C.E..71

一年前、プラント最高評議会によって発表された停戦宣言。

これにより、世界にはつかの間の平和が訪れていた。

今は最高評議会と地球連合側の元、終戦への話し合いが日々行なわれていた。

だが、どこまでもお互いの存在を認めないというものも当然おり、油断すればいつあの混乱の世界に舞い戻ってもおかしくはない日々が続いていた。

そんなとき、ある部隊の再編成が発表された。






イザーク・ジュール率いる、ジュール隊。






大戦後、最高評議会最年少議員として活躍していた彼が、ザフト軍への復帰を決めたのだ。

それに伴い、多くの驚きが辺りを包んだ。

前大戦でイザークの片腕として活躍したシホ・ハーネンフース。

クルーゼ隊時代からの仲間で、親友でもあるディアッカ・エルスマン。

この二人の配属は誰もが予想していたし、反対するような者は誰もいなかった。

だがその二人と共に配属になった人物に、世界中が注目した。

前大戦の英雄にたたえられている、フリーダムパイロット、キラ・ヤマト。

前大戦後、ザフト・連合・オーブのそれぞれがその存在を求める中、決してそのどの手も取らなかったキラがジュール隊に入隊を決めたのだ。

その背景にはイザークが入隊を促したとも、キラ自身が志願したとも、いろいろな噂が広がったが、事実を知るものは本人とごく一部の人間だけだった。

















あなたの側で。
















「待機、ですか?」

「そうだ」

ここはジュール隊が乗る戦艦の司令官室。

デスクに座って書類を片付けるイザークの前にはディアッカ、シホ、そしてキラとジュール隊の主要メンバーがあつまっていた。

つい先程、イザークに最高評議会からの出頭命令がかかったのだ。

軍に復帰する前にすべての引継ぎ作業を終わらせていたイザークだったが、その実力はいまだ評議会から必要とされ、多ければ週に2度、少なくても2週間に1度と、頻繁に呼び出されていた。

それはいいのだ。

イザークの実力から行って、そういったことがあっても別段不思議ではないし、イザーク本人もそのことは了承している。

だがキラの他に不満がある。

イザークは本国に戻る際、必ずディアッカかシホを伴う。

だが、唯一キラだけは一度も一緒に連れて行こうとはしないのだ。





「俺に護衛などいらん」





なぜかと訪ねたキラに、イザークはそう答えた。

だが隊長という立場から、毎回一人で行くわけにもいかず、その期間のスケジュールを見てディアッカかシホを一緒につれいていく。

今回の同伴者はシホらしい。

稀に二人とも予定がつまっていて手が離せないときなどは一人で本国へと行ってしまう。

たとえキラの予定が空いていたとしても。

「キラには留守中の隊の指示を任せる。頼んだぞ」

「・・・・了解しました」

「話はそれだけだ。下がっていい」

「失礼します」

退室を促されたのはキラただ一人だけ。

キラは敬礼だけすると、司令室を出てそっとため息をついた。

それももう慣れてしまった、いつものことだった。




やはり、自分は信用されていないのだろうか。













「たまにはキラを連れてってやれば?」

「別にキラを連れて行く必要はないだろう」

取り繕うのにあきたのか、ディアッカは堂々とイザークのデスクに腰掛けた。

イザークも特に気にした様子もなく、今日の予定を書いた書類に目を通していた。

読み終わったそれを、シホに手渡す。

「キラもキラなりにがんばっています。少しは実力を認めてあげてはいかがでしょうか?」

手渡された資料を見ようとせず、シホはそうイザークに訪ねた。

だがイザークはそれに気にした風もなく、

「実力を認めていなければ留守をまかせたりしなさ」

というばかり。

もう何度目とも思うやりとりを繰り返しながら、シホとディアッカはこっそり目を合わせてため息をついた。

実際、二人ともイザークの真意を測りかねていた。

キラの本国への同伴を許可しないだけならまだしも、イザークは留守はキラに任せるといいながらその指示のほとんどはシホかディアッカ、艦に残る方に指示を与えてくる。

これでは本当にキラに任せている、といえるものではないだろう。

「今回は比較的難題でもなさそうだ。今日中には戻ってくるから後のことは頼んだぞ」

「へいへい」

留守はキラに任せたんじゃなかったのか、と突っ込みたかったが、その辺を何とか押さえてディアッカは承諾を示すために軽く敬礼を返した。












「はぁ・・・」

キラは一人朝食を取りながら思いため息を付いた。

今朝出発ということだったので、せめて見送りぐらいしようと思っていたキラだったが、目覚めたときにはすでにイザークは本国へと発っていた。

そんなすれ違いがあると、思わずにはいられない。

自分は、イザークに避けられているのではないかと。

信用されていないのだろうかと。

「なぁに重いため付いてんだよ」

こつん、と頭を叩かれて見上げれば、そこにはトレイを持ったディアッカが立っていた。

「おはよ」

「おはよ。で、何を悩んでるんだ?」

ガタッとキラの横に座ってひじを突きながらキラに訪ねる。

「別に・・・・悩んでなんか・・・」

といいながら、食べる気もない食事をスプーンでつつく。

「それじゃ、何落ち込んでるのか話してみ」

この艦の中でもっともキラと付き合いが長いのがこのディアッカだ。

前大戦時、ディアッカがAAに来てからのことだからかれこれ一年以上。

だからというべきか、キラが何かを相談するのはこのディアッカか、いつも側にいてくれる姉のような存在であるシホかに限られていた。

まぁ、そのほかの人間が近づくのを2人に邪魔されているというのもあるのだが。

「・・・・僕、あの人に信用されてないんだなって思って・・・」

イザークが自分を本国に連れて行かないのが、何よりの証拠。

イザークの側に常に行動していれば嫌でも機密事項などを耳にすることがあるだろう。

彼はきっと、それを警戒しているのではないか。

「しかたないよね、だって僕は・・・・」





僕は・・・・





裏切り者のコーディネーターだから。





もう一度深いため息をつくキラに、ディアッカがぴんっと額をはじいた。

「いたっ」

「ば〜か。何勘違いしてるんだよ。イザークはプライドが人の二倍も三倍も高いんだぜ?味方にしろ敵にしろ、信頼できない人間を一瞬たりとも側においておいたりするかよ」

「でも・・・」

よほど痛かったのか、はじかれた額をさすっているキラに、ディアッカはさらに続けた。

「本国に連れて行かないのだって、キラがまだザフト軍内部にも評議会にも不慣れだからだろ。今は内情的にもごちゃごちゃしてるし、ただそれだけだよ」

「・・・・・・・・」

「それに、イザークは毎回キラに留守を任せてるだろう?俺やシホが残っても、その最高責任者の位置の司令塔にはキラを指名してるんだ。少しでも信頼していない奴に、イザークはそんなこと頼まねぇよ」

わかった?と訪ねれば、納得したようなしていないような複雑な表情をしながらもとりあえずうなづいた。

ディアッカはいつもイザークの一番近くにいる人だから、その言葉に嘘はないだろう。

「本当に、そうなのかな?」

「もちろん。キラはキラのできることをがんばればいいさ」

心の中にまだ燻りはあるが、それでもなんとかディアッカの言葉を頭の中で繰り返して自分を納得させる。

「・・・うん。ありがとうディアッカ。僕、そろそろ行くね」

「ああ。・・・キラ?お前、ちょっと顔色悪くないか?」

「そうかな?」

昨日はイザークに信用されていないのでないかと考えていて、眠ったのはほんの数時間だけだ。

いや、昨日だけではない。最近、ほとんどうまく眠れていない。

ディアッカに指摘されたことにより、頭がぼんやりとしてくる。









「キラ!?」










目の前が白くなる感覚に眩暈を起こし、キラはその場に倒れこんだ。