、イザークは辺りを見回した。

よくみると、整備班のクルーたちの様子も若干変だ。

全員浮き足立っているというか、仕事をしているように見えるがまるで集中していないのは一目瞭然。

何かあったと悟ったイザークは、すぐに司令室へと戻ってディアッカを呼び出した。

「ディアッカ、俺の留守中何があった」

「あ〜と、なんてぇかさ・・・・」

ディアッカに訪ねても言葉を濁すだけでなかなか話そうとしない。

そんなディアッカの態度にこれまで溜まっていた鬱憤が一気に爆発した。

「何があったと聞いている!答えろ、ディアッカ!」

だがこの後ディアッカに聞かされた言葉に、正直イザークは耳を疑った。









キラ・ヤマトが、倒れた。









「・・・・・っ」

「・・・・・なんだと?」

その言葉に、シホは息をつめ、イザークもディアッカを凝視した。

「イザーク達が発った、2時間ぐらいあとかな・・・。食堂であいつと話して、顔色が悪いと思ったら倒れたんだ・・・」

「なぜすぐに連絡してこなかった!?」

「んなもん、キラが嫌がるだろうと思ったからさ。あいつ、イザークの仕事の邪魔するの嫌がるからさ」

「だろうと思ったって・・・、どういう意味ですか・・・?」

ちょっとしたディアッカの言葉にひっかかったのか、蒼白な顔のシホがディアッカに尋ねた。

「目が覚めないんだよ、キラの奴。軍医の話じゃ、睡眠不足による軽い貧血らしいんだけど、それでももう半日以上経つ。起きないのはおかしいんじゃないかってことだ」

「・・・・シホ」

「は、はい」

「今日はご苦労だった。もう下がっていい」

「!!ありがとうございます!」

シホはそのまま慌しく敬礼すると司令室を駆け出して行った。

下がっていいといったのは、キラの様子を見てきてもいいということ。

イザークの言葉にシホはすぐに従い、キラの元へと急いだ。

「いいのか?」

「かまわん。俺やお前がシホの分をすれば済むことだ」

幸い、片付けなければいけない仕事もほとんどない。

「そうじゃなくて、キラの様子を見に行かなくてもいいのかって言ってんの」

「・・・・・こちらの方が先だ」

「へいへい」

わずかなイザークの行動から、かなり動揺していることを悟ったディアッカは安心してため息をついた。

心配していないわけではないらしい。


















その後退室したシホが戻ってきたのはかれこれ1時間後。

相変わらずキラの様子は変わらず、眠り続けているらしい。

点滴などの処置で顔色もよくなってきており、身体的な問題はないらしい。

ただ目が覚めない。

それだけだ。

すべての執務を終えた後、イザークは医務室に現れた。

本来いるはずの軍医の姿もなく、部屋の中は静寂が漂っていた。



一枚のカーテンが引かれたベッド。



それを無造作に、だが極力音を立てないように静かに引いたイザークの目に飛び込んできたのは、静かに目を閉じて横たわるキラの姿だった。

シホは顔色がよくなっていたと言っていたが、そうは思えない。

陶器のように白くなってしまった肌は、ただでさえ華奢なキラの体をいっそう儚く形作っていた。

「キラ」

名を呼んでも、開かれることのない瞳。

近くにある椅子に静かに腰掛けると、改めてイザークはキラを見下ろした。

抱きしめたら折れてしまいそうなほど華奢なキラの体。

「どうして、お前はこの道を選んだ」

返事はなくとも、イザークはそう訪ねた。

ジュール隊を再結成することが決定したとき、どこからともなくやってきた一人の少女。




『入隊することになりました、キラ・ヤマトです』




そう挨拶に来たキラに、俺はもちろん、ディアッカも驚いていた。

キラに最初に会ったのは、停戦後のAAの中。

機体が起動できないほど破損していたキラは、アスランやカガリと共に戻ってきた。

あの時は、本当に驚いたものだ。

こんな華奢な奴が、あのストライクとフリーダムを操っていたのかと。長い間、自分達の敵だったのかと。

戦後の忙しい最中、キラがオーブで静かに暮らしているとディアッカに聞いたとき、それがとてもほっとしたことは今でもよく覚えている。

戦いとは無縁の静かな場所で暮らしていてくれるのだと。

幸せな日々を送ってくれるものだと信じていた。

なのに・・・・

「なぜ、お前は再び戦いの道を選んだんだ」

なぜ自分が傷つく道を選んだんだ・・・?

キラから返事があるわけではないのに。

イザークはキラの額にかかる髪をそっと払った。



キラが、早く目覚めてくれることを祈って。






席を立ち医務室を出ようとすると・・・・。





「・・・・・・・・・・・ァク・・・・・・・・・」

キラの声が聞こえた気がして振り返る。









「・・・・・イザークだぁ・・・・・・・」










そういって、弱々しいが、それでも嬉しそうに微笑むキラの顔があった。